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勇者のいない世界で  作者: DA☆
第二部・「彼らの役割」
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 ―――そして、数日後の放課後。


 飛鳥さんは、特別教室棟小会議室の引き戸をがらりと開け、ひとりで中に足を踏み入れた。たむろしていたオークキングとその取り巻きの雑魚オークどもが、慌ててタバコをもみ消す姿が見て取れた。


 「おーおー、ヤニなんてつけてくれちゃって」


 飛鳥さんは、じろり室内をねめ回した。この会議室には、会議用の長机とパイプ椅子がいくつか並べられている他、窓際に、議長席とでもいうべき、大きめの事務机と一回り立派な椅子が置いてあった。その議長机に足をどっかと乗せている太った男子生徒が、オークキングに相違なかった。


 「なんだてめ……」


 扉近くにいた雑魚オークAを、


 「三下はすっこんでろ」


 一瞥で怯ませて、飛鳥さんは歩を進めた。ただひとり部屋の中央に立ち、雑魚オークどもに囲まれつつオークキングと対峙する、そんな構図が出来上がった。


 「なんだてめぇ?」


 議長机の向こうから、ぞんざいな態度のまま、オークキングがすごんだ。現れた異質物に露骨な不快感を示す、いらだちを含んだ声だった。


 一声聞いただけで、こいつには近づくべきじゃないと、神経が警告を鳴らした。恐怖とか威圧でなく、「面倒くさいことになる」というタイプの警告だ。いつでもキレる準備が整っている。


 そして彼は、そんな警告を周囲に発しておりさえすれば、未来永劫世渡りができると信じている―――というか、それ以外に確信を抱くもの、とるべき手段を知らないのだろう。「有力者の息子」とかいう地位とは別に、そういう意味で向こう見ずな強さを誇る、無敵のこどもだった。


 飛鳥さんに濁った視線を向けた後、彼は立ち上がり、まずは近くにいた雑魚オークBを蹴り飛ばした。「見張りはどうした?」


 飛鳥さんがすかさず答えた。


 「ビビって逃げたよ。人望ねぇなあんた」


 「あんだとぅ?」


 唾が飛ぶほどの声を意にも介さず、飛鳥さんはオークキングの真正面に立ちはだかった。


 オークキングの身長は、勇に近いくらいある。まして、縦以上に横幅がハンパない。体格差は一目瞭然だった。


 だが、飛鳥さんは悠然としたものだ。巨大なゴルマデスや屈強なキャプテン・ブラッドはここにはいない、けれど、変わらぬ態度で振る舞っている。


 「この部屋は我らポーカー部の部室となった。今後は我々が使用する。抵抗は無駄だ、鍵を置いてさっさと出ていけ」


 「何ワケわかんねぇこと言ってんだ、テメェ?」


 わかろうとする努力なしに毒づきながら歩み寄ってきたオークキングに、飛鳥さんは落ち着き払ったまま、『葵の御紋』を突きつけた。



 まほちゃんの魔法、とは―――城市先生を通して、この部屋を正式にポーカー部の部室にすることだった。


 部活動の顧問のみによる職員会議があり、部室はそこで承認される。校長は、建前上最終責任者だが、その会議には出席しない。有力な部活以外の議題には目も通さず、決定事項を追認するだけで、議長が校長印を拝借して決裁する、なんてのもまかり通ってるそうである。


 そこで飛鳥さんは、城市先生に「魅了チャーム」の魔法を使わせた。要するに、「お願いっ」させたのだ。城市先生は職員室でも人気者だから、彼女の要望を断る教師、とりわけ男性教師はまずいない。ポーカー部の設立があっさり通ったのも、それと無関係ではなかろう―――本人にあまり自覚がないのが困ったものだが。


 え、あの部屋は……と疑問を呈する教師も少なからずいたろうが、城市先生は「部員が自分らで何とかすると言ってますんで」と、にこにこ顔で押し切ったようだ。


 議決の内容をそれっぽく書面にし、城市先生と校長の印がされた、逆らうこと能わぬ「葵の御紋」に仕立てたのは、飛鳥さんの指示だ。彼女はこれを手に、小会議室へ乗り込んでいったのである。



