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そして吸血鬼の日常③



 絶え間なく続けられていた射撃が途切れる。


 味方への誤射を恐れたチャリオットが、攻撃を取りやめたのだ。


 それはすなわち、敵の軍勢との本格的な戦いが始まることを意味していた。ハングドマンが触手を伸ばし、ストレングスが拳を叩き付けんと接近してくる。


 射撃を回避していたイレーナは、すぐに本格的な攻勢に対処するべく、武装を野太刀とアサルトライフルに切り替える。彼女は前線の要として、味方の一番前で敵を捌かなければならない。同時に、戦況の変化も見過ごさないよう神経を集中しなければいけない。


 そうした中でも忘れてはいけないのは、ハーミットの存在だ。


 敵陣の奥深で息を潜めている、円盤状のアルカナ。中心点に弱点の瞳があり、その周囲を小さな鉄屑のような黒光りする金属が、円を描く軌道で流動している。


 攻撃手段を持たず、防御手段も障壁以外持たないハーミットだが、アルカナを集めるという性質上、他のアルカナに守られる形となっており、易々と手は出せない。


 この戦いにおいて、やはりセンサー機器は使い物にならないと覚悟した方がいいだろう。すでにドラグーン同士の通信も困難になっており、近くのベアトリスとネリィには辛うじて繋がるが、後方のエリスと小春には繋がらなくなっていた。


 センサーが通じない以上、敵の位置も肉眼で捉えるしかない。前の敵だけに集中していると、上下左右背後からの攻撃に対応できない。視野を広く、これまでの経験から敵の行動を予測し、乱戦の中で最適の位置取りをし続けなければならない。戦う前から、イレーナの額には大粒の汗がにじんでいた。


 呼吸を整える。守るために。


 そう、これは敵を倒すための戦いではなく、盟友を守るための戦いだ。後ろにいる人のことを思えば、身体ではなく心が震える


 言葉はなくとも、イレーナは仲間たちがこの窮地に恐怖していないことをわかっていた。


 たった一人の仲間の存在が、こうまで力をくれる。


 その事実に笑みを浮かべ――イレーナは勇ましく敵に切り込んだ。


「はぁあああああ――ッ!」


 踏み込みは大地を蹴り上げたかのように。

 烈火の気合いとともに振り下ろした一撃は、ハングドマンの身体を一刀の下に両断する。


 そのときにはすでに無数の触手がイレーナを狙っていた。四方八方で蠢く触手の牢獄を、ライフルの連射で強引にこじ開ける。


 今のイレーナはまさに刃だ。触れれば切り裂かれるのは敵の方。次々に両断され、千切れ飛んだ触手が灰となり、イレーナの舞う刃の剣圧で渦を巻く。さながら刃のついた竜巻のごとく、少しずつ、しかし着実にイレーナは前へ前へと突き進みながら、触れたものすべてを切り裂き吹き飛ばしていく。


 しかし進撃はいつまでも続かない。斬っても減らない敵の前に、ついにアサルトライフルの弾薬が尽きた。


 迷うことなくイレーナはライフルを捨て、これまで右手一本で握っていた野太刀の柄に左手を添える。


 ごうっ、とこれまで以上の速度と威力をもって振り下ろされる一太刀。


 それは強固な表皮を持つストレングスまでも一刀両断してみせた。今の彼女に倒せない敵など、もはやこの戦場には存在しない。


 唯一の懸念は血液残量。敵の攻撃を最小限の動きで避け、敵を一撃で倒し続けていくものの、ストレングスをも一撃で切り伏せる威力を発揮するには、野太刀へ注ぐエーテル量も決して少量ではいられない。


 今のイレーナに油断もミスもない以上、戦いは持久戦になる。ブラッドアームが維持できなくなるまでにエリスのチャージが終わらなければ、イレーナはなすすべなく敵陣ですりつぶされることになるだろう。


 それは他の面々にも言えることである。


 各自、それぞれアルカナを相手しているが、戦いは持久戦の様相を呈している。撃ち落とされる心配は少ないが、燃料が心許ない。攻撃の頻度を落とし、威力を調整して、なんとか持たせているという状況だった。


