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牢獄の星の少女①



 吸血鬼――


 読んで字のごとく血を吸う鬼。人類の天敵として恐れられ続けてきた化け物である。


 かつてはその実在さえ疑われていたが、二十二世紀初頭、彼らは突如として表舞台に姿を現し、全人類に対して牙を剥いた。明確な証拠こそないものの、アルカナを『召喚』したのは吸血鬼たちである、という説が月では一般である。


 そんな吸血鬼であると名乗った少女を前にし、両助は再び死を覚悟した。


「アルカナの次は吸血鬼と来たか。さすがは地球、人外魔境だな」


 両助は目の前の少女が吸血鬼であることを疑っていなかった。

 そもそも地球に人間などもういないのだから、冷静に考えれば、人型をしているだけで吸血鬼であることは明白だ。


 問題は、こうも無防備に接近を許してしまったことである。


 吸血鬼は化け物の名に恥じない身体能力を持つ。手が届く位置にまで近付かれた時点で詰みだ。さらに彼女はドラグーンまで持っている。まさに鬼に金棒だろう。


「あの、自己紹介が遅れてすみません。わたし、エリュシア・ヴァートリッヒといいます」


 相手もまた自身の絶対的優位を確信しているらしく、いっそ友人と話しているかのような気安さで自己紹介を始めた。


「宮凪両助さん、ですね。よろしければ、両助くんって名前で呼んでもいいですか?」


 お願いという名の脅迫に、両助は首を縦に振るしかなかった。


「ありがとうございます。代わりといってはなんですけど、わたしのこともエリスと呼んでください。呼んでくれると嬉しいです」


「……エリス」


「はいっ、両助くん!」


 否応なく名前を呼ぶと、エリスは輝くような笑顔で答えた。

 もしも相手が吸血鬼でさえなければ、恋に落ちてしまいそうなくらいの愛くるしい笑顔だった。


「だだだ、だまされるな、俺! 美少女でも相手は吸血鬼! 吸血鬼なんだから!」


 両助は自分にそう強く言い聞かせ、きつくエリスをにらみつけた。


 だがそんな視線は物ともせず、というよりもにらまれていること自体に気付いていない素振りで、エリスはあくまでもマイペースに話を続ける。


「その、わたし、人間さんに会ったら、絶対にお願いしようと思ってたことがあるんです」


「か、かわいくなんてないんだからね!」


 ツンデレ回避。今のもじもじと照れたような仕草からの上目遣いは危なかった。


「さすがは吸血鬼だぜ。一瞬でも気を抜けば、こうやって籠絡されそうになるわけか」


 まさに魔性だ。魔性の女である。

 蠱惑的な仕草をもって骨抜きにし、血という血を啜ろうと企んでいるのだろう。


 だがそうはいかない。血を吸われることだけは断じて許してはいけない。


 人類はたしかに月へと逃げたが、それはただの敗走ではなく、次の戦いへつなぐための戦略的撤退だ。地球に一人の人間も残さないよう努めるのはもちろん、輸血用の血液パックなどもことごとく廃棄し、吸血鬼の手に人間の血が渡らないよう徹底した。


 いわば人類は、敵である吸血鬼に兵糧攻めを行っている最中なのである。だから決して、宮凪両助という食料を奴らに届けてはいけない。


(ここでこいつに吸い殺されるならまだいい。軍の戦略的にはなんの影響もないはず。最悪は生け捕りにされること。特に俺の場合は最悪も最悪だ)


 吸血鬼は飢えているという事実を踏まえて考えれば、むしろ殺される可能性は少ないだろう。恒久的に食料を得るために、拘束なり懐柔なりをしてくる可能性の方が高い。アルカナから守ってくれたこともそれで説明がつく。


 飢えるあまり獣のように襲いかかってこなかったということは、目の前の吸血鬼には冷静に思考できるだけの余裕があり、個人としてではなく、種として優先すべきはなにか理解できている証拠だ。両助も軍人の卵として、また一人の人間として、人類のためになにをすべきか間違えてはいけない。


(地球に墜落した人間は、誰であれMIAとする規則……つまりそういうことなんだな)


 今まさに願いを告げようとする吸血鬼に真っ向から対峙し、両助は覚悟を決めた。


 敵わないことを理解した上で銃把を強く握りしめる。


 人間を舐めるなよ――彼女の願いがどのようなものであれ、絶対に頷いてやるものかと心に誓う。その結果、たとえ殺されてしまったとしても、この手の拳銃で自分の頭を撃ち抜く羽目になったとしても、それでも一人の人間として譲れないものが両助にもあるのだ。



「お願いします! わたしの初めての人になってください!」



「喜んで!」


 誓いから一秒も経たないうちに、両助は銃を投げ捨ててエリスの手を握りしめていた。


「これは仕方ない。うん、仕方ない。だって初めての人になってだよ? なにその殺し台詞! これもう人類裏切っても許されるレベルだって! でも一応謝っておくな、ごめんなさい。しかし後悔はしていないなぜなら俺は童貞だから!」


 エリスのすべすべとした手を撫でさすりながら、両助は誰にでもなくいい訳をすると、今一度、これから夢の一時を共有する相手の姿を網膜に焼き付けた。


 プラチナブロンドの美少女ということは一目でわかっていたが、改めて見てみると、その身体つきも極上だ。


 大きすぎず、小さすぎずという絶妙な大きさの胸は、パイロットスーツ姿ということもあり、服の上からでも美乳であることがうかがえる。細くくびれた腰に比べて、やや大きめのお尻は、是非とも顔に押しつけて窒息させてもらいたいと思う安産型だ。


 初めての相手としては、望むべくもない最高の相手である。吸血鬼? なにそれ素晴らしい個性ですね!