 そこそこ頭の出来がよさそうな雑魚オークCが、葵の御紋をちらりと見て、言った。


 「なんか本物っぽいッスよ。まずくないスかこれ」


 「だから何だよ。オメェらの部屋じゃねぇだろ」


 オークキングの返答を、飛鳥さんは鼻で笑った。勝手に自爆したからだ。およそ自分の行動の範疇でしかものを考えられないオークの習性を、早速さらけ出した。


 「だったらなおさら、あんたらがいていい道理はねぇよ。学校の許可を得た者だけが入っていい場所だ。そしてこれがその許可だ」


 この理屈に、オークキングは論理的に答え―――られるわけがないから、「ふっざけったこと言ってんじゃねぇよテメェ!」あ、もうキレた。速!


 こめかみに青筋を浮き上がらせ、パイプ椅子を持ち上げて、飛鳥さんの足元、ぶつかるかぶつからないかギリギリのところへ叩きつける。グヮシャと大きな音が立ち、雑魚オークの多くがひるんで腰を引くところ―――。


 飛鳥さんは、歯を食いしばって、微動だにしなかった。


 ひとつ深呼吸をした後、「……それで逃げるような弱い人間しか相手にしてこなかったんだな、おまえは」彼女は言った。「だがお前が今相手にしているのは、人間じゃない。魔王だ。覚えておけ。オークキングがいくら吠えてもかなわぬ相手と知れ。片腹痛い」


 「んだとてんめワッケわかんねムッカつく女ぶっころ☆※♪くぁwせdrftgyふじこ」


 彼女が魔王の呪詛を発する間も、聞く耳持たず腕を振り上げてまくし立てたオークキングの言葉は、最後がもう人の言葉になっていなかった。飛鳥さんは意にも介さず、軽く両手を挙げて、言った。


 「かもぉん、我が下僕ども(マイ・サーヴァン)!」


 それが合図だった。


 引き戸をバンと音を立てて開けて、竜崎先輩と勇が室内に乗り込んだ。


 いちおう、まず話し合いをするという建前だったので―――飛鳥さんが話し合いをする態度だったかは、ご覧のとおりであるが―――ふたりは合図があるまで、今まで扉を細く開けて中の様子を伺っていたのだ。……様子を伺っていた面子の中には僕も混じっていて、桐原さんや和尚と一緒に今もなお廊下からこっそり見ているわけだが、それはともかく。


 これで、権力と腕力の合わせ技が完成した。まこと、飛鳥さんの言うとおり、力にもいろいろあるのだ。


 ふたりは、飛鳥さんの両脇に立った。肩を怒らせ、鼻息荒く、瞳に炎を宿し、くわとあたりを睨みつけるさまは、まさに阿形吽形のごとくで、語義通りの仁王立ちである。あるいは、本当にあの書類が葵の御紋であるならば、助さん格さんを従えているというべきか。


 ボスの剣幕に震え上がっていた雑魚オークが、さらなる魁偉の登場にもはや顔面蒼白になって、完全に腰が引けているのが見て取れる。


 ……腰が引けているのは、雑魚だけではなく。


 「竜崎……! なんでここに……!」


 同じ三年生だからだろう、オークキングは竜崎先輩の人物を知っていた。振り上げた腕を、肩を縮めながら下ろしてしまう。


 「掛け持ちでポーカー部に入ってもらっている」飛鳥さんがしれっと答えた。「だいたいさぁ、見張りはビビって逃げた、って言ったろ? あたしにビビったと思ったんなら、それはそれでどんなヘタレ飼ってんだよって話だよなぁ」