「……すまない、小春」


 ゆえに、イレーナはもしものときが現実になるのを覚悟した。






 ここに至って、両助はアーリンダル空軍ドラグーン部隊の弱点をはっきりと理解した。


「ドラクルエンジン搭載型のドラグーンは、持久戦に向いてないんだな。動かすだけじゃなくて、攻撃にも防御にも燃料を消費するから」


「失敬な。私のドラクルエンジンは完璧な永久機関よ」


「特定条件下で、だろ?」


 ジークリンデの返答に嘘はない。開発された当時、ドラクルエンジンはまさに永久機関と呼ぶにふさわしい代物だった。


「ドラクルエンジンは吸血鬼と燃料となる人間の血液があれば、まさに永久機関だ。大量に人間の血液を積めば、戦闘継続時間も一時間を軽く超える。けどエリスたちが今使ってるドラグーンにはそこまでの血液は積んでない。積載量の問題じゃなくて、もっと根本的な理由が原因で」


「お察しのとおりよ。人間の血液が補充できない以上、一回の戦闘で使える血液量は厳しく制限しないといけない。現状、アルカナに対処できるレベルでの戦闘継続時間は二〇分。緊急用の血液を補充しても三〇分に満たないわ」


 暗に、持久戦に向いてないという両助の指摘をジークリンデは肯定する。


 三〇分――やろうと思えば持久戦も可能だが、アーリンダル空軍の現状ではそれが精一杯のタイムリミットだった。


「そうか。なら、俺が今やるべきことは……」


 ジークリンデはこの戦闘だけではなく、戦略的な判断からこれ以上の補給は許さないという判断を下した。この決定を翻すだけの材料を、両助は出せない。


「へっ、そんなの考えるまでもねえよな」


 だからエリスたち全員を助けようと思うなら、選べる選択肢は、選ぶべき選択肢はひとつしかなかった。


「ジークリンデ。俺のドラグーンの修理はもう終わってるんだよな?」


「行くつもり? 死ぬわよ?」


「エリスたちが負けたら、どうせ死ぬんだ。なら、やれることはやっておきたい」


「そう。でもあなた一人が死ぬのはいいけど、あなたが足を引っ張ることで、全員が死ぬ可能性もあるのよ。それでも?」


「はっきり言うなぁ」


 両助とて馬鹿ではない。自分が行ったところで、戦力としてはプラスどころかマイナスになりかねないことは理解している。


 けれど、完全に力になれないわけではないのも、また理解しているのだ。


「ジークリンデは戦略的な判断で、これ以上の血液は補給できないと判断した。けど、ここにその戦略には直接関与しない追加の補給物資がある。これをエリスたちに届けられれば、戦況は変わるかも知れない」


「…………」


「俺はやってみる価値はあると判断した。なあ、ジークリンデ。お前はどう思う?」


 ジークリンデは覚悟を決めた笑みを浮かべる両助の目を見て、それから自分の考えを述べた。


「自分の命を最優先に。この地球では、あなたの命はあなたが思っている以上に重いのだから」






 戦いが再開して十分が経過した。ドラグーン隊はいよいよ選択を迫られていた。


「まずいわね」


 苦々しくつぶやくのはベアトリスだった。


 彼女はエーテルを装甲に重ねて、ネリィやエリス、小春を敵の攻撃から守っていたが、先程から相手の攻撃を完全に殺すことができなくなっていた。貫通したダメージが装甲を傷つけ、機体そのものにダメージが蓄積し始めている。


(六分……いえ、七分もてばいい方かしら)


 ブラッドアームが展開できなくなっても、元々ベアトリスの機体は装甲が硬い。


 だがそれは敵の攻撃から味方を守ることができるタイムリミットであり、味方の燃料枯渇という事態にはなんの救う力にもなれない。ハングドマンの触手をガードしながら、ベアトリスは後方の青い機体を見やる。


 小春は狙撃銃を構えたいつもの体勢を取っていた。放たれる弾丸もまた、変わることなく百発百中。敵がどれだけ素早く動いていても、たとえセンサー機器が使い物にならなくとも、狙った敵に確実に当てる恐るべき技量だ。


