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炎の系譜  作者: 木花開耶
2/4

酒瓶

「陛下、内政執行官クロウ・ボーゼストが目通りを求めております」

 執務室の扉を、衛兵が叩いた。

「通しなさい」


「偉大なる国王陛下。ご機嫌麗しく」

「まぁ、座りたまえ。機嫌はあまり芳しくはないがな…」

 腕を組み、ボーゼストと向き直る。

「お察し致します」

「では聞こう…例の不作の件だな?」

 ボーゼストを促す。


「安息年からまだ二年目です…。加えて雨不足や日照不足でもないとすると…」


 安息年とは、一年を通して作付をせず、土地を休める事だ。六年間収穫し、一年間休ませる。そうする事で、土地が痩せ凶作となる事を防げる。


「原因は分かったのか?」

 原因が分からなければ対策の取りようがない。

「申し訳ありません。諸説上がってはいますが、どれも決定力に欠けます…」

 低頭したボーゼストが一つの書類を差し出した。

「先行して、不作地域への緊急救済案をまとめてまいりました。ご確認ください」


「ご苦労…君にはいつも助けられる」

「恐悦至極に存じます」

 かしこまるボーゼストの肩を叩く。

「いや、本当にありがたい。若くて有能な君にはつい期待してしまうが…あまり無理はしないでくれ」

「ありがたきお言葉でございます。粉骨砕身、犬馬の労もいとわず尽力致します」




「陛下、騎士団長グラス・ボードマンが目通りを求めております」

 再び扉が叩かれた。

「…通せ」

 一息ついてそう答える。

「は…ですが…」

 言い淀む衛兵。

「構わん、通せ…」

 またいつもの事だろう。

「わかりました、どう――」

 衛兵の言葉が終わる前に、一人の老齢の男がずかずかと部屋に入ってくる。


 途端に酒の臭いが充満する。

 ボーゼストの顔が不快そうに歪んだ。


「よぉ、偉大なる国王陛下。ご機嫌麗しく」

 危なっかしい千鳥足で、たたらを踏む騎士団長。


「ボーゼスト、くれぐれも無理をしないでくれ…自らの体を管理できぬ者に、国の管理は出来ぬ」

「銘記致します」

 深々と一礼し、ボーゼストが下がる。


「…ボードマン卿、陛下の前で酒の臭いを撒き散らすのはいかがなものか?」

 すれ違い様、咎めるような口調でボーゼストが言う。

「ハッハッハ…若い者は旨い酒の味を知らんとみえる」


 ボードマンを睨み付けるように一瞥して、ボーゼストは退室した。




「若いのぅ」

 ボーゼストの背中が消えた扉を、楽しそうに眺める。


「まぁ、ボードマンから見れば、大抵の者は若かろう…」

 苦笑して続ける。

「…うちの娘とも一悶着あったそうではないか」


「おぅ、王女様の事か。耳が早いな」

「ギルドから連絡があってな…。狼狩りに行ったそうだ」

「なるほどなるほど。相変わらず凛々しい王女様だ」


 カリンは苛立つ事が起きると、必ず狩りに出る。

 そしてその苛立ちの理由の大半は、ボードマンとの衝突だった。


「赤ん坊だったあの娘が、あっという間に半人前か…。お、この酒貰うぞ?」

 酒瓶の並ぶ棚から、年代物の酒を抜き取る。


 国王の娘を"半人前"呼ばわりできるのは、王国内でも、ボードマンただ一人だろう。


「酒もほどほどにな、ボードマン」

 ため息混じりに、ボードマンに椅子を勧めた。

「王女様といえば、ほら、もうすぐ晩餐会に出てもいい年じゃないのか?」

 

 良家の子息子女はある程度の年になると、国王が主催する社交界に出席するようになる。その年齢は様々で、10歳にならずとも出席できるようになる子もいれば、30歳を過ぎても出席できない"問題児"も存在する。


「あれは堅苦しいのを嫌ってな。10代も半ばなのだし、そろそろお転婆娘は卒業して欲しいものだが」

 ボードマンの指摘に苦笑する。

「国政の難題を次々片付ける国王陛下も、愛する一人娘には頭を抱えているわけか」

 がっはっは、と豪快に笑うボードマン。

「先日、カリンの機嫌が悪かったのも、ボードマンが何か言ったからか?」

「うむ、メイドの格好をして城中を走り回っておっからな。(まつりごと)の勉強もするように言ったのだが、『一日中、酒ばかり飲んでいる穀潰しに言われとうないわ!』と逆にお叱りを受けてしもうたわ」

 再度豪快に笑うボードマン。部屋中の空気が震えるようだ。

「近々、カリン付きの文官武官を、重臣たちの子息子女から選任しようと思ってな。年の離れた教育係ばかりではカリンも堅苦しいだろうし、年の近い者達を統率するように命じれば、少しは為政者としての自覚を持ってくれると期待して・・・あぁ、期待したいものだ」

 後半は願望混じりではあるが、本心だった。

「それならなおのこと、晩餐会に参加せねば、重鎮共の子供達と顔を合わせられぬではないか」

 そうなのだ。

「来週・・・いや、来月の晩餐会では、顔見せだけでもやらせるつもりだ」

「先月も同じ言葉を聞いた気がするぞ」

「次こそは、次こそは。と正装を用意させて、何着無駄になったことか。だがそろそろ私も我慢の限界だからな、多少無理にでも連れてくるつもりだ」

 それなりに反抗はされるだろうが、これも王家の務めなのだ。いつまでも甘やかしていては国民に、臣下に示しがつかない。

「力強い言葉を聞けて安心した。王家の繁栄を願って」

 新しい酒瓶の栓を開けながら、ボーゼストが杯を掲げた。

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