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一番近くて、遠い君

作者: ししょー

僕、坂城凉(さかきりょう)には、好きな人がいる。

 それは……。

「お兄ちゃん、待った?」

「全然待ってないよ」

 実の妹の、坂城綾(さかきあや)だ……。



 いつかだろうか、綾にこんな感情を抱くようになったのは。

 何度も、気のせいだと言い聞かせてきた。けれど結局、自分の心を偽ることは、できなかった。

「お兄ちゃん? 私の話聞いてる?」

「ん? えっと、ごめん。ぼーっとしてて、聞いてなかった」

「もう、ちゃんと聞いててよ!」

 頬を膨らませながら、怒っているアピールをする。

 幼いころからの癖、実際は、そんなに怒っていなかったりする。

 その証拠に、

「ごめん、ごめん。次はちゃんと聞くから、もう一度言ってほしいな」

「ん、しょうがないから、許してあげる」

 頭を撫でながら謝ると、簡単に許してくれる。

 いつもの、僕たちのやり取り。平凡な日常なのに、どこか心地いい。

「友達がね? 面白いから読んで見て、って言って、漫画を貸してくれたの」

「そうだったんだ、よかったね。どんな漫画だったの?」

「えっとね、これ!」

 そう言って取り出したのは、タイトルに『二人コンプレックス』、と書かれたものだった。

「なんかね、お兄ちゃんと妹の禁断の愛、って内容なんだって」

 綾の言葉を聞きながら、僕の心臓は大きく鳴った。

 だけど、それも一瞬のことだった。別に、僕の気持ちに、気づいたわけじゃないのだから。

「面白そうな話だね。だけど、兄妹で恋愛なんて、現実であるのかな?」

 当たり障りのない、ありきたりな感想を口にする。

 心を偽ることは、できなくても、心を隠すことには、もう慣れてしまったから。

「私は……、あると思う」

 さっきまでの、人懐っこさを感じる話し方だったのが、どこか、影のある真剣な話し方に変わった。

 だが、すぐにいつもの調子に戻り、さっきまでの空気をかき消すかのように、

「同性でも好きになるんだよ? だったら、兄妹で恋愛だったら、男女だし、案外普通なんじゃないかな」

 と、言った。

 綾の、滅多に見せないその雰囲気に、反応が少し遅れそうになったが、

「確かに、そうかもしれないね」

 何とか返すことができた。さすがに、二回目は本気で怒るかもしれないからね。




「「ただいま」」

 家に着いた僕たちは、一緒に声を出す。いつもなら、母さんが返事をしてくれるはずなのだが、今日はいつまでたっても返事がない。

「お母さん、お出かけしちゃったのかな?」

「それだったら、鍵が開いてないんじゃないかな」

 綾の疑問も当然だと思う。僕だって、一瞬そう思ってしまったし。

「うーん。じゃあ何で」

「おかえりー」

 綾が、何か聞こうとしたとき、タイミングよく、リビングから、気の抜けた声が聞こえた。

 その声は、聞き慣れた声ではあったが、母さんのものではなかった。

 なぜ、家にいるのか謎だったが、急いで靴を脱ぎ、リビングに入ると、

「やっほー、お二人さん」

 案の定、幼馴染の間宮香織(まみやかおり)がいた。

「何で、香織は家にいるの?」

「まぁ、いつも通り親が、どっちも仕事でいなくてさ。今日もお世話になるわけです」

「それじゃ、仕方ないね」

 香織の両親が家にいないのは、よくあることで、小さい頃から、頻繁に我が家に預けられていた。

 当然ながら、育児放棄というわけではない。むしろ、休日になると、これでもかってくらいにベタベタしている。香織も、文句を言っているが、口元が吊り上がっているのを、全く隠せていない。

