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そのギャル、天才

「水上 理人さんですよね~。ぜひっぜひっ相談に乗って貰いたいことがあるんですけどぉ~うふふ」


 国内大学で最高峰の名を誇るUniversal academy in Tokyo。

 その限られた門を潜るのは、まだ10歳にも満たない小学生であったり、40歳を超えた学者であったり多種多様であるが、誰もが天才の名を名乗るに相応しいのは言うまでもない。

 

 18歳にしてその大学に名を連ねることが出来た俺は、ビルが重なる都心とは思えぬほどの緑に囲まれた学内庭園で、まったりとコーヒーを飲みつつ、レポートの資料を読んでいた。


 そんな俺に声をかけてきた女はまさに…。

 見本になりそうなほどの、ギャルだった。

 

 根元が少し黒くなった金髪を、何だかバカみたいなキャラクターのついた髪ゴムでくくっている。

 ザ・ギャルと言わんばかりのメイクが施された顔は…。

 

 モップの代用が出来そうなほどのつけ睫毛。

 目の下は、粉末できらきらとさせ。

 頬は濃い目のピンク。


 ユーホーキャッチャー一台分はありそうなほど鞄につけられたマスコット。

 爪はごってりと盛り上がったスカルプでごてごてと長めで。

 アクセサリーは腕にも足にも、耳にも大ぶりのものがつけられている。


 何だか知らないが、ザ・ギャルが現れた。

 しかもそいつは、何故か俺の名前を知っていて、何故か俺に相談を持ち掛けて来た。


「えー、君は誰かな?どうやって入ったのかな?部外者は立ち入り禁止なんだけど」


 突然の事態に引きつりそうになる顔を、通常に保ちながら、努めて平静に聞く。 


「部外者じゃないですぅ」


「…………?」


 世界中から優秀な人材を集めることを目的としたこの機関は、全ての物に最新設備が導入されている。

 研究施設も兼ねる大学では、情報守備の意味も兼ねて、セキュリティシステムは常に最先端のものでありながら、警備員にも惜しみなく金をつぎ込んでいるのである。


 そんな大学に無関係のものが入り込むのは、まず無理なことであり、籍を置いていない部外者が入るためには厳重な調査を重ねた後の許可が必要だ。


「あのぉ、友だちに理人さんは女の子の扱いに長けていてぇ、途切れなく彼女がいてぇ、そう言った恋愛に関するスキルも凄くって、ともかく凄いって聞いたんですぅ。それでぇ、あのわたしぃ…」


「ちょっと待って。君、誰?友だちって、俺のこと誰から聞いたの?」


 既に巻かれている髪を指でくるくる巻きながら話を進めるギャルに、待ったをかける。

 全く話が読めない。


 女が好きなのは、本当の事だがそれを吹聴して回る趣味はなく、真面目そうな外見のお蔭でストイックであると認識を持たれている。

 

 早い話、俺が途切れなく彼女がいるというか、コロコロと変えているという事実は本当に近い友人にしか知られていない。


「宮園エレナっていう子でぇ、私のマブダチなんですぅ」


「宮園ってあの宮園…?」


 宮園エレナは、才色兼備を地で行く生粋のお嬢様だ。

 黒髪の楚々とした姿に、優雅な立ち居振る舞いはまさに大和撫子。

 学問に興味の大半があるこの大学内でも、群を抜いて美の名と人気を誇っている。


 そのザ・お嬢様と、ザ・ギャルの共通点が見つからずますます疑問が増える。


「あー何だか分からないけど、まずは名前を聞いていいかな?初対面だよね?」


 こんなインパクトのあるルックスの女は、一度見たら忘れることはないだろう。


「あのぉ、須藤凜って言いますぅ。リンリンって呼んでください~。ルンルンみたいな感じで凄い気に入ってるニックネームなんです~リンリン」


「いやいや、リンリンって。リンリンは置いておいて…須藤凜ってまさかだと思うけど、あの須藤凜じゃないよね?」


 天才だけで占めるこの学府の中にも、抜きんでて名高い天才がいる。

 その中の一人、須藤凜。


 ノーベル化学賞を受賞した須藤大輔を祖父に持ち、その才と技術を受け継ぎ、一大で世界が知る会社を立ち上げた須藤恭介を父に持つ。

 その母親はその学問を志す者は誰でも知る物理学者。


 須藤凜は天才のサラブレッドであり、180を軽く超すIQの所持者であり、その頭脳を含め日本の宝と言われている。 


「あのってどのですかぁ~?」


 気が抜けるような、バカっぽい話し方とアニメ声に引きつりながら、まさかと思いつつ父親の名を尋ねる。


「パパの名前ですかぁ~えーっとね、パパは須藤恭介って言います~。恭介の恭はぁ、なんて言ったら良いのかなぁ?東京の京じゃなくてぇ、難しい漢字の恭です。きゃは」


「……………………………」


「それでぇ、あの突然で悪いなぁって思ったんだけどぉ、ぜひぃ相談に乗ってもらいたいことがあってぇ。あのぉ、わたし…昨日彼氏に振られちゃってぇ、それでぇ」


「あのさ、ちょっと待って」


 普段触れ合わないギャルと言う人種に眩暈を感じる。しかもこのギャルの言葉が本当だとすれば、この女はあの須藤凜だ。

 

