邂逅
がやがやと賑わっている食堂。午前の訓練が終わり昼休憩に入った訓練生達の憩いの場だ。食事も席も早い者勝ち、複数の何十人と座れる長テーブルは既に埋まり、溢れた者はパンなどの軽食を片手に少しでも座って休むために食堂を出ていく。その激戦を勝ち抜いた男二人が並んで座り、パンと穀物のスープの簡素な食事を摂っていた。
「そういえばまた出たらしいぜ、例のあれ」
既に半分程食べ終えた、二人のうちの色黒な方が話題を切り出す。彼は今朝号外として出されたある事件の事について話そうとしていた。一方訓練生の中でも華奢な部類に入る青年は、頬張っていたパンを飲み込んでから答える。
「例のあれ? ……って、なんだっけ?」
首を傾げて尋ねる彼に、苦笑しながら色黒な男は答える。
「相変わらず世間のニュースに疎いなお前は。断罪の殺人鬼がまた一人やったんだとさ」
断罪の殺人鬼。犯罪者のみを狩っているらしいと巷で噂されている者。なぜらしい、などと言われているのか。それは誰もその存在を確認していないからである。
一月ほど前、一人の凶悪犯罪者が路地裏で惨殺されるという事件が起こった。それを皮切りにして警備隊が手を焼いていた者たちが個人、組織問わず次々と殺されていったのである。目撃情報がないこと、犯罪者のみを相手取っていることから、街中では半ば英雄視する者も出るほどだ。
「そうか……どうしてそんなことをするんだろう……」
「それはわからねぇけど悪い奴だってのは確かだ。どんな理由にせよ人を殺してるんだ。早く捕まえねぇと一般人にも被害が出るかもしれねぇ」
そのためには早く強くなって捕まえられるようにならねぇとな、と色黒の男が再び食べ進める一方、華奢な青年は食事を忘れたように考え込む。色黒な男が食べ終わるまで同じ姿勢で会った。
「どうしたレクト、早く食わねぇと休みが終わっちまうぞ」
「あ、うん。ごめんクルト」
色黒な男、クルトに急かされた華奢な男、レクトはスープでパンを流し込むようにして食事を終える。それからほどなくして見習い警備隊の彼らの訓練が再開された。
警備隊の仕事は体力が命。ゆえに訓練生である彼らは一日の大半を体力づくりに費やしている。走り込みは周回ノルマはないが真面目に走らないと連帯責任でメニューが追加されるため皆黙々と走る。走りこむ中でレクトは考えていた。昨夜見た彼女は本当に見間違いであったのか。そして同じ夜に事件を起こした断罪の殺人鬼。信じたくはないが、彼女が断罪の殺人鬼その人だったのではと推測する。だとしたらなぜ、彼女は涙を流していたように見えたのか。
「まーた神妙な顔してんなおい」
後ろから小突かれ振り向くと、息一つ切らしていない様子のクルトが。
「お前がそういう顔をしているときは必ず誰かが困っているときだったよなぁ。今度はどうした」
「えーと……まだわからないんだけどさ……」
レクトは正直に昨夜見たものを話す。屋根の上に少女がいたこと。その彼女が血にまみれていたこと。だが同時に涙を流していた様に見えていたこと。ふと目を離したときにそれは消えてしまったこと。それらを話し終えたとき、クルトは静かにこういった。
「お前が言うなら信じてやりてえんだけどな、ちょっと無理があると思うぜ。被害者は体がきれいに両断されていたって話を聞いた。女にはもちろん、普通の男にだって無理だろうぜ。そういう遺物があれば別かもしれないけどな」
この世界は千年前に一度滅んだ。箱舟と呼ばれる地を除いて、生物、非生物問わず原型が残らないほどの大破壊が起きたのだ。多くの学者が研究しているが資料がほとんど残っていないため解明できない謎の一つになっている。世界崩壊を免れわずかに残った人類が築いた文明が今の文明だ。大きく後退した文明が今頼りにしているのが、まれに遺跡から出土される遺物だ。
それは現文明に対してオーバーテクノロジーの塊。隔たりのある技術力は使用用途すらもわからなくさせる。その中で何とか理解できるものを探し、模倣することで発展させてきたのが今の文明の成り立ちだ。
先日の被害者は体の両断。その前の被害者は心臓を貫かれ、さらにその前の被害者は頭が見つかっていない。果たしてそんな芸当がその少女に可能か。そんなはずはないというのがクルトの主張だ。
「昨日はかなり疲れてたし、幻覚でも見たんだろうよ。そういうことにし――」
「お前ら何ちんたら走ってんだ! お前らだけ三十分走り込み追加だ!」
「やべっ真面目にやらねえと。じゃあ後でな」
議論をしながら走りこんでいたのが教官にばれ、これ以上増やされてはたまらないとクルトは速度を上げた。もやもやした気持ちはそのままにレクトは走り続けた。
その日は走り込みを終えた後は町の見回りを行う日であった。ほかの訓練生に遅れること三十分、レクトたちも町の見回りに出るのであった。とはいっても走り込みを終えた後なので真面目にやるものはほぼおらず、半ば公然の休み時間となっているのである。レクトたちも例にもれず各々で休憩を取っているのであった。レクトにはお気に入りの場所がある。ここ、首都ミズガルドには海に面した場所が数多くある。その中の一つ、海が見える人気のない崖際の高台に腰かけて休むのが週に一度の決まりとなっていた。今日も例にもれずそこで休もうと向かったのだが。草むらをかき分けて出た見晴らしの良い場所に、珍しく先客がいた。潮風になびくローブの後ろ姿からは人物の様子はうかがえない。珍しいこともあるものだなと思いつつ、レクトはその人物に近づいていった。
「ここ、いいですよね。僕もお気に入りの場所なんですよ」
「……」
返事はない。聞こえなかったのかなとそのままレクトは崖に腰かけた。穏やかな潮風が火照った体をなでる。あたたかな日差しが気持ちいい。しして会話のないまま数分が過ぎ、少し気まずくなったレクトは再び声をかける。
「ここよく来るんですか? 晴れてるときはいつも気持ちいいですよね」
「……」
「僕は警備隊、と言っても見習いですけど、仕事の休憩をここでよく過ごすんですよ」
「……」
「ええと……いい天気ですね」
「……」
返事が返ってこない。無視されているのだろうか。何か嫌われることでもしただろうか、そうなら謝らないとそう思ったレクトは立ち上がりその人へ向き直る。
「もし気分を害したのならごめんなさい。僕何か――」
その時突如強い風が起こりローブのフードがまくれ、顔があらわになった。そこにいたのは昨日見た少女だった。