「それじゃぁ、今日はお姉ちゃんとご飯?」

「そうだぞー。嬉しいだろ?」

 そう言う香織に、満面の笑顔で、うん! と答えた。



「ところでさ、母さんはどうしたの?」

 二人が、無駄に盛り上がっていたため、なかなか聞けなかったが、盛り上がりも一段落し、ようやく聞けた。

「あー、なんか食材が足りないからって、買い物行ってるよ」

 道理で、これだけ騒いでも、一向に姿を見せないわけだ。

 聞きたいことも聞けたので、おとなしく母さんを待つことにした。




 女三人寄れば姦しい、とはよく言ったものだ。

「久々におばさんのカレー食べたけど、めっっちゃ、おいしー」

「本当? 綾ちゃんは、なんでも美味しいって言うし、凉くんは、何も言ってくれないから、お世辞でも、そう言ってくれると、嬉しいわぁ」

「お姉ちゃん! お姉ちゃんのゆで卵、貰っていい!」

「ちょっ。いいって言う前に、取ろうとしないの」

 なぜ、僕の周りの女の人は、騒がしい人が多いのだろうか。いつもなら、そんなことは考えないのだが、今日はしょうがないと思う。なぜなら、急な残業が入り、父さんがこの場にいないからだ。一対三は、さすがに辛いものがある。

「やけに静かだけど、なんかあったの?」

 さっきまで騒いでいたのに、いきなり話しかけられ、少し驚いた。

「いや、三人とも楽しそうだなって」

 本心を言えるわけもなく、率直の感想を口にした。

「楽しいに決まってるでしょ。三か月ぶりなんだから」

 そう言えば、二年になってから、来ていなかった気がする。

学校でも、同じクラスで、毎日顔を合わせているから、感覚がおかしくなっていたようだ。

「私は、お姉ちゃんとご飯食べられて、とっても楽しいよ」

「ご飯がいっぱい食べられるから?」

「うん!」

「綾ちゃん、お姉ちゃんは悲しいよ……」

 苦笑いしながら言う、香織とは、対象に、僕は、無駄に、正直に答える綾が、不安でたまらなかった。




「ごめんね。いつも、いつも騒がしくして」

 夕飯を食べ終わった後も、テレビを見ていて、気が付いたら十一時を回っていた。

 さすがに、香織の両親も帰ってきていて、十時頃に一度顔を見せに来た。

「別に、いいよ。わたしも、こういう雰囲気好きだし」

「そうだったんだ。学校じゃ、そこまで騒がないから、ウチじゃ、無理してるんだと思ってた。」

 どうやら僕は、思い違いをしていたようだ。

 そういえば、昔は学校でも、友達と騒いでいた気がする。

「でも、大きくなってからは、静かになったよね?」

 どうしても聞きたくなって、デリカシーがない、と言われるかもしれないが、つい口に出してしまった。

 すると、

「はぁ」

 香織は、大きなため息を漏らした。

 どうやら、呆れられてしまったようだ。

「いつまでも、子供のときのままでいれるわけ、ないでしょ。素の自分を出すのは、凉たちの前だけで、十分なの。まっ、それだけ凉には、心を許してるってこと」

 僕だって、香織のことは、信頼している。だからこそ、妹のことも、相談しているのだから。

 何年たっても、この幼馴染には敵いそうにない。

「ありがと。もう遅いから気を付けてね」

「気を付けてって、お隣でしょーが。まぁ、心配してくれて、ありがと。また明日ね」

 僕が、また明日と返事を返すと、笑顔を返して、家から出て行った。




 リビングで、一息つきながら、昨日のことを考える。お姉ちゃんが、久しぶりに遊びに来て、何となく感じてしまった。お姉ちゃんと、お兄ちゃんの間には、どう頑張っても、入れないことに。

 きっと二人は、両思いだ。今、付き合っていないのは、二人とも臆病だからだと思う。

私は、お兄ちゃんが好き。家族だから、じゃなくて、異性として意識している。一般的じゃないのは、自分でもわかっている。だからこそ、誰にも言えず、だからと言って、隠すこともできず、中途半端を何年も続けている。

 お兄ちゃんの妹であることに、不満は全くない。だって、ずっと一緒にいれたから。ただ、妹じゃなかったら、お兄ちゃんに、女性として、意識してもらえた、かもしれないと思うと、面白くない。

 全くと言ったが、もしかしたら、これが、唯一の不満かもしれない。

「はぁ、お兄ちゃんがシスコンだったらなぁ」

「ん? 僕がどうかした?」

 いつからそこにいたのか、私の独り言に、お兄ちゃんは反応した。

「な、何でもないよ」

 まさか、聞かれているとは、夢にも思っていなかったので、かなり挙動不審になってしまった。

 どこまで聞こえたのか、気になるが、同時に怖くもある。もし、聞かれていて、気持ち悪いと、お兄ちゃんの性格から、そんなこと言わないだろうけど、思われただけで、死にたくなる。

