晩餐
おお・・・。
並居る重臣たちがどよめく声が聞こえる。
「お美しいですな」
「さすが王家の至宝」
セロ国王に紹介され、晩餐会の会場に入りながら賞賛の声を聞き流す。
(だから我は好かんのじゃ)
カリンは内心そう呟きながら、好奇と期待の入り交じった熱い視線の中を父親の元に歩み寄り、優雅に一礼した。
公式の場での王女の初披露であるが、群臣たちが我先にと群がることは無い。位の高い重臣から、一人ずつ挨拶をする。それがルールであり、カリンも社交界でのルールとマナーはしっかりと叩き込まれていた。
(あぁ、正装のきつ苦しいこと。これなら重装備の鎧の方がまだ動きやすいのに)
会場内で最もきらびやかな王家の正装も、彼女にとっては枷でしかない。
もう何人目かも分からないほど次から次へと目通しされる中、ふとカリンの目に留まった人物がいた。
「こちら、リンドブルム参謀長だ。そしてご子息の」
「――ニコルでございます。さ、こちらに来なさい、ニコル」
セロの紹介を引き継ぐように、老齢の男性が息子を紹介した。リンドブルム参謀長はカリンも城内でよく見かける人物だった。祖父の時代から国に仕える古株なのだ。ただ、よく見かけると言うだけで会話を交わすことは滅多になかった。
紹介された青年は二十代前半だろうか、親子という割には父親と年の差が離れているようだ。
だが、カリンの目に留まったのは親子の年齢差が理由ではなかった。
(この男はこちらの機嫌を伺う目をしていないな)
なんとか王女に気に入られようとする者が多い中、カリンは本能的にこの青年が他の者達とは違うような気がしていた。
(だが、筋肉は付いておらんな。根っからの文官か)
青年の肉付きを、服の上から考察する。
「カリン、そんなにジロジロと見ては失礼であろう」
セロの苦笑でカリンは我に帰った。
「これは・・・すまない」
恥じ入るように会釈するカリンに、リンドブルムは言った。
「いえいえ、どうか殿下のお気の召すままに。と言いましても、机にかじりつくばかりで軟弱な愚息ですが」
「なんだ、ニコル君を気に入ったのか?」
セロの含みのある言い方にカリンは反論する。
「気にはなったが、気に入ってはいない。・・・貴君、ニコルと言ったな。普段何をしておるのだ?まさか朝から晩まで机に向かっているわけではあるまい?」
話をそらすようにニコルに向き合うカリンを、セロは安心したように見ていた。カリン自身は『気に入った訳では無い』と言っているが、今まで何人もの重臣たちを紹介しても儀礼的な挨拶だけで誰にも興味を示さなかったからだ。
(リンドブルムであれば、長年仕えている忠臣であり、人望も厚い。ニコル君とカリンでは全く正反対の性格だが、何かと暴れ回るカリンの側近にはその方がいいのかもしれない)
ニコルとカリンの会話を眺めながら、心の中で頷いていると、ふとリンドブルムと目が合った。
(全て陛下の意のままに)
黙礼であったが、リンドブルムの静寂な瞳はそう語っているように見えた。
(忠義、感謝する)
セロもそう思いを込めて黙礼を返した。
「何!?日がな家に篭っておるのか?いかんぞ、それはいかん。外に出て体を動かさねば」
カリンの驚く声に、セロとリンドブルムも子供たちの会話に耳を傾けた。
「い、いえ、殿下。外に出ていないわけではありません。その、息抜きをしたい時には斧と小刀を持って森に・・・」
食いつき気味のカリンに対して、ニコルはかなり引き気味である。
「なんだ、ちゃんと外にも出ているのではないか。ちなみにどこの森がいい?我はな、先日もデヴォーラーの森で狼をざっと30ほど狩ってきたぞ!」
得意気に話すカリンに、ニコルは申し訳なさそうに続ける。
「い、いえ。殿下。狩りをしているわけではなく・・・」
「なんだ、斧と刀をもって森に入るのに何をするというのだ?」
「えー、その・・・」
「なんだ、まどろっこしい奴だな。はっきりと言え。まさか人斬りをしておるわけではあるまい?」
年齢も身長も一回り違うニコルを相手に、腰に手を当てて苛立ちを示すカリン。
「・・・木を切りだして、彫刻や笛を作っております・・・」
ほとんど消え入りそうなニコルの声に、カリンは腰に手を当てたまま固まるのであった。
「いやはや、カリンのじゃじゃ馬っぷりが目立つばかりですなあ」
見かねたセロが、ニコルに助け舟をだした。
「いえいえ、うちの息子がどうしようもなく軟弱者でして」
慌ててリンドブルムも頭を下げた。
「文官とはいえ、少しは鍛えねば。文武両道と言うであろう?いざと言う時は己が身を守れる程度には剣を握っておけ!」
口を尖らせるカリンに、セロは思わず吹き出した。
「なんだ、父上。何がおかしいのじゃ?」
「カリンよ、"文武両道"とは・・・お前こそ武一辺倒でまともな学がないではないか」
喉を鳴らして笑いを堪えるセロに、カリンは頬をふくらませた。
「・・・別に学がなくとも死にはせん」
そう小声で拗ねるカリンに、セロはため息をついた。
(いや、凡愚ゆえに身を、国を滅ぼした指導者は枚挙に暇がないのだが)
どこで育て方を間違えたのか。と苦悶する。
「ニコル、お前も男として恥ずかしくない程度には体を鍛えておきなさい。体力と集中力をつけておけば、それは学問にも生かされるだろう」
「分かりました、お父様」
カリンとは対照的に、ニコルは父親の助言に素直に頷いているようだった。
「あぁ、ずいぶんと話し込んでしまったな。立派な子息と話せて、私の娘にもいい刺激になっただろう。この続きはまた今度、宴でも用意して話そうか」
セロはそう言ってリンドブルムと握手を交わした。その傍らで。
「ニコル。今度合う時までには狼・・・とは言わん、猪程度は狩れるようになっておけ」
「・・・精進致します」
カリンの無茶振りにニコルは途方に暮れていた。