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「盛り上げたのが裏目に出たな。その点は俺の責任だ」和尚の固く結んだ拳が、悔しさに震えている。「前向きに捉えるしかない。俺たちは真の敵をあぶり出すことに成功した。校長を倒さぬ限り、この学校は闇に閉ざされたままだ。今度は打倒校長を掲げて、なんとかもう一度……」
誰も応じなかった。それができてすら、どうにもならないのだ。
飛鳥さんの顔がふっとそっぽを向いて、窓の外の降りしきる雨を見つめた。彼女の目にまだ光は宿っていて、強気であろうとはしていたが、
「そう言ってくれるのは率直にありがたいよ。あたしもそうしたい」しばらく間があって、彼女の口からこんな言葉がこぼれた。「けど、奴が魔王というのなら、魔王を倒せるのは勇者だけだ。だけどこの世界に勇者はいない。それは、あたしがいちばんよく知ってる」
持って回った言い回しだった。もう心が折れかかっていて、「無駄だよ、あきらめよう」そうはっきりと言い放ちたいのを、ぎりぎりこらえているようだった。魔王の絶対性を知る飛鳥さんなればこそ、覆せない度し難さをひしひし感じているのだ。
オークキングは十分脅かした。取り巻きも離れた。以前ほど暴虐には振る舞うまい。ここであきらめても、誰も非難はしないだろう。勇と桐原さんの処分とオークキングの無罪放免を受け入れさえすれば、前よりはマシな学校生活に戻れる。飛鳥さんはラクになれる……。
「……そうかな?」自然と、口を突いて出た。
視線が僕に集まった。飛鳥さんも、上目遣いに僕を見た。その視線には、不安が入り混じっていた。
「勇者がいるってのか」
「違うよ。魔王を倒せるのは、本当に勇者だけなのか、ってこと」
「他に何がいる?」
「じゃあ飛鳥さんは、今日何に打ちのめされたのさ? ここであきらめたら、魔王飛鳥さくらが、勇者ではない何かに倒されたってことになってしまうよ。それとも、校長が勇者かい?」
飛鳥さんは、ひょ、と顔を上げた。鳩に豆鉄砲とはこれか。まったく思いがけない言葉を聞いた、そんな表情だった。
「魔王校長が魔王飛鳥さくらを脅かしたなら、その逆もありえていいはずだ。あの真の魔王を倒せるとしたら、それは飛鳥さくらをおいて他にない」僕は、自分の声に少しずつ力がこもっていくのを感じた。「これは魔王同士の抗争の始まりなんだ。魔王が複数いて、お互いにしのぎを削っているってのも、よくあるストーリーじゃないか。他の魔王が勇者に倒されたりすると、『弱かったからだ』とうそぶいたりする……」
「『奴は四天王の中でも最弱』……みたいな、アレか」和尚がまぜっかえした。「ああいうのって、いる世界や持ってる能力が全然違って、はじめは棲み分けができてるんだよな。でもたいてい、お互いの信頼がなくて、内輪で揉めてる。勇者が出てくると個別撃破されちまうけど、もしも勇者がいないなら……魔王同士が覇を競い合って、互いをつぶしあう、か……」
僕は強くうなずいた。「そうだよ、属性が違う。校長が持ってる特殊能力を真っ向から受け止めたらダメだ。いうなれば、僕らは今、炎の魔王に炎の剣じゃ勝てない、って嘆いてるんだ。そんな間抜けたことをしたら、味方の士気も下がるに決まってる」
「うむ、対空技が強いヤツにうかつに飛び込んではいかんな」竜崎先輩が笑みを見せた。
「車内のVIPを狙撃したかったら、タイヤを狙って車を止めるのもひとつの手だ。いずれ下りざるを得なくなる」射水さんがまじめな顔で言ったので、城市先生が目を白黒させた。「話が良くわからない方向に行った気がするんだけど、射水さんは『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』でいいんじゃないかしら?」
いずれにせよ、場の空気が少し和んだようにみえる。まだ僕らは、やれるんだ、と。僕らはふがいないザコでも、街のかよわいモブでもないんだ。白旗は、まだ揚げない。
「凹んでんじゃねぇと活を入れてもらったのはわかったが」どうにか言葉を返してくれたものの、飛鳥さんの表情はさえない。「今のたとえなら、あたしらが南高生徒である以上、炎の魔王に対して炎の剣縛りで戦ってる状況じゃないのか」
「それでも、追加効果とか地形効果とか、ダメージを与える手段は、探せば意外にあるもんさ。縛りプレイ上等だよ。魔王飛鳥さくらにこそできる戦い方を探すんだ」
「具体的な策がなきゃ意味がない。あるのか、友納参謀?」
言われて僕は、ひとつ腕組みをした。みなの視線が僕に集中したのを感じた。
「……策、と言えるかはわからないけど、思いついたことなら、あるよ。でも、少し考えをまとめたい。今日は一度、解散していいかな?」
僕はそう言ってその場を締めた。本当は、その思いつきはひとことで言い表せることだけれども、みなの前では言いづらい。