「そう? お兄ちゃんって聞こえたから、何かあったのかと思った」

「ほ、本当に何でもないの。お兄ちゃん、なかなか起きてこないなぁ、って思っただけだから」

 捲し立てて話すと、そう、と言って、取りあえず納得してくれた。

 聞かれていなくて、安心したが、ヘタレな私では、こんなことでもない限り、お兄ちゃんに、自分の気持ちを伝えられない、と思い、ちゃんと言えばよかったと、少しだけ後悔した。



(そうだ、いいこと思いついた。きっとこれで、すべて上手くいくはず)

 ケータイを開き、目的の人物の名前を、送信履歴から探し出し、メールを送った




 昼休み、私は、屋上で人を待っていた。

 七月の中旬だが、外にいると汗が止まらない。早く来てくれないと、か弱い私では、倒れてしまいそうだ。

「おまたせー」

 ドアが開くと同時に、待ち人の声が聞こえた。

「もう! 遅いよ、お姉ちゃん! 死んじゃうかと思ったよ」

「ごめん、ごめん。でも、お姉ちゃんだって、忙しいんだよ?」

 それは、私にだってわかってはいる。けれど、この怒りを、どこかにぶつけたかった。

「それで、話しって何?」

 悶々とした気持ちを、どこかに放り投げて、さっさと質問した。

「お姉ちゃんって、お兄ちゃんのこと好きでしょ」

「まぁ、好きだね」

「隠さなくてもいいんだよ。私にはわかるんだから!」

 指を、お姉ちゃんに向けて宣言する。

(決まった。華麗に決まっちゃったよ。さすが私だね!)

 そんな自分に、私が酔っていると、

「隠してないし、好きだっていったよね?」

「もう! 何で、すぐ正直に言っちゃうの!」

 お姉ちゃんは、全く分かっていないようです。お約束というやつを。

「なんの漫画を読んだのか知らないけど、あまり影響受けちゃダメだよ」

「えー、いいじゃん! 楽しいんだから」

「まぁ、綾が楽しいなら、それでいいけど。わたしたち以外にやっちゃダメだからね?」

「大丈夫! お兄ちゃんと、お姉ちゃんにしか、やらないから」

 私の返答に、それはそれで、どうかと思うよ、と、少し苦笑いしながら、お姉ちゃんは言った。

「それで」

 おふざけも落ち着くと、お姉ちゃんは咳払いの後にそう言い。続けて、聞いてきた。

「ホントの用事って何? さすがのお姉ちゃんでも、これだけのために呼ばれたんだとしたら、あまりいい気持ちはしないよ」

 お姉ちゃんは、何を言っているのだろう。

(私は、ちゃんと言ったのに、伝わらなかったのかな?)

