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炎の系譜  作者: 木花開耶
3/4

鍛錬

「はっ!たぁっ!」

 

 練兵所に鋭い声が響いた。もっともその声の主は、並み居る猛者の野太い声ではなく、似つかわしくないほどの可憐な声なのだが。

 

「ぬっ!・・・これはこれは。私の負けでございます。カリン様もお強くなられて、この城内でも並ぶ者は居なくなりましたなぁ」

 時期国王がこれほどお強ければ、我が国も安泰でございます。としみじみ呟く大男に、今まで立ち合っていた少女の檄が飛んだ。

「ふん、我が国の安泰なものか!お前達近衛が、我のような小娘と互角なようでは安心して戦もできんわ!」

 大粒の汗を滴らせてはいるものの、呼吸が整っている少女と比べて、大男の息はやや上がっていた。

「副隊長、お前、我が王女だからと手を抜いているのではあるまいな?手抜きは不敬であるぞ。強くならなければ、いざと言う時己の見も守れぬのだからな。さぁ立て!もう一手合いじゃ!」

「め、滅相もございませんカリン様。殿下の武勇、この城内だけでなく、この都市、さらには国中に轟いております」

 

 国中で有名なのは事実である。もっとも"国王陛下もお転婆娘に手を焼いているらしい"というやや微笑ましい方向ではあるが。

 

「おべんちゃらは要らん!お前がダメなら誰か、他の者は居らんのか!おいそこのお前、我と試合え!」

 木刀で示された兵士は慌てて首を降って断る。

 

 練兵所にカリン王女が顔を出すようになって最初の方は、皆、玉に触れるような扱いであった。その頃はまだ7歳ほどで、最も小さい木刀でさえ彼女の身の丈程あったのだ。万が一王女殿下に怪我でもさせようものなら首が飛びかねない。

 しかし二年たち、三年たち(その間、ほぼ毎日練兵所に顔を出しては鍛錬していたのだが)なかなか強くなり、一兵卒に引けを取らぬ強さに成長していた。その頃には近衛の皆からも可愛がられ、王女とはいえ親しみを込めて愛されていた。・・・のだが。

 五年たった頃から、日々の訓練の賜物か、幼いゆえの飲み込みの速さか。大の大人が全力で相手をせねばならない程に強くなっており、今では並の兵卒では三合も打ち合わずに一太刀入れられていた。

 

「全く、不甲斐ない者達ばかりだな。ボードマンは、ボードマンは居らんのか?」

 カリンが近衛の隊長の姿を探した。

「隊長でしたら、おそらく城内の見回りに行っておるかと思います」

 息を整えた副隊長が答えた。もっとも、"城内の見回り"とはただ単に酒を飲んでふらついているだけ。という事をここにいる全員が知っいる。

「あやつは剣の腕だけは立つからな。今日こそ一太刀入れやろうと思ったのだが」

 そして勝てるようになったらあんな穀潰しは即刻追放だ。

 そう意気込みながら、次なる相手を探し続けるカリン。

 

「カリン様、そろそろ(まつりごと)を学ぶお時間かと。また教育係の文官殿が探しておられると思いますぞ」

 副隊長の進言に、カリンは鼻息荒く答えた。

「勉強など好かんのじゃ!全くつまらん。すぐに眠くなる。体を動かす方が有意義じゃ」

 勉強で眠くなるのは、こうやって激しく運動なさるからです。という指摘をぐっと飲み込む副隊長。

 その時、練兵所の扉が開いた。

「ふむ、やはりここにおったか。カリン。そろそろ時間だ、来なさい」

 国王陛下だ。練兵所内の兵士達が一斉に直立不動の礼をする。その兵士達に片手を上げて礼を解かせながら、セロがカリンに近付いた。

「むぅ・・・」

 勉強をするのがよほど嫌なのか、膨れっ面になるカリン。この喜怒哀楽がすぐに顔に現れるのも、この王女がお転婆とはいえ練兵所の皆から可愛がられている理由でもある。

「そうむくれるな、今日は勉強はなしだ、お前にとってもいい話があるから来なさい」

「なんと!それは誠か!うむ。では片付けて参るからしばし待つのじゃ」

 途端にぱあっと顔を輝かせながら、道具を片付けに走るカリン。

 

「いつもカリンの相手をさせてすまないな」

 セロが副隊長に声をかける。

「いえいえ、滅相もありません。カリン様はお強い。ここ最近、私では全く勝てなくなっておりますし、兵の皆の良い刺激にもなっております」

「そうか、いやはや、武の鍛錬に費やす情熱を、少しは学問にも向けて欲しいものだが」

 木刀の手入れをし、床の雑巾がけをやっているカリンを眺めながらセロが呟いた。

「確かに学問も大事ではありますが、カリン様には人を惹きつけてやまない人徳があります。今でもこうして床の雑巾がけなどという汚れ仕事を皆と並んで行っております。これ程身近に感じられる王女殿下を仰げるのは嬉しい限りでございます」