 言いたい放題の飛鳥さんに言い返せず、腰はガクガク、でも顔面は紅潮し血管が浮いたままのオークキング―――の眼前に、竜崎先輩が立ちはだかった。


 「あまり感心した態度ではないな」先輩は固く握り締めた拳を見せつけながら言った。「おとなしく立ち去ればよし、立ち去らぬなら、この場で成敗してくれる」


 「て、てんめぇ、俺に逆らったらどうなるかわかってんの……」


 オークキングは脅しめいたことを言ったが、竜崎先輩に効くはずもなく、拳をバキバキ鳴らして応じただけだった。


 「どうなろうも俺は逃げぬ! 臆さぬ! いつでも誰とでもお相手つかまつろう。さぁ、どこからでもかかってきたまえ!」


 先輩が肩を怒らせてずいと一歩前に出る、オークキングは一歩退く、ずいと出る、退く、それを二、三度繰り返した後。


 オークキングは、もとより醜怪な顔に、さらに醜く見えるしわを二度も三度も浮かべて、最後には、ちっと、舌まで見えるほどのわざとらしい舌打ちをして、部屋の扉へときびすを返した。


 「おぅ、おまえら、行くぞ!」


 雑魚オークどもを引き連れて、出て行こうとして―――最後にひとつ毒づいた。


 「覚えてやがれ!」


 あまりにお定まりの捨てゼリフだったものだから、飛鳥さんはそりゃもう痛快この上ない様子で、ひゃっひゃっひゃと邪悪な笑みを漏らした。


 「あぁ覚えといてやるともさ、負け子豚が一匹、ちょんもりしっぽをくるんと巻いて逃げてく不様な姿をさ!」


 「んだとゴルァ!」


 オークキングは再びブチギレて食ってかかろうとしたが、勇と竜崎先輩がやはり仁王のごとく間を埋めたし、雑魚オークどももボスを引き留めた。飛鳥さんの心底からの侮蔑と、オークキングの心底からの憤激が交錯するも、彼はあちこち蹴り飛ばしつつその場を退場していった。



 やがて静けさが戻る。


 外にいた僕、桐原さん、和尚が、そろそろと入っていっても、勇と竜崎先輩は、仁王立ちのまましばらく姿勢を崩さなかった。


 お参りでもしたい気分だ。お寺で騒いではいけない。僕らはしばし無言で、オークどもがいなくなり、食べかすやら吸い殻やらが散らばる小会議室を眺めた。


 沈黙を破ったのは、竜崎先輩だった。


 「いやぁ、たいした肝っ玉だ、感心したぞ飛鳥殿!」からからと笑って、先輩は言った。「確かに口は悪いが、真っ向からぶつかってやり込めたのだから、見事というほかはない。その胆力ならば、心技体というからな、きっと技も心得ておられよう。是非いちど手合わせ願いたいものだな!」


 ごつい手で肩をばしりと叩こうとするものだから、飛鳥さんは飛び退いて避けた。「どういう理屈だよ?! 御免こうむる」


 竜崎先輩はそんなふうに楽観的で、これでことが済んだと思っているようだったが、対して勇は、腕を組んで難しい顔をしていた。


 「今のは、やり過ぎではなかったか、飛鳥」


 「あれくらい言ってやんないとわかんねぇよ、あの手合いは」


 「だが、あぁも怒らせては、間違いなく仕返しが来るぞ」


 「八つ当たりが先さ」飛鳥さんは冷ややかだった。「犠牲になる雑魚オークのみなさんにはご愁傷様だが、知ったことか。手近なトコいじめて満足して、今日のことは忘れちまうってのが、あの豚頭にゃ一番の幸福だよ」


 ―――それはそうかもしれないが。


 「豚って、幸福を探すかしら」


 桐原さんが、ぽつりと言った。


 「目の前だけに躍起になる生き物、ってカンジだが」


 和尚も続いた。


 「気にすんなって」飛鳥さんはそう言って、ひょいと議長机に座り込むと、机の上に置き去りにされていた鍵を、指でくるりと回した。「ともあれこれで、部室ゲット、だ」




 かくして我らポーカー部は、あっさりと部室を手に入れたわけだが―――むろん、話はそれで終わらなかった。


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