「君っていつもそんな話し方しているの…?」


 仕草や話し方がワザとらしいほどギャルっぽい。早い話がウザい。

 語尾を伸ばされるのも、やたら不要な言葉を挟まれるのもイラッとする。


「えぇ~なんかぁ、変ですかぁ~??」


 首をこてっと傾けられ、上目づかいに覗き込まれる。

 更にイライラが増す。


 俺の好みは、宮園エレナのような正統派美少女だ。

 知的なら尚良い。話していて、要点がずれるような女はお断りだ。


「あのぉ、それでぇ、相談に乗って貰いたいのはぁ~」


 何だか知らないが、須藤凜(本物かどうかは不明)の相談相手に選ばれた俺は、その栄誉を断ろうと口を開きかけた。


「おやおや、こんなところで日向ぼっこですか。今日は本当に良い天気ですね~」


「「沢渡教授」」


 優しそうな面差しの、白衣を着たおじいさんがにこにこと笑いかけてきた。リタイヤ後、公園で日がな一日、日光浴を楽しむようなそんなおじいさんに見えるが、侮るなかれ。

 バリバリ現役の研究者であり、この学府の教授でもある。


「おや、須藤君と水上君はお友だちだったんですねぇ」


「はい、そうなんですぅ」


 きゃるるんと言わんばかりに、ギャルが答える。嘘をつくな、俺は友だちになった覚えなどない。


「そうそう、須藤君。もし時間があれば、君の植物に水をやる時に、私のところにも撒いておいてもらえますか?こう日差しが強いと、草木も喉が渇きますからね」


「はぁい」


 よい子のお返事をして、去っていく沢渡教授にバイバイとピコピコ手を振るギャルに、これ幸いと声をかける。


「水やりするなら早い方が良いよ」


「そうだねぇ。私、お花大好きだから、枯れたら悲しいしぃ」


「じゃあ、先にやってきなよ。相談は今度乗るから」


 乗るつもりはないが、にこりと愛想良く送り出す。うーん、と長い爪を口許に当て、悩む素振りを見せるギャル。

 早くどこかに行け、と思いながら外面の良さは崩さずに、重ねて押す。


「ほら、花って女の子みたいに繊細だから、注意深く世話した方が良いよ」


「えーっとね、ちょっとくらいは大丈夫なのぉ。可愛いけど、強い女の子みたいな花になぁれ、って思いながら育ててるからぁ」


「……どういうこと?」


 意味分からないことを言ってないで、早く行けと心の中でしっしと手を振りながらも、会話を切り上げる取っ掛かりを掴むために、疑問文を投げる。


「水上君、お花に興味あるのぉ?」


「まぁ…それなりに」


 本当は全くないけど。

 愛想で肯定する俺に、ギャルは目をきらっと輝かせて、説明しだした。

 

「細胞培養や遺伝子組み換えを用いて、新たな品種改良を試みているのぉ。ゲノムを読み解き、遺伝子情報をどこまで環境に適するように活用するかが要かなぁ。突然変異に焦点を当てて染色体領域を検索し、交配育種の段階から…」


「もしもし?」


「これが成功すれば地球の食糧難問題や、温暖化、旱魃、砂漠化などの地球環境問題の解決の一つとなると思うのぉ。植物の光合成機能とストレス耐性能力の両面を強化するのは中々に難しいけどぉ、植物生産性の向上と荒廃地の緑化を推進するための…」


