俺、蚊。
俺、蚊。
人間人生早々56年、4ヶ月と21日。
2日前、誕生日が来て、56歳となった俺は、小説みたいに、無職童貞って訳でもないんだなこれが。
サラリーマンじゃなくて、課長はやってる。髪もふさふさだよ。白髪になりかけてるけど。
娘が二十歳になったんだよ。孫が生まれそう。それがさ、いきなりこんなんだよ。
何これ、何で俺…
ーー…ブーンとか言いながら空飛んでるわけ?
さっきまで、俺、大型トラックに不幸にも当たっちまったんだな。
即死したかったんだけど、これが痛くて痛くて。
俺を引いた運転手、顔真っ青になって逃げたんだよ。俺、前にいるのにね。
つまりいうと、俺の横たわる体を当たったトラックがタイヤでグチュグチュッて踏み潰すんだ。
一回目のトラックで気絶、二回目で多分死んだんだと思う。
俺、天国行けるかな。なんた真っ暗闇の中で考えてたら目の前から切れ目のような光が!
…なんともまぁ、草が随分大きいこと。
俺、つまりあれだよ。蚊になってた訳。
「ブブブブブブ…ブブブブブブブブブ」
ー嘘みたいだろ?喋ってんだぜ、この蚊ー
アイウエオみたいな発音なのにブブブブブしか話せないんだよ。
笑いたくても笑えねえよ。
俺の他にも、何百匹もいるんだよ。
俺、多分、長男だと思う。俺が一番で出た時、皆卵割ってるところだったから。
多分、目の前の一番大きい蚊。
多分、俺が出てきた卵生んだお母様なんだよ。
なんか、次々出る子供達見て慌てて、俺を前足と思われるもので指さし、ブーブって言ったんだよ。
発音から行くと推測では、いーちってとこじゃないかな。次のやつ、俺の弟、次男を見てブーって家族数えてる。
蚊ってめちゃくちゃ卵生むのな。
「ブッブブブ」
とか言って、俺や弟妹たちに、カモーンとでもいうように、前足を自分の向いてる前の方に斜線を引く。
か弱い蚊となった俺は…とーぜん、母ちゃんについていくのだった。
蚊に生まれ変わったのはしょうがないのかも知れない。神の気まぐれだからな。
楽しんだ方がいいだろうし。
***
蚊の人生ってのも、悪くないなと最近思い始めた。
まず、言葉はアイウエオ発音だから理解は出来る。
蚊になって、一週間。今じゃ、日本語に聞こえるよ。
次に、兄弟達。最初は何百匹で母ちゃんに教わってたが、一週間も経てば皆散っていった。
親孝行が早いですな。こりゃ、母ちゃんも寂しがる…と思ってたところで他の奴と交尾し始めてる。
呆れたぞ、こんにゃろー。
ってことで、俺は、いま俺になついてる兄弟達と植物の栄養を吸い取ってる。
これが美味しいんだよ、本当に。
人間で食べたらまじでまずい。
何故知ってるか?経験済みです。
(ここから、会話は日本語表記にさせてもらいます。)
「ぷはー!植物ってうめー!」
と、14匹目の兄弟が俺にいう。名前は…
いや、いま、俺と一緒にいる奴らの名前を全員教えておこう。
俺はモスキー。トがあったら蚊の英語じゃねえか。蚊達はモスキートって英語知らないも思うけど、なんか悲しい。
しかし、俺のメンタルは落魄れちゃいないからな。平気だ。
懐いてくれる兄弟をまとめるとだな。
『
14匹目…ケサラン
15匹目…パサラン
56匹目…ゴリラポッド
78匹目…モンキー
』
母ちゃんって本当に人間の言葉分からないのかしら。と、疑いたくなるようなネーミングセンス。
14と15は蚊だから顔の部分がそっくりな双子っぽい。いやもはや蚊の顔を認識出来るようになった俺。
ケサランがチャラメガ〇で行くならあげぽよ系。パサランがチャ(略称で行くならさげぽよだ。
性格が違うのに仲いい。そんでもって、56と78なんか猿関係じゃねえか。
同情するぞおい。性格は温厚だ。とぢらもな。
「確かに、植物って美味しいですよね。」
「雌ってなんで人間の血なんか吸うんだろーな。俺らは植物でいいのに。」
俺がそういうと、蚊達は分かりにくい顔の癖に(俺も同じなんだが)きょとんとしていた。
そして、ゴリラポッドが口を開く。
「メスが言うにはだな、兄よ。血は濃厚らしいぞ。特に…えーびーがたがな。」
血液型は理解しているのか。少々口足らずだが。
「いいっすねー、俺も飲んでみたいっす」
と、モンキーが言うので俺もそうだなー、と適当に返した。
が、まさかあんな事になるなんてな。
***
その日の夜、俺達三人は、ある部屋に来ていた。
その前に説明しよう、なぜ三人なのか、どうして部屋に来てるのかを。
実は、ケサランが本気で人間の血を飲みたいと言い出した。
しかし、蚊の世界では人間の血を吸うというのは余程の覚悟がいる。
まず、バレてはいけない。平手で遠慮なくバチンと潰されるからな。
自分の肌を大切にしろっていうのに…俺もやっていたのだが。
そこで、ケサランは俺とパサランとモンキーとゴリラポッドにお願いをしてきた。
その内容というのがここにいる理由だ。
「俺と、俺と戦場に行く戦友となってくれ!
