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プロローグ



「――あなたは人間ですか?」


 それはおおよそ不可解な質問だった。


 誰がどう見ても両助は人間にしか見えない。

 本人も、変わった体質こそしているものの、自分を人間以外の生き物と思ったことなど一度もなかった。正確にいえば、そんな疑問は抱いたことすらなかった。


 外見も黒髪に黒い瞳と、月では比較的珍しい組み合わせだが、驚くほどのものではない。


 むしろ外見だけでいえば、問いを放った少女の方こそ人間離れしていた。


 風になびく銀の髪。深い色をたたえた紅の瞳。透けるように白い肌。

 讃えるべき言葉はいくらでも思いつくが、逆に貶す部分はひとつも思いつかない。それほど美しい少女だった。


 美しすぎて、寒気すら催してしまうほどに。


「答えてください。あなたは人間ですか?」


 黙り込む両助を見て、少女は同じ問いを繰り返す。


 質問の意図こそ不明だが、彼女が真摯に答えを知りたがっていることだけは両助にも理解できた。今にも泣き出そうな顔で、声にはどこか縋るような響きが込められている。


「人間だよ。俺は、宮凪両助は正真正銘の人間だ」


 疑問を横に置いたまま、両助はそう答えた。


 少女が息を呑む。

 手を胸にあて、想いを伝えようと口を開くも言葉にならない。


 代わりに涙が目尻に浮かび上がる。


「うぉっ!? な、なんでいきなり泣きそうになってんだよ!?」


 これには両助の方が慌てふためく。


「俺なにか悪いこと言ったか? 人間じゃない方がよかったのか?」


「そんな……そんなこと、あるはずないです。ただ、感動してしまって」


 指先で涙をぬぐい、少女は微笑む。


「本当に、本当にあなたは人間なんですね。わたし、ずっとずっと人間さんに会いたくて、約束の日が来るのが待ち遠しくて。だから……」


「嬉しくて泣きそうになってしまったと。……あれ? なんかおかしくね?」


 人間に会いたかった。だから確認のために質問した。その理屈はわかるが、前提となる部分がそもそもおかしい。人間に会いたかったのなら鏡を見ればいいのだ。あるいは、自分以外の他人と会いたかったということなのだろうか。だとしても……。


「……待てよ」


 そこで両助は思い出す。ここは月ではない。地球なのだ。

 人類の故郷であり、かつて悪魔たちによって奪われてしまった星。


 ここにはもう人は住んでいない。全員、一〇〇年前に月へ移住してしまった。よしんば取り残された者がいたとしても、悪魔の支配する地球で生き残っていられるはずがない。それがうら若き乙女であるならなおさらだ。


 ならば――目の前の人間にしか見えない少女はなんなのか?


 教官によって嫌というほど刷り込まれた怨敵の特徴が、両助の脳裏にまざまざと甦る。

 人間と変わらぬ容姿。だが温もりというものを知らない白蝋の肌。そして、口元からのぞく牙と血のごとき紅の瞳。


「なあ、俺も質問していいか?」


 少女からゆっくりと距離を取りつつ、両助は震える声で訊いた。


「そっちこそ、人間なのか?」


「いいえ、違いますよ」


 両助とは違って、少女は迷うことなく答えた。笑って否定した。


「私は吸血鬼です」





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