 しょうがないので、もう一度言うことにする。

「お姉ちゃんは、お兄ちゃんのこと好きなんでしょ?」

「うん。好きだよ」



「え? もしかして、それが聞きたかったの?」

「うん。最初から言ってたでしょ」

 確かに言ってたけどさぁ、と、頭を抱えながら、お姉ちゃんは呟いた。

 よくわからないが、何かがお姉ちゃんを、困らせているようだ。

「まぁ、いいや。凉のことは好きだよ? あくまでも友達としてね」

「えー、うそだー。二人を、ずっと見てきた私には、わかるんだから!」

「はぁ、ホントだって。てゆーか、何でいきなり、そんなこと聞いてきたの?」

 もしかしたら、私の考えてることが、ばれているのかと思い、少しだけ不安になる。

 でも、ここで諦めたら、私の計画が失敗してしまう。

「ふ、二人が、両思いに見えたから……」

 他意はないんだよ、他意は、と、何とかごまかそうと努めた。

「何を考えてるか、は、分からないよ。けどね、何かあるな、ってくらいには、綾のこと、分かってるつもりだよ」

 少しだけ、私の決意が揺らいだ。二人が付き合えば、諦められると、そう思っていた私は、馬鹿なことをしたのだと、すぐに理解できた。

 お姉ちゃんになら、全てを話しても、良い気がして、

「実は私、お兄ちゃんが好きなの。一人の男性として」

「そう、だったんだ……」

 気づくと、私の口は、自分の抱えているものを話し出していた。




 お姉ちゃんは、私の話を、最後までしっかり聞いてくれた。

 気が付いたら、私は泣いていた。今までため込んでいた思いと一緒に、全てを外に出した。

「私だって、いけないって分かってるの。でも、好きになっちゃったんだもん」

「そっか、いろいろあったんだね」

「辛かったよぉ、誰にも言えなくて、諦めなきゃダメだって、言い聞かせて、でも、諦めきれなくて」

 溢れだした思いは止まらない。とどまることを知らないかのように、それは続いた。




「迷惑かけて、ごめんなさい」

 昼休みの間中、ずっと泣き続けると、さすがに冷静になってくる。

「へーきだよ。可愛い妹分の相談だからね、でも、さすがに時間もないから、話しはまた今度ね」

「また相談していいの! やったぁ!」

 やっぱり、お姉ちゃんは優しい。こんな私のために、貴重な時間を割いてくれるのだから。


「綾、絶対に大丈夫、なんて、死んでも言わないけど、わたしが、どうにかしてあげるから、安心してね」

「う、うん」

 どういう意味か分からなかったが、取りあえず頷くことにした。




 突然、幼馴染の妹に呼び出され、屋上に行くと、凉のことを好きか聞かれた。なぜ、そんなことを聞いたのか、彼女を問い詰めると、兄が好きだから、諦めたい、という内容だった。

 わたしは、凉からも相談を受けていた。結構昔から聞いていて、初めのうちは、どうやったら諦めがつくか、本気で考えていた。

(まったく、似た者兄妹なんだから。わたしの身にもなってほしいよ)

 普段なら、面倒くさいと、一蹴するのだが、家族同然の二人には、幸せになってもらいたい。

(しょーがない、わたしが、頑張るか)

 手始めに、凉のほうから、攻略を始めることにした。


……攻略って言うと、ゲームしてるみたいで面白い。




 五時間目も終わり、凉の方を見ると、机に突っ伏していた。

 さっきの授業は、彼の苦手科目だったので、しょうがない気もする。

 彼のそばに行き、声をかける。

「まったく、何寝てんの」

「ん? あぁ、香織か。寝てはいないんだけどね、辛くて」

「はぁ、後でちゃんと教えてあげるから、気を確かにね」

 忘れかけていたが、相談のことで、話しに来たんだった。

「そう言えば、今日の夜も、親いないから、お邪魔するよ。その前に、綾のこと、相談に乗ってあげるから、一緒に帰るよ。分かった?」

「いきなりだね。まぁ、最近してなかったし、お願いしようかな」


 今回の話し合いで、凉に告白させれば、すべて丸く収まる。そう、確信していた。




 だが、

「綾にそれとなく伝えてみたら?」

「僕に、そんな勇気があると思う?」

「……ゴメン」

(このヘタレが!)

 何度このセリフを言いそうになったか、もう分からない。小心者なのは、昔から知ってはいたが、ここまでだとは、さすがに予想できなかった。

 わたしや、綾のことになると、無駄に行動力があるくせに、自分が絡んでくると、途端に自信をなくす。好感を持てる点ではあるが、今だけは、そんな幼馴染に、少しだけ面倒になってきた。


 綾の、相談にも乗ると言ったけど、このままいくと、同じような展開になりそうで、胃が痛くなってきた。



 結論、いつも通り、くだらない悩みを聞いて終わってしまった。




 凉の攻略は無理だった。次は、綾を攻略することにする。予定だったが、どーせ、凉と同じ結果になるのは、火を見るよりも明らかだったので、最終手段を用意した。

「さぁ、お姉ちゃんが、相談に乗ってやろう!」

「わーい!」

 こういう、ノリのいいところは、とてもありがたい。

 まぁ、それは置いといて、さっそく実行に移そう。

「綾は、ホントに凉のことが好きなの? 正直言って、どこがいいのか、全然わかんないんだけど」

 わざと、煽るように言う。綾の性格からいって、当然ながら、

「何それ」


「お姉ちゃんでも、言っていいことと、悪いことがあるんだよ!」

 顔を赤くして、怒り出し、今まで、聞いたことがない大声で、語り出した。

「お兄ちゃんは、いつも、私の話を笑顔で聞いてくれるし、どんなお願いも一生懸命叶えようとしてくれて、とっても優しいんだから! お兄ちゃんが、お兄ちゃんだったから好きになったの。別の人だったら、絶対好きにならないよ」

