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 嬉しそうにキャッキャとはしゃぐ葵を、遠くから見ていた。

 既に「彼氏」がいる子と、「恋愛」に強く憧れている子たちで固まって、「二人」の進捗状況をそれぞれ報告し合っている。そんな、バカみたいな時間を過ごしている。


 「友達」がいなくなってしまったなあ、と、私は思った。


 キャッキャしているグループ以外は、オタクかガリ勉か不登校くらいしかいない。

 彼女たちとは話は合わない。あそこへ飛び込むくらいなら、一人でいる方がマシ。


 「ぼっち」でも、私は平気だ。

 合わない人たちと群れるくらいなら、一人で心を磨いている方がずっと有意義だと思うわけで。


 

 でも、昼休みになったら、お弁当を広げた私の前に葵がやって来た。

 自分の席からもってきた椅子に座って、嬉しそうにでれでれしながら、「彼氏」の話を勝手にし始めている。

 まるで聞く気のない私は、ただ適当に相槌を打つだけ。

 葵は本当に些細な二人の恋のエピソードをだらだらと話したいだけ話して、最後に私にこう言った。


「ルカも、彼氏作ればいいのに。虹川君と仲いいんでしょ。……もう付き合っちゃえばいいんじゃない?」


 それはもう、世界で最も素晴らしい名案でも思いついたかのような「ドヤ顔」で、鼻から勢いよく息を吹き出しながら。

 葵は私の右の二の腕をつつきながら、そう言った。


 色んな言葉が頭をよぎっていく。

 不愉快極まりない気持ちが生み出すのは、罵詈雑言ばかり。

 だから私は唇を強く結んで、ただただ沈黙を守った。


 男同士なら、こんなことを言われなくて済んだのに。


 虹川との「友情」を汚されたような気分だった。


 たったこれだけの時間が今までのすべての思い出を真っ黒く染めていく。


 私は、葵のことがすっかり「嫌い」になってしまった。




「男子校に入れたらいいのに」

 

 放課後、私の暗い呟きに、虹川は今日も苦笑いしている。

「何それ」

「『女の子』がいない世界って、きっと美しいと思うんだ」

「地獄だと思うけど」

 汗臭そうだし、と虹川は続けて、ふっと笑う。

「カップルがどうこうって話が嫌なら、女子校に行けばいいんじゃないの?」

「違うよ、恋愛話も腹が立つけど、私は『女の子』が嫌なの」


 女子校に入ったらきっと私は死んでしまうだろうと思う。あっという間に魂が擦り切れて、抜け殻のような三年間を送る羽目に陥るだろう。

 例え学校の中にカップルが出来なくたって、彼女たちの話題は変わらないはずだ。

 むしろ、男の子がいないという状況のせいでよりガツガツし始めるかもしれない。


「自分だって女の子なのに?」

 

 きっと鋭い目をしていたんだろう。じろりと睨むと、虹川は小さな声で「ごめん」と呟いた。



 女子校も嫌だし、制服があるところも嫌だ。スカートなんか履きたくない。

 短いチェックのスカートに、ブレザー、リボン、ハイソックス。

 制服はきっと私を「女子高校生」にするだろう。

 でも、流行りの「可愛い」着こなしをしなければ、「みんな」からは弾かれる。


 「みんなとおなじ」にしない私には、「女子高校生の制服」は枷にしかならない。


 異端として扱われるだけの為に、どうして服装を制限されなければいけないのか。

 こんな風に思いながら暮らすくらいなら、私服で通える学校を選ぶべきだと思う。それはきっと、私の救いになるはずだから。


 マシンガンのように思いを吐き出すと、部室の机の向かい側に座っている虹川は随分悲しそうな顔をしていた。


 正直に言い過ぎたかな、と私は慌てる。

 

