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序章 神のいない国

 少しでも楽しんで読んでもらえれば幸いです。

 

 

 この世の大半は理不尽からできている。

 仕方がないと、誰もが首を振る不条理、不合理がこの国には犇めいている。

 例えば今日この日、この瞬間にも――

 

        ◇

 

 雨が降っている。

 赤黒く、粘着質な、鉄錆臭い俄雨。

 先ほどから降ったり止んだりを繰り返しているのは、きっとその度に少女たちの首が飛んでいるからなのだろう。

 血糊が飛び散った茂みの中に蹲りながら、今まだ殺戮の牙を逃れている少女は一人そんなことを考えていた。

 時刻は夕刻。夕暮れの朱が彩る美しい空を宵の闇が蝕み始める昼と夜の境目。

 人ならざる者が現れる逢魔ヶ時だった。

 つい半刻ほど前まで、この小路には仲良く談笑しながら歩く少女たちの姿があった。

 それなのにどうして……。

(……誰か)

 誰か説明して欲しい。

 自分たちが一体何をした? こんな酷い仕打ちを受けるほど悪いことをしてしまったのだろうか?

 答えの代わりに何度目かの血飛沫が頭の上から降りしきる。

 見なくてもわかる。また一人、少女が物言わぬ肉の塊へと変えられた。

 膝を抱え、血生臭さと恐怖からくる吐き気を抑えながら、必死になって息を殺す。

 しかし一瞬ごとに濃くなっていく死臭は否応なしに恐怖を煽り、食い縛った歯がカチカチと音を立ててしまう。

「……か……み、さま」

 無意識に唇の端から零れた懇願。

 神様どうかお助けください。この不条理から私をお守りください。

 一般的に『神頼み』と呼ばれるこの行為。

 自分の力ではどうにもできない危機に晒された時、人は無意識のうちにかつてこの世で最も尊いとされた存在――神へと祈りを奉げる。

 しかし悲しいかな。少女の祈りが神に届くことはないだろう。

 なぜなら――

「……っ!?」

 ガサリと、目の前の茂みが揺れる。

 その異変に、恐怖よりも反射的にゆっくりと視線が上がっていく。

 そうして視界が黒い何かで覆われる。

 少し遅れて、それが大きく開かれた口だと気が付いた。

 この世の大半は理不尽からできている。

 人はそれらに対して何もできない。逃げることも、抗うことも――神に祈ることさえも。

 

 ここは神州(しんしゅう)豊葦原中国とよあしはらなかつくに――――神のいない国。



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