 早口で言ったあと、思いっきり息を吸った。話している間、ずっと息をしていなかったんだろう。

 呼吸も落ち着くと、うるんだ瞳で睨んできた。さすがに怒らせすぎたようだ。

 これだけ言わせれば、もう十分と思い、謝ることにした。

「ごめん、ごめん。綾が、どれくらい凉のこと好きか知りたくなっちゃって。いたずらが過ぎたね」

「え? そうだったの? それならそう言ってくれれば、好きなだけ聞かせたのに」

「え?」

 もしかしたら、余計なことを言ったのかもしれない。わたしの本能が、全力で逃げろと伝えてくる。

「い、いや、十分、分かったから、もういい、かな。あ、もうこんな時間だ、そろそろ帰った方がいいんじゃない?」

 これだけ言えば帰ってくれるだろう。そう思ったのが、間違いだった。

「大丈夫だよ? 今日は、お姉ちゃん家に泊まるって、言ってきたから」

 これ以上、逃げるための言い訳が、思いつかなかった。わたしは、死を覚悟して、

「そ、そう? なら、せっかくだし聞こうかな」

 そう言った。むしろ、それしか言えなかった。



 一晩中続いた、綾の惚気。しょーじき、むかつくので、次の日に実行に移すことにした。




 放課後になり、屋上へと向かう。お昼頃、急に、来てよ、約束だからね、と言われてしまったからだ。

 いきなりのことで、何を言われるのか、想像すりだけで、とても怖い。だけど、一方的とは言え、約束したからには、行かないわけにはいかない。


 気づくと、屋上の扉の目の前に来ていた。

(よしっ、行くか)

 気合を入れ、扉を開くと、その先には、見慣れた後姿があった。



「あのね、私、お兄ちゃんのこと、好きなの!」


 扉が、開いた音聞いて、話し出したのか、それは唐突に告げられた。

 突然のことで、僕の頭は、真っ白になってしまった。

 ありえないと思っていても、好きな相手から言われたら、しょうがないと思う。


「小さい頃からずっと好きで……」

「諦めようとも思ったんだよ。でも、諦めたくないって、思ったから」

「迷惑かもしれないけど、どうしても伝えたかったの」


 からかわれているかも、と思ったが、綾の雰囲気が、告白が嘘ではないのだと、物語っているようだった。


「だから、ちゃんと言うね」

「お兄ちゃん、私と付き合ってください!」


 僕の言うべきことは、決まっている。

 後は、それを口に出す勇気だけだ。


 息を吸い込み、その言葉を言おうとしたとき、

「どうだったお姉ちゃん! 私の告白」

 そう言いながら、綾が振り返った。


「え、おにいちゃん?」


「やっぱり。二人で、僕のことからかってたんだね」

 もしかしたら、本当に僕のことが好きなのかも、と思ったけど、案の定だった。


「そ、そうなの! どうだった私の演技!」

 何やら、焦っているように見えるが、きっとそれは、僕の心臓の高鳴りが見せる錯覚だろう。

「危うく騙されるところだったよ。女優にもなれるかもね」

「う、うん……」



 僕たちの間に、気まずさが生まれた。

(香織、早く来てくれ!)

 強く願うと、

「痛っ!」

 何かが、頭にぶつかった。

 ぶつかってきたものを見ると、それは、ボイスレコーダーだった。


 拾い上げると同時に、誰かの声が聞こえてきた。どうやら、拾ったときに、再生ボタンを、押してしまったようだ。

 急いで、停止ボタンを押そうとしたときに、聞こえてくるのが、綾と香織の声に感じ、いけないと思いつつも、巻き戻しながら音量を大きくし、最初から聞くことにした。

「綾は、ホントに凉のことが好きなの? 正直言って、どこがいいのか、全然わかんないんだけど」

「お姉ちゃんでも、言っていいことと、悪いことがあるんだよ!」

「お兄ちゃんは、いつも、私の話を笑顔で聞いてくれるし、どんなお願いも一生懸命叶えようとしてくれて、とっても優しいんだから! お兄ちゃんが、お兄ちゃんだったから好きになったの。別の人だったら、絶対好きにならないよ」