 虹川暁樹は共通の趣味があって、話が合う大切な友人。彼はいつでも微笑みを浮かべたような表情をしていて、どんな話でも頭から否定せずに聞いてくれる。

 だからつい、いつもこんな風に愚痴をこぼしてしまうんだけれど、それに感謝しつつ、申し訳ない気持ちも私の中にはあった。


 彼が直接文句を言ってきたことはない。

 ないからこそ、いつも、愚痴ばかり聞かせていることを後悔していた。

 でも、ごめんという言葉が出て来ない。たった三文字なのに、私はその言葉を口から出せないでいる。


「ショックだったのはよくわかるけどさ、でも、いつまでも怒ってたってしょうがないだろ? この頃いつも怖い顔してばっかりだから、見ててちょっと、……辛いっていうか」


 すぐに言えば良かったのに。また、後悔が湧き出してくる。

 いや、今すぐにでも言えばいい。ごめんね、と。だけど、出ない。頭の中にいる、わがままな子供のようなもう一人の私が、進もうとする足を止めてしまう。


 言わなかったばかりに、私は虹川の次の言葉を止められなかった。


「制服だっていいじゃないか。どんなのだって、きっと……似合うだろ、雨野だったらさ。だって」


 可愛いんだから。


 その言葉の、威力。

 言った本人は、なんでもないような顔をしているけれど、言われた私は頭の中が爆発でもしたかのような衝撃を受けていて、体の中心がカーッと熱くなったような、腰の下からゾクゾクと冷たい物が走り抜けていくような、様々な感覚が次々と襲い掛かってきて、唇がぶぶぶ、と震え始めてしまった。


 すぐ前にいる虹川の顔が見えない。

 まっすぐに見ているけれど、その表情を「見られない」。

 視点が定まらないし、世界が霞んでいく。

 

 今の台詞が何を意味しているのかわからないし、どんな意図があってそう言ったのかがわからない。

 

 単なるお世辞か、社交辞令のようなものなのか。

 慰めなのか。

 あり得ないけれど、物理的に、外見の評価として今の台詞を吐いたのか。


「俺さ」


 可能性はもう一つ。

 嫌だ。

 

 そんなことを考える自分が嫌だ。浅ましい、図々しい、自意識過剰。

 でも、頭の隅に答えが小さくはじき出されている。最後の最後の可能性。それは、虹川が私を――


「帰る!」


 私はファスナーが開いたままのカバンを掴むと、猛スピードで部室から逃げだした。




 最後にちらりと見えた、虹川の顔。

 あの後に続く言葉を聞きたくなかったし、それ以上に自分の頭の中で勝手な続きをでっちあげたくなかった。


 そう思っているのに。

 布団をかぶってベッドの上で丸くなってみても、お風呂に入ってお湯の中に沈んでみても、机に向かってお気に入りの本を広げている間にも。

 もしかしたら「こう続くのかもしれない」という言葉が、心の隅に開いた小さな小さな隙間から、じわじわと入り込もうとしてきているような感覚があった。


 私はそれを、必死になって否定する。


 そうじゃない。

 ありえない。

 そんな訳ない。

 あまりにも都合がいい。


 もしかしてそう言われたいと自分が思っているのかと考えたら、恥ずかしくて仕方がない。


 浅ましくて、思い上がった自分は醜くて、愚かで、間抜けで、とにもかくにも不愉快だから。



 けれど、心の隙間から忍び寄る囁きは止められなくて。

 私は夜、眠れないまま悶々とし続けて。


 自分の部屋を出て、洗面所の鏡の前に立った。


 電気がついていない洗面所は薄暗くて、そばにある窓からほんの少し、光が入ってくるだけ。

 顔の左側は真っ黒に染まっていて、右半分だけがぼんやりと見えている。


 私はこんな顔をしていただろうか?


 私は自分の顔が、取るに足らない、語るべきポイントのない、不細工なものだと思っていたんだけど。


 そこまで酷くはないのかな、と。

 本当に、不覚としかいいようがないのだけれど。


 そう、思ってしまった。

 

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