お前らの魂をどうか俺に預けてくれ。」
奴の本気度に俺とパサランは力強く頷いた。いや、どちらかと言えば、俺も人間の血を吸ってみたかったのだ。
憧れだ。美味しいという、濃密という血へのな。
だがしかし、ゴリラポッドとモンキーは決して、その首を縦に降ることはなかった。
何故ならば、二人にはなんと、雌蚊がいたのである。
それも、生まれて一週間後。
どうりで何故雌が血を吸うのかを知っていた訳だ。
この、この!…しかし、妻を持つ夫の気持ちは俺にも分かる。
なんせ、俺には妻も娘ももうすぐ産まれる孫もいたんだからな。
いやぁ、あいつが、孫か。この羽を、この翼を使って娘のとこまで行ってみるか。
幸い、この街だしな。
てことで、俺達ケサランパサランモスキートという団体名を作り、行動すらことにした。ネーミングセンスが悪いのは自覚はしてないが不安ではある。
「しーっ…あの子にしよう。」
ある家のある部屋、そのベッドには少女が眠っていた。
まだ、昼間だというのにお昼寝とは、いい身分だ。運動をしろ、遊べよ少女。
といいたいが、インドア派なのだろうな。
何故分かるか?決まっている。俺の娘もインドア派だからだ!
「三人で行くぞ。どこをすってみる?」
そこで、ケサランが首あたりと言った。
ケサランは人間に生まれるならキスマークを付けるのが好きなのだな。
パサランは腕。二の腕フェチになるかもな。
俺?俺はもちろん足。別に、よく噛まれる場所といえば足だろう?
…ほほほ、本気で下心はないからな!
俺の心はいつも嫁を見ている!
蚊特有の蠅のような音、プーンと羽を鳴らし、俺は、足に恐る恐る近付いた。
ケサランパサランも目的の場所に、移動している。
俺は迷わずその白い足に自分の口を近づけ…キスをした。
ーー…などというロマン溢れたものではなく人間ご存知の通り、長い口を刺しました。
植物と同じようにスーッとすっていく。
ーーあぁ、美味いな。
と、感激したのと同時にもう片方の足が俺に近づいた。そう、寝返りだ。
不幸にも、俺は右足の内側にいた。
見つけにくいかと思ったが、されが誤算だった。
俺の体は瞬く間にべちゃりと踏み潰された。
なんとか、力をフルスロットルに搾り出し一秒に千回の勢いで羽を動かし右足に乗っけられた左足の上、場所でいうと外側の真上に横たわった。
当然、ケサランパサランが大丈夫かと近付いて来る。
「うぅ、済まない、モスキィィ!!!俺が戦友になってくれと頼んだばかりに!」
「ケサラン…」
「兄貴は…まさかここで死ぬなんていわないですよね?
俺ら、ケサランパサランを置いて。」
「パサラン…しかしだな…うぐ。」
踏み潰された所の血が激しく滴り落ち…る訳では無く、痛みが強烈に走る。
しかし、俺は見てしまった
少女の手がゆっくりとこちらに近付き、顔が恐ろしいぐらいに俺達を見ているのだと。
ーーパァンッ
激しい平手と共に、今日、三匹の蚊の命が消えてしまったのだった。
「おかあさーん、蚊が入ってきたー。みて、三匹とも倒したよ!」
「倒したってゲームじゃないんだからね?
もー…」