「な、なんであの時の会話が……」

 頭を抱え、うずくまる綾に、僕は、

「これ、本当なの?」

「ち、違うよ。私、そんなの知らない」

 どうやら、素直に話す気はない様だ。

 ならしょうがない。少しだけ、声のトーンを落とし、

「綾、本当なの?」

「うん……」

 今度は素直に答えた。


「ご、ごめっなさい。気持ちっ悪いよねっ。こんな妹でっ、ホントにっ、ごめんなさい」

 泣きながら、謝り続ける綾。彼女がいることを考えると、かなり恥ずかしいが、今言わないと、二度とこんな機会はない、と思う。

 それに、

「ごめんっ、なさい。ごめんなさい」

 綾の、こんな姿は見たくなかった。

「綾、落ち着いて。気持ち悪いわけないだろ」

 抱きつきながら、優しく伝える。

「うそっ、だよ。こんな人、絶対気持ち悪いって、思うもん」

 どうやら、信じてもらえていないようだ。

「なら、僕だって気持ち悪いよ」

「え?」

「僕は、妹のことが、好きなんだから。一人の女性として」

「ホントに?」

 やっと顔を上げてくれた。

「本当だよ。僕は、綾が好きだ」

「信じていいんだよね?」

「信じてくれないと、僕が困るよ」

 綾の顔に、笑顔が戻ってくる。

 やっぱり、綾には笑顔が似合うな。

「お、お兄ちゃん! いきなりそんなこと言わないでよ! は、恥ずかしい……」

「もしかして、声に出てた?」

 小さく頷く綾を見て、今度は、僕が顔を赤くした。


 さっきまでと違い、暖かい空気が、僕たちを包んだ。

「綾、妹のことが好きな僕は、気持ち悪い?」

「そんなことないよ! 大好きなまま、だよ」

「良かった。好きな人に気持ち悪がられたら、立ち直れなかったよ」



 綾も落ち着き、そろそろ帰ろうと思い、体を離そうとすると、

「待って!」

 と言いながら、強く抱きしめてきた。

「もう一回、言ってほしいな。好き、って」

 正直、困ってしまった。

 あの時は、勢いで言えたが、冷静になって言うと、恥ずかしいし、どうせまだ、彼女はいるのだろうから、できれば言いたくない。

 そんな風に、僕が思っていると、

「やっぱり、私のこと好きじゃないんだ」

 頬を膨らませる、いつもの怒っているアピール。

 どうすれば、僕が言うことを聞くか、長年一緒に生活してきただけあって、よくわかっている。

「あぁ、もう! 一回だけだからね」

 さらに強く抱きしめ、

「愛してるよ、綾」

 耳元で、囁いた。




 あの後、両親に、兄妹で付き合うと、ちゃんと伝えた。殴られるくらい、覚悟していたが、二人とも祝福してくれた。

 何でも、とっくの昔から、僕たちが、好き合っていることを、知っていたそうだ。やはり、親には敵わないと、改めて思わされた。

 そして、今は夜の十時、僕たちは家を出た。と言っても、駆け落ちではない。幼馴染の家に行くのだ。

「はーい」

 香織の家のチャイムを押すと、おばさんが出てきた。

「あら、凉君に綾ちゃんじゃない。香織に用事?」

「はい。部屋にいますか?」

「えぇ。さっ、上がっていいわよ」

「「お邪魔します」」

 家に入ると、まっすぐ香織の部屋を目指した。



「いらっしゃい。どうしたの?」

「白々しいなぁ。あの場にいたんだから、用件はわかってるでしょ」

「何のことかなー」

 本当にこの幼馴染は、僕が相手だと性格が悪くなる。

 まぁ、いいや。責めるために来たんじゃ、ないんだから。

「ありがとね、僕たちのために色々やってくれて」

「驚いた。怒られるのかと思ってた」

「本当は怒りたいけど、あれがなかったら、僕たちは、付き合えてなかったって、と思うからね」

「ふふ、ならよかった。わたしのしたことは、無駄じゃなかったんだね」

(無駄なわけないよ)

 言うことはないだろうけど、本当にそう思う。


「ま、これからは二人で仲良くね。邪魔しちゃ悪いから、なるべく傍に行かないよ」

「「?」」

 意味が分からなかった。香織は、何を言っているのだろうか。

「「何、言ってるの? これからだって一緒だよ、お姉ちゃん」

「無理強いはしないけどね」

「い、いいの?」

「「当然だよ」」

 できることなら、三人仲良く生きていきたい。

「まったく、わたしがいないと、何にもできないんだから」

 その後も、三人で笑い続けた。


自分ってキモイなぁ、と感じる今日この頃。

兄妹恋愛が好きでもいいじゃない。兄妹に夢を見てもいいじゃない!

一人っ子って、そんなもんでしょ?(暴論)

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