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翌日の放課後。
僕と飛鳥さんは、生徒会室へ向かう階段を上っていた。今、僕らの力になってくれる誰かがいるとすれば、それは生徒会をおいて他にない。生徒会には、頼りになる人物がいるのだ。
「なぁ、友納。……記憶書き換えられた感覚、ある?」
飛鳥さんは、困惑の表情を浮かべながら言った。
「……そりゃ、まぁ」
「アルガレイムから戻ったときの違和感、まだ覚えてるよ。あんなの、初めてでさ。何かやらかしたのか、って感じの、なんて言うの、後ろめたい、みたいな……」実に歯切れが悪い。そうして言葉にすることすら、後ろめたいかのような。「今回のは、なんというか、その……もぉどうでもいいや、って感じだな、うん」
そうなのだ。そんな人物がいるなら、なんでオークキングの横暴を黙認し、今回のポーカー部とオークキングの抗争に首を突っ込んでこなかったのか、ていう話だ。
理由があるとすれば、小杉南高生徒会は、去年まではごく普通の生徒会だったからだ。あらかた職員の言いなりで動いて学校行事を取りまとめる作業しかしない、生徒間でトラブルが起きてもいちいち指導教諭にお伺いを立てる、名ばかりの生徒代表だった。
が、今年、ある人物が入学し、生徒会運営委員として参画してから、様相が一変した。入学式で式辞を読んだあの新入生総代、つまりは今年の首席入学者、飛鳥さんを凌ぐ頭脳の持ち主たる、大宅貞武である。
彼は、そのような無気力な生徒会を大いに憂い、直ちに改革に着手。わずか二ヶ月で執行部を完全掌握、生徒会長を傀儡に堕し、実権を握ったのである!
……だから、高校の生徒会でなんで改革とか傀儡とか実権とかそういう話になるんだ。だが今頼るべきは、ここしかない。
生徒会室の扉をノックする。見た目は、何の飾り気もない、校舎建てつけの引き戸だ。
僕の脳内にあるごく一般的な知識を動員し、先にあるはずの光景を想像しよう。使い古しのスチール机とパイプ椅子が並び、型落ちのパソコンがいくつかと、コピー機が偉そうに陣取っていて、部屋の端に並ぶ書類棚には、分厚いバインダーが大量に収まっている。どうだろう? 高校の生徒会室とはそうあるべきだと、高校一年生の僕は思うのだ。
だが……「入りたまえ」の声に応じて飛鳥さんが扉を開くと、そこは学校とは思えぬ別世界だった。緋色の毛氈、革張りのソファ、黒檀の机、その他もろもろ抽象画やら彫刻やら、存在意義がさっぱりわからないがとかく高級そうなインテリア。こんなの公立校の生徒会の予算で出るわけないから、誰かが私費を投じて持ち込んだのだ。
……誰かが、って、一人しかいない。高級感あふれる奥の机で、拳を頬杖にして待ち構えていたのは、見覚えのある角ぶち眼鏡―――大宅貞武その人である。噂によれば大財閥の御曹司で、登下校はリムジンで送り迎えだそうだ。なぜそうなる。なぜそんなハイクラスな人間が県立高校にいる。
大宅は僕らを迎え入れ、ナルシスティックに髪をかきあげながら言った。
「来る頃だと思っていたよ、飛鳥さくらくん。はっはっはっは」なぜ笑う。飛鳥さんの視線がものすごく醒めている。大丈夫かこいつ。
大宅は続いて、手を軽く差し上げて指をパチンと鳴らした。「客人に茶を」
はっ、ただいま、と部屋の隅にあった電気ケトルを持って出ていったのは、あれ、三年生の現生徒会長だ。完全に下僕と化している。
「さあ、かけてくれたまえ」
「いいよ。茶も要らない」大宅はさらにソファを勧めてきたが、飛鳥さんは言下に断り、黒塗りの机にダンと手をついた。「来るのがわかってたんなら、すべきこともわかってるな?」
「もちろん。オークキングのことだろう」大宅は答えた。「君らが揉めている間、手を貸せなくてすまなかった。名ばかりの権威にしがみつく馬鹿を引き剥がすのに、手間取ったものでね」戻ってきた生徒会長が、びくん! と背筋を伸ばした。
「じゃあ、さっさとやってくれ。生徒の危機だ」
「いいとも。だが、無策でいくのか?」
「まずは正攻法でいこう。交渉ですめば、それに越したことはない」僕が補った。
数日後には生徒会が、オークキングによる被害報告、苦情、生徒の署名その他もろもろを取りまとめ、オークキングに厳正な処分を下すよう求めた要望書を仕上げていた。
それを手にして、校長との直接交渉に臨んだ大宅は、しかし、渋い顔で生徒会室に戻ってきた。
正直、淡い期待もしていたのだ。元勇者なら、人知を超える何かをやらかしてすべてを解決してくれるんじゃないか、と。実際、オークキングが相手のときは、元勇者をぶつけてなにがしか進展させてきたわけで。
真の魔王たる校長相手に、それは甘かった。