 だが一撃必墜とはいかなかった。時に弾丸はアルカナの障壁に弾かれ、時に障壁を貫く際に力を使い果たして瞳をつぶすまでには至らなくなっていた。


 彼女は弾丸の一発一発に最小限必要なエーテルを込めることで、消費する血液量を抑える戦い方をしていたが、それでももはや弾丸をブラッドアーム化することができなくなっていた。動きもよく見れば精細を欠いている。ジリジリと彼女を囲むアルカナの輪は近付き始めていた。これ以上接近されれば、遠距離狙撃型の彼女では捌ききれなくなる。


「――ベアトリス。ネリィ。聞こえてるか?」


 そのときイレーナから突然通信が入った。ハーミットの影響で音声がかなり小さいが、吸血鬼の聴力なら問題ない。


「ええ、聞こえてるわよ」


「ネリィも大丈夫!」


「よし。なら、二人は戦線を少し上げてくれ」


「戦線を? 下げるではなく?」


 小春のカバーに入らなければならないのはイレーナとて理解しているだろう。それは小春を助けるためではなく、彼女が守っているエリスを万が一にも墜とさせないための方策である。


「エリスの防衛には私が向かう。……小春に指示を出さないといけないからな」


 イレーナの努めて冷たく装った声を聞いて、ベアトリスはすべて理解した。


「了解」


 静かに命令を受諾する。ネリィもまたいつもの調子ではなく、まじめな声で続いた。






 そんなやりとりがあったことは知らなかったが、状況から、そろそろ潮時だということは小春も理解できていた。


 すでに血液残量は一〇パーセントを下回り、ブラッドアームの展開どころか、ドラグーンの機動にも影響が出始めている。喉がカラカラと乾き、血管を流れる血液が、栄養が足りないと暴れているかのように、鈍い痛みが身体の内側から走り抜ける。


 吸血鬼にとっての貧血の症状、死に至る前兆だ。


「なればこそ――封印解放! パスワード入力! 『我が魂はヴァルハラへと旅立つ』!さあ、地獄の焔、邪悪なる真炎よ。我が魂を糧に燃え上がれ!」


 小春はすでに意味をなくした狙撃銃ではなく、別の武装――『禁忌の逆十字イービルクロス』になけなしのエーテルを注ぎ込み始めていた。


 解放と共に大爆発を引き起こすエーテル爆弾。小春の機体には当然の武装としてこの特攻兵器が積まれている。


 自爆することに抵抗も恐怖もない。祖先より受け継いだ特攻魂からか、あるいはこの泡沫の現実にいかなる後悔も持ち合わせていないからか。どちらにせよ、命令ならば従い、華々しく散るとしよう。


 問題は、現在小春が努めているエリスの守護の役割だ。すでに半ば以上果たせていないとはいえ、勝手に持ち場を離れるわけにはいかない。


 どうしたものかと鈍くなった頭で考えを巡らせていると、最前線で敵に切り込んでいたイレーナがやおら反転し、こちらへ向かって来るのが見えた。


さすがは隊長。状況判断は小春の及ぶところではない。


「姫。あなたの護衛を隊長に交代し、ボクはこれより禁断兵装『禁忌の逆十字イービルクロス』の使用を決行する」


 最後にエリスに通信をつなげ、そう報告を入れる。


「……小春。ありがとう」


 エリスはわずかに言葉を迷ったあと、一言、お礼の言葉を述べた。


 それがなにに対するお礼なのかは、生憎と今の小春には分からなかったが、命令に変更が与えられなかった以上、取るべき行動は変わらない。


 狙撃銃をしまい、接近してくるアルカナの群れの、一番敵が固まっているところに向かって突っ込む。


「さあ、悪魔たちよ! ボクと一緒に地獄の果てまで旅立とうではないか!」


 そして『禁忌の逆十字イービルクロス』の起爆シークエンスを発動しようとして、


「ちょっとまったぁ――ッ!」


 予期していなかった制止の声に、しかし小春は機械のごとく反応して動きを止めた。


 確認すると、戦場に向かって一機のドラグーンが向かってくるのが見えた。


 知らない機体だ。だが、どこかで見たことのある機体だった。

 記憶を洗うと、すぐに該当の機体を思い出した。他でもない、小春が海岸に打ち上げられていたのを回収し、基地まで運び込んだ機体である。


 月で作られた第四世代型ドラグーン。ならば、そのライダーは……




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