「父上、今終わりました」

 カリンが小走りにセロの元へ戻ってきた。

「うむ、では行こう。・・・皆、よく励め」

 後半は近衛達に声をかけてから、二人は練兵所を出た。


「それで、父上、良い話というのは?」

 王宮の美しい中庭を、国王の部屋へと向かいながらカリンがセロを見上げた。

「あぁ、お前もそろそろ良い年だからな、何人か人を侍らせようと思う」

「部屋付きのメイドならもう何人か居るぞ?あと教育係ならもう要らん!」

「あぁ、言い方が悪かったな。年の離れた者達ではなく、お前と年の近い者達を選びたい。その方がお前も気兼ねなく過ごせるだろう」

 その言葉にカリンは少し考える。

「何か不満か?」

 沈黙したカリンにセロは訊ねた。

「不満というか、うーむ。・・・前も言うたが、我は媚びへつらわれるのが好かん。我に取り入ろうとしてご機嫌を伺う者達ばかりだならな。そういう者達を近くに置いてもつまらんのじゃ」

「まぁ、それはそうだろうな」

 王宮の廊下で深々と頭を下げる臣下たちとすれ違いながら、セロは答えた。

「人の上に立つのだ。ある程度は覚悟せねばなるまい。避けては通れぬぞ?」

 

 カリンはなおも沈黙を保ち、セロの自室に入ってから口を開いた。

「父上、その者達の選任、我に任せてもらえぬか?」 

「もちろんそのつもりだ。お前がその目で見て、判断するといい。人を見る目を養うのも王の務めだ」

 手を広げて微笑むセロ。

「良かった。それで、人数に上限はあるか?」

 カリンはほっと息をついて、続けて訊いた。

「ふむ、特に決めては居ないが・・・何人くらい欲しい?」

 10人か20人くらいだろうか、と考えながらセロが訊き返す。

「うむ、千人欲しい」

「せ、千人!?」

 セロが絶句した。

「王族が持てる私兵の上限は千人であろう?」

 あぁ、そういう事か。とセロは納得する。

 

 国内で私兵を持つことは原則禁止されており、全ての兵はどこかの正規軍に属することになる。これは臣下の反逆、内乱を防ぐためである。

 一方、現職の国王、そして王位継承権第一位の者だけ、千人以下の私兵を、募ることが出来る。上限が千人と固定されているのは、時の権力者の暴走で他国と戦争になることを防ぐためである。

 よって、国王であっても、議会の了承なしに正規軍を動かすことは出来ず、国王の独断で自由に動かせるのは、千人以下の私兵のみとなる。これは同じく私兵の所持が認められている王位継承権第一位の者も同じである。

 なお、現職セロ国王の私兵は1000人で、三交代で城に詰めている。別名近衛兵であり、先ほどカリンが鍛錬していたのも近衛兵の詰め所なのだ。

 

「うーむ・・・」

 今度はセロが沈黙する。学問や武芸を切磋琢磨しあえるよう、年の近い者を何人か従者にするつもりではいたが、私兵となると話は別である。

「ダメか?」

 上目遣いでそっと見上げてくるカリンに、セロの心は揺らいだ。

「いや、王位継承権第一位の者が私兵を持つためには議会の承認が必要だからな」

 最終的に決定権を持つのは国王だが、それでも議会の決定を無視する事は出来ない。それに、

「お前はじゃじゃ馬が過ぎるからな、私自身、お前に兵を持たせるのは不安だ」

 セロの心配は最もだった。

 千人とはいえ、下手に動かせば外交問題、ひいては戦争にさえなりかねない。

「・・・いや、やはりダメだ。お前にはまだ早い」

 しばらく瞑想するように考えてから、セロはそう答えた。

「そうか、やはりダメか・・・もっと武を磨かねばならぬのか?」

「いや、そうではない。武ではなくむしろ知、そして経験、落ち着きが必要なのだ」

 セロの指摘は続く。

「兵士は指揮官の一言で死んでゆく。その者達にも家族や友人がいる。そうした命を預かる覚悟が、お前には出来ていない。遊びや模擬戦では済まないのだ」

「命を預かる覚悟・・・」

 見るからに肩を落とすカリンに、やはりセロの心はぐらついた。

「・・・10人だ。そして決して国境を越えぬこと。これが条件だ。」

「10人・・・」

 絞り出すように言ったセロの言葉を、カリンが反芻した。

 10人では私兵とすら呼べない単位ではあるが、それでも武装帯刀が許される立派な軍隊だ。

「その後、お前の働きを見ながら人数を増やす申請を議会にしていこうと思う。それでどうか?」

 

 こうすればカリンの落胆を少しは軽くする事が出来るだろうし、何より"これからの働きによって"と言うことで、やる気を出させる事もできるかもしれない。それに10人であれば議会もすんなり通るだろう。セロはそう考えた。

 

「うむ、分かった。最初は10人からのスタートなのだな。立派に鍛え上げて一騎当千の猛者にするぞ!」

 生き生きとした顔で気合を入れるカリンにセロは言った。

「よし、では近い内に晩餐会にも出なければならないな」

「え?」

 きょとんとした顔で固まるカリン。

「どうした?自分で選ぶのだろう?正規軍の中から選ぶのもいいが、補佐役くらいは学識のある重臣の子息子女から選んだらどうだ?」

 セロの言葉に、カリンは今更ながら嵌められたのだと気付いたのだった。

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