「それでどうする? しちゃう? ここでしちゃうの? それともやっぱり最初はベッドの方がいい? 俺ついてくから。どこまででもついてくから。嫌と言われても無理矢理ついていっちゃうから! ていうか、もしかしてこれから先、俺って吸血鬼に飼われながらそういうことさんざんされちゃう展開? 夢の腹上死まで待ったなし? やっべぇ興奮してきた!」


 感涙するかのごとく鼻血を垂れ流しながら、両助はエリスの肩へと手をやって、ゆっくりと自分の顔を近付けていく。


「よ、よぉし、最初はやっぱり熱いベーゼからだよな。んちゅ~」


 これも初めての経験となるため、目を瞑ることを忘れていた両助は、もう少しで唇同士が触れ合うというところでエリスがいきなり涙を流し始めたことに、「ほうわっ!」と奇声をあげて飛び退くほど狼狽えた。


「なんで泣くんだ!? もしかして今の冗談? 冗談だったの!?」


「ち、ちがっ、ちがま、ちがっ、あの、ちがて……ちが……ひくっ……のに……!」


 否定しようとしたエリスだったが、声は意味のない音の羅列にしかならなかった。段々と声を出すのも難しくなる。


「…………うぇ……」


 先程は瀬戸際で堪えられたが、今度はとても堪えきれなかった。ぬぐっても、ぬぐっても、涙は次から次へとあふれ出してくる。


 こんなことは生まれて初めてのことだった。自分でもどうしていいかわからなくなって、エリスは目の前にあった両助の胸板に、むずかる子供のように顔を押しつけた。


「この子は吸血鬼……なんだよな?」


 腕の中で泣きじゃくるエリスに、両助はしばらく狼狽していたが、やがてそれが悲しみの涙ではないと気付いて不思議に思った。


 感激のあまり涙をこぼす女の子。全身で喜びを表現している吸血鬼。


 両助には彼女が演技をしているようには見えなかった。心の底から、ただ人間と出会えたことを喜んでいるようにしか見えない。それは両助がこれまでイメージしていた、残忍で冷酷な吸血鬼の姿からはあまりにもかけ離れていた。


 正直に言ってしまえば、普通のかわいい女の子にしか見えなかったのだ。


「なあ、結局のところ、エリスは俺をどうするつもりなんだ?」


 エリスの涙がようやく止まったところで、両助は根本的な疑問をぶつけてみた。

 赤くなった目をこすっていたエリスは、質問の意味がよくわからないと小首をかしげる。


「どうするつもり、といいますと?」


「だから、俺を捕まえて食料にするつもりなのか? それとも殺すつもりなのか?」


「ころっ――な、なんてこと言うんですか!?」


 そんな考えなど露ほども想像していなかったのか、エリスは飛び跳ねるほど驚いてみせた。


「そんなことしません! するはずありません! 吸血鬼にとって人間さんは大事な盟友なんですから!」


「盟友?」


「はい! アルカナを倒すため、共に戦うことを誓った盟友です……よね?」


 最初は自信満々だったエリスだが、ポカンと口を開けた両助のまぬけ顔を見て、じょじょに自信を失っていく。


「……あの、なにか間違ってましたか?」


「間違いもなにも」


 初耳だった。月で習った関係性とは真逆の在り方だ。


 人間と吸血鬼は天敵同士。それが両助の知る常識だったし、吸血鬼の習性を鑑みても、両者が友好的な関係になれるとは考えにくかった。人間と吸血鬼の関係とは、つまるところ捕食関係の一言に尽きる。


 しかし目の前の可憐な吸血鬼にとって、人間と吸血鬼は盟友という考えが常識らしい。


(ダメだ。訳わからん。なんで吸血鬼が人間に好意的なんだ?)


 彼女だけがそうなのか、それとも吸血鬼全体がそうなのか、それはわからないが、彼女が嘘を言っていないことだけはわかる。


 なら不安そうにしているエリスに返すべき答えは決まっていた。


「大正解だ! 人間と吸血鬼は盟友! そして俺はエリスの初めての人だぜ!」


「ですよね! ふぅ、間違っていたらどうしようかと思いました」


 エリスはあからさまに胸をなで下ろす。


 だが次の瞬間には、また表情に不安の色を過ぎらせていた。


「ああ、でもまさか本当にこんな日が来るなんて……わたし、今でもまだ少し信じられません。なんだか夢を見てるみたいで……夢じゃないですよね?」


「うぉっ!」


 むにぃ、とエリスはおもむろに自分の頬を左右に引っ張った。


 お餅のように伸びる白い頬。涙目になるほど思い切り引っ張れば引っ張るほど、彼女は満面の笑みになっていく。なんか怖い。


「い、いひゃいです……夢じゃないれす……」


「そ、そうか。それは良かったな」


「ひゃい。ひょかったです」


 エリスは頬から手を離すと、辺りを軽く見回した。


「ちょっと長居をし続けてしまいましたね。ここだといつまたアルカナに見つかってしまうかわかりません。両助くん、わたしたちの基地に来ませんか?」


「基地?」


「はい。盟約連合軍東部基地、アーリンダル空軍基地です!」




初回投稿はこの話は終わりとなります。

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