「もしもし?」


 スイッチが入ったように滔々と話し出すギャルと止めると、はっとしたように動きを止め、きゃるんとわざとらしくジャンプした。


「っていう感じで凄い植物を作ってるのだぁー」


「何か怖いんだけど」


「てへっ」


 興味を引かれて、隣に座るように手で合図すると、嬉しそうに笑ってすとんと腰を掛けた。


「相談に乗ってくれるんですかぁ?」


「あぁ。良いよ。でも普通に話してくれるかな?どうもその、今時っぽい話し方は慣れていなくてね。普通に話してくれた方が、俺も接しやすいし」


 ウザいとは言わずに、聞きなれないと言葉を濁せば


「そうなんですかぁ~…。了解した」


 須藤凜はがらっと言葉遣いを変えた。

 言葉遣いだけではなく、甲高い声もアルトの音域まで落ちた。


 口調がかなり違う。

 ギャルの姿に合わない口調と、その変わり身の速さに追いつけない俺を放置して、須藤凜は早速本題に入った。


「まず何故、私が一般受けする女の子になろうと努力していることから話そう」


「一般受け…??」


「ずばり言えば、もてたいからだ」


 ギャルっぽい言動と格好は、小学校の頃「頭の良すぎる女ってのは、可愛くねぇ」と言われて、振られたのが原因らしい。

 それ以降、色々ともてる女の子を研究し、最終形態として編み出したのがこのギャルだとか。


 何かおかしい。

 天才はやはり色々とおかしい。


「本題に入る。話に関わりの薄い詳細を全て割愛して話すが、昨日私は3か月付き合った彼に振られてしまった。その原因を探るも、どうも分からない。話し方や仕草も全て綿密な計算上割り出したものだし、可能性が高い会話のシミュレーションもコンピューターで分析した。完璧に男が好きなギャルになっていたと思うが、何故か昨日突然、振られてしまったのだ。その原因の追及に、エレナに協力を頼んだところ、水上理人、お前の名前が出た。恋愛に関する経験値や、技術は他に髄を見ないほどだそうだな。短いスタンスで女を変えながら、それでも別れ話に遺恨を残さないそのテクニック」


「何か色々と誤解がある言い方をされている気が…」


「そこで初対面ながら、声をかけさせてもらった次第だ。万人受けするだろう私の計算されつくした女の子ぶりにも全く態度を変えなかったことと言い、やはりその評価は間違いではないと確信した」


「万人受け…?まぁ、良いや。それで?俺で良ければ協力するよ」

 

 基本的に面白いことが好きな俺は、須藤凜に興味が出てきた。

 そもそも天才はどこかしら、間違った方向へ突き進むことが多いというのが、今までの俺の見解だ。


 この須藤凜も、おそらくその例外にあらず。

 まず間違った(面白い)方向に思考が言ってるはずだ。


「別れを切り出された時の状況なのだが、映画を見た後、代々木公園を歩いていた。その時は彼に異変は見られなかったが、暫くはしゃいだ振りをしつつ歩いていると、明らかに道に迷っていると思われる夫婦を見かけた。渋谷は詳しいので、目的地を聞き、細かく案内した。その後だ。彼の雰囲気が冷たく変わり、別れを切り出されたのは」


「聞くと特に、問題はないように思えるね。困っている人がいたら、助けない方が好感度が下がるだろうし」


 ふむ。なぜ彼はいきなり態度を変えたのだろう。


「別れる時はなんて言われたんだ?」


「思っていた子と違うみたいだ、と言われた」


「何故だろうね?その夫婦にはどうやって道案内したの?そこに原因があるのかも」


「渋谷駅に行きたいって言うから、地図を書きながら道順を教えただけだ」


「うん、なんて言ったの?」


「First,go straight ahead.And then, turn right at the first signal light.Go past the convenience store and turn left. The train station is just around the corner…」


「もしもし?」


 Say no more.


「何かいけない部分があったか?」


須藤凜は不可解そうに眉を潜めている。本当に原因が分かっていないようだ。


「あったよ」


「どこだっ!!どの言葉がいけなかった?」


「どこって…あのさ。須藤さんは、頭の悪い振りをしていたんでしょ?」


 どこと言うか全部が悪い。


「頭の悪いというか…まぁ、そうだな。男を立てた方がもてるというセオリーに基づいて、余計なことは言わないようにしていたがな」


「じゃ、ダメでしょ。英語ですらすら答えちゃ」


「何でだ?だって、日本に遊びに来たイギリスの夫婦が困ってるんだぞ。渋谷はごちゃごちゃしているし、細かく説明しなれば迷ってしまうだろうが」


「だから英語をペラペラしゃべっちゃダメなんだって。普通、そんなしゃべれないから」


「そうなのか?でも日本では中学からずっと英語を習っているんだろう?道案内くらい誰でも出来るだろうが」


「出来ないの。それに発音が良すぎる。ネイティブ過ぎるよ」


「出来ないのか?何故だ?10年以上習っているのだろう。それに実際私はネイティブだ。ロンドンで生まれて育ったからな」


「ここで日本の教育について議論する気はないから、そこは飛ばすけどね。でも分かった。須藤さんが振られる理由」


「え?流石は水上理人、稀代の恋愛技術者だな。して、その原因は?」


 身を乗り出して尋ねる須藤凜を宥めるように、手で押さえる。


「大体分かった。もし、須藤さんが望むなら、俺が須藤さんの恋愛、協力してあげるけど」


「え!?本当かっ?」


「うん。微力だけどね」


「そんなことないっ!助かる!水上に協力してもらえれば、幸せな結婚が出来る、孤独死を免れるかもしれない!」


「…すごく先まで考えているんだね」


 研究者は往々にして、好奇心が強く、今までに出会ったことがないものには強い関心を示す。そんな俺も、学生であるが、研究者の端くれ。

 須藤凜に並々ならぬ、関心を引かれたのである。


 手っ取り早く言えば、面白い生き物に出会ったという感じだ。  


 


 


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