そのギャル、斜め上
「まず主な原因は、本当の須藤さんと作った須藤さんがあまりに違いすぎて、綻びが出ているところだと俺は思うよ」
「ふっ、まぁね。全世界の好感度の高い女の子を分析して、言動行動まで長年をかけて研究したからな。実際の私とかけ離れていても仕方がない」
「………………」
どこか誇らしげに、ふふんと胸を張る須藤凜。
いやいや、褒めてないんだけど。
と言うか、世界が認める天才が長年をかけて、何てくだらないものを研究しているんだろう。世界の知的財産が損失されているような気がする。
「…つまり俺が言いたいのは、須藤さんが演じる女の子にわざとらしさと言うか…無理が出てると思うんだ」
須藤凜は、なぜかあのギャルを全世界の好感度を集約した女の子と思い込んでいるようだが、全くの勘違いだ。
正直、あのギャルの話し方といい、仕草といい、イラッとする。
「なるほどな。好感度を上げるキーワードは事前に調査できても、それを使いこなすスキルが私には足りないということだな。ふーむ…ふむふむ…」
「キーワードもね…例えば須藤さんが作ったギャルキャラは、趣味とか聞かれたら何て答えるの?」
「えっとぉーお洒落とか大好きぃ。料理とかも好きだし小物を作るのも好きぃ。あとぉ、お友だちとカラオケ行くのも好きだよぉ」
きゃっぴぴと言うウザったい擬音を振りまきながら、須藤凜が答える。
確かに料理や小物作りはポイント高いかもしれないが、何故だろう…。須藤凜が言うと、わざとらしさが全体的に漂っている。
「本当の趣味は?」
「そうだな。遺伝子組み換えは元からの趣味だが、最近は微生物農薬にも並ならぬ興味を持っている…しいて言うならばガーデニングか?それと一人カラオケも好きだ」
キリリと答える須藤凜。
微生物農薬の開発がガーデニングのカテゴリーに入るのかは不明だが、カラオケが趣味なのは本当らしい。
一人でだけど。
「うーん…なるほど。好きな物は?」
「ニャンニャンとかぁーピンクの可愛い物なら何でも大好きぃ」
きゃるるんっと。
「…本当は?」
「バイオテクノロジーと有用微生物」
きりっと。
「…………うん。やっぱり須藤さんの恋愛が上手くいかない原因はその作ったキャラクターのせいだと思うよ」
まぁ、それだけじゃないけど。
色々勘違いしているのが、本当の原因だと思うけど、でも須藤凜が望む恋愛を成就するにはそのキャラを変えるのが、一番の近道だと思う。
「良く言われる別れ際の言葉からも分かるでしょ?思ってた子と違うっての。性格を偽るのは難しいから、長くいればやはりばれてしまうものなんだよ」
正直、須藤さんのどこか間違ってるキャラ作りでは数時間でばれそうだけど。
「ふーむ…。でもそれだけではない。勿体ぶりやがって、と言われて振られる事も多い。何を勿体ぶっているのか、主語も目的語も欠如しているためこちらも原因が追究できない」
もしもし?
「…須藤さんって、一人暮らし?」
「あぁ。この近くにマンションを借りている。休みの日も細菌の世話があるからな」
須藤さんのその、ギャルっぽいと言うか、バカっぽい言動だと軽い女の子に見える。
つまり早い話が、その容姿と言動では、簡単にやれそうだと男が判断する。それで一人暮らしと分かったら、男の期待値は高まっただろう。
「うーん…。俺はその言葉の原因も…まぁ分かるかな」
「ちょっ…。天才か!私が3年かかっても分からなかったものを僅か1分足らずで…っ」
「いや。うん。あのさ、女の子に露骨なこと言うのは俺も気が進まないんだけど…」
「気にするな。露骨だろうと何だろうと目的は真実を追求することにある」
その軽い見た目と言動のせいで、簡単にやれそうだと思われてますよ~。でも勿体ぶりやがってと言葉から、あなたはそれを全く許さなかったんですね~。
それを婉曲的に言いたい。
要はその捨て台詞を吐いて去った男は、須藤凜の体目当てだったに違いない。
「須藤さんさ、一人暮らしならその付き合っていた男、須藤さんちに行きたいとか言わなかった?」
「…言った。確かに良くそれは言われた。しかしなぁ、私の部屋は学術研究雑誌とかで溢れているし、ペットの細菌たちもいるしな。断ってるぞ」
それが何だ?と聞き返してくる須藤凜は、全く男の気持ちが分かっていない。
「あのさ、濁してもしょうがないから率直に言うね。何でギャルっぽい軽い女の子がもてるか分かる?それはさ、簡単にやれそうだからだよ」
「何をやるんだ?」
「男がやりたいことなんて一つしかないでしょ」
全く分かってない須藤凜に、ため息交じりに言葉を繋げて答えを暗示する。
うむむ、と唸りながら難しい顔で考え込んでいる。
「男がやりたいこと……………革命……か」
「大きく考えたね…」
実は私も革命となる技術開発が最終目的だと付け加えてくる。
須藤凜の場合、実際なしえてしまえそうだから笑えない。
しかしそれはさておき、なぜ付き合ってる男がやりたいことの答えに革命が出てきてしまうのか。
「もっと本能的なものなんだけどなぁ」
ダメだ、この子。
色々ダメだ。
「参考になるかどうか分からないが、良かったら私の研究の結果を見てくれないか?近代アジアにおける好感度の高い女性の特徴と及ぼす効果について(日本編)のレポートだ」
真面目な顔で、USBを差し出してくる。
あぁ、任せておいてと軽く返事をして、その場は別れた。
須藤凜の行動の原理はその研究結果から来ている。レポートを見てから、またアドバイスするよと軽く請け負い、空いている時間に早速それに目を通す。
結論、その研究レポートは限りなく面白かった。
日本編も面白かったが、南アフリカ奥地編の統計結果からの恋愛観点のレポートはもう時間を忘れて読みふけってしまった。
流石は天才。
研究レポートの見せ方からして凡人とは異なる。
「めっちゃ面白いけど…、これ実用性はないよなぁ」
早い話が、恋愛の統計などあてにならないのだ。
個人のタイプが問題であり、上手く行くかどうかは相性にかかっている。
「しかもこの付き合い始めてから結婚に至るまでの統計結果に従って、須藤凜が行動しているとなると…」
手を繋ぐまでに要する時間、9週間と6時間20分(研究対象15歳から25歳北半球住人、週3回以上会っているという前提において)
ハグするまでに要する時間、12週間と3時間15分(前提、以下略)
キスするまでに要する時間、15週間と2時間5分(前提、以下略)
「3か月以上付き合えた相手がいないって言ってたからハグも済ませてないんじゃ…うん…まぁ…なんてアドバイスしようかな」
須藤凜の見解は広い。恋愛においては悪い意味でグローバルなのだ。
昨今キスなんて付き合った当日に済ますカップルもざらにいれば、それ以上なんていうのも珍しくない。
「頭は良いって次元じゃないけど、恋愛のことなんてとんと分かってない子だな」
とは言え、これも何かの縁だ。
リアルタイムでなら、アドバイスによる効果は大いにある。
明日でも、会って話そうと思いながら再びモニターに目を戻した。
【深層心理からの仕草や癖の好意シグナルについて】のレポートがこれまた面白かった。