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第壱話 吉法師

【第壱話】その男、魔王。


天文3年、1534年。その世界は、荒れにあれていた。


この物語は、世が確実な不平等と人間の心を捨てさせるほどの混乱の中、ただ、正義というこころざしを持って、悪を倒し、というつるぎを持って、人間のまやかしを切り裂いた、ひとりの男の人生を描いたものである。”その男、魔王”と呼ばれた。


吉法師の父は、経済政策に優れた人物で、経済難が圧迫していた朝廷に4000貫文もの貢物みつぎものを送った。当時の名だたる大名たちでさえ、2000貫文だったことを考えると、その経済力は見事というほか無かった。その中核ちゅうかくにない朝廷への儀式ぎしきとどこおりも無く、し進めたのが、老中ろうじゅう平手政秀ひらてまさひでであった。


吉法師の父は、平手を生まれたばかりの嫡男ちゃくなんにお目付け役として置いた。吉法師の育ての親となったのだ。


吉法師の母、土田御前どたごぜんは、わが子をいつくしみながら吉法師を抱きかかえ、母乳をはじめてあげようとした。


「さー。飲むがよい。きちや。そして、大きくなるんじゃぞ?」


と、話しかけながら飲ませていると、胸に痛みを感じて、すぐさま吉法師を離した。


「痛い!」


土田御前どだごぜんが、何事か分からずにおたおたして、吉法師をそっと床に置いて、自分の胸を調べると小さい痕が胸に残っていた。そして、吉法師の唇をこじ開けて、その歯茎はぐきを調べるとなんと、生まれたばかりなのに、1本だけ歯が生えかけていた。


「なんじゃ。この子は!」


そして、吉法師の顔をみると、吉法師は、歯をみせるかのように、笑った。


「誰か。誰か来ておくれ!」


そうすると、近くに待機していた、侍女じじょが、答えた。


「は!」


「入ってまいれ。」


そう言われ、侍女は、かしこまりながらふすまを横に静かに明けて、中へと様子をうかがった。土田御前どたごぜんは、侍女に近くへ寄るように、手招てまねきした後、顔を振りながら吉法師の口を指差して、見るように伝えた。


「どうじゃ?歯が生えておるじゃろ?」


侍女は、優しく指で触ると、硬いものがあることを確認した。土田御前は、変なものを見るように、侍女にいた。


「生まれたばかりで、歯が生えるなどあるものなのか?」


「申し訳ございませんが、わたしめは、そのようなことは、聞いたことはないかと・・・。」


土田御前は、その事を色々な人々に聞いて回ったが、生まれたばかりの赤子に歯が生えていたという話はなかった。それ以来、土田御前は、母乳をやることを嫌い、侍女たちの役目となったが、その侍女たちの乳房も噛む時があり、その報告を聞くたびに、体が震え、おぞましい想いをたぎらせるように、首を振った。


土田御前が、母乳をやらないことを知った。吉法師の父は、土田御前に、問いただした。


「お主、吉に母乳を与えないそうだの?」


「ですから、あの子は、歯が生えておりまする。いつ噛むのかわからないではないですか。」


父は、土田御前をにらんだ。


まことの母であるお前が母乳をやらずに、なんとする!お主が噛まれたくないものを侍女たちが嫌がらないとでも思うのか!」


土田御前は、母乳をやらなければいけなくなるかと考え、必死で作り話で答えた。


「・・・あの子は、何人もの侍女の乳房を噛み切っておるのですよ!わたしの乳房もあの子に食べさせよと申されるか。それに、侍女は、仕事を与えてもらったと喜んで母乳をあげておるのでございます。その仕事を奪うことにもなるではないですか。」


父は、それを聞くと真っ赤な顔をして、怒鳴った。


「なにをぉー!!お主の実の息子なるぞ。お主の母乳を与えることで、健全な体を作ろうとしておること知らぬのか。」


その言い争いが、過熱しそうに気づいたのか、吉法師のお目付け役、恩年おんとし51歳の平手政秀ひらてまさひでが、吉法師を抱えて、そのシワだらけの顔をくしゃくしゃにし、笑いながら踊るように入ってきた。


親方様おやかたさまー!!お聞きなさいましたか?若の歯が一本生えておりまする!生まれたばかりでこれだけしっかりした歯は、日本中を駆け巡ったこの政秀まさひでも見たことも聞いた事もございません。これはまさしく吉で、ございまする。吉で、ございまするぞ。」


顔を赤くしていた父も、二人の言い争いの中に、突然おかしな踊りで入り込んだ、政秀まさひでのかぶきっぷりに、気をなごませたのか、笑った。そして、政秀は、吉法師きっぽうしの可愛い顔をみせるように、土田御前どたごぜんに見せながら明るい声で言った。


「本当に、お見事な良い若様を生まれましたなー。そして、何よりも、多くの侍女たちの母乳をお与えになっておるそうで、ございまするな。土田御前様。」


土田御前は、まだ張り詰めた面持おももちで、冷たく答えた。


「そうじゃ。何か悪いとでもいうおつもりか?」


「いえいえ、滅相めっそうもございませぬ。流石さすがは、土田御前様だと関心させられもうした。」


土田御前は、驚いた風に政秀の顔をみた。


「そ・・・そうか?」


「そうで、ございまするよ。多くの侍女たちの母乳を与えることで、若の体を、さらにお強くしようとされる考え。そして、お子が出来た喜びと幸せをご自分だけにとどめおかず、城内すべての方々に味あわせ、広める。そのお心の広さに、この政秀、感服しておりまするよ。」


吉法師の父は、そんな政秀の言葉を聞いて、大笑いした。


「わははは。あっぱれじゃ。あっぱれじゃぞ。政秀!。まことお主は、天下一の家臣かしんじゃ。悪いものも善くし、言い争いも笑いに変える。吉のお目付け役は、政秀まさひでこれ以外には、考えられぬな!。こやつの言う、乳房ちぶさを噛み切るという話は、嘘話うそばなしであろうが、それすらも、この子の存在を世に広める良い噂話うわさばなしとしても何の支障もない。」


父は、立ち上がり、吉法師を抱きかかえ言った。


「大きくなれ!強くなれ!そして、雄雄おおしくなるのじゃ!悪いものを良いものにしていく、強い心を持つのじゃ!」


父と政秀は、大笑いをして、大そう喜んだ。土田御前どたごぜんも、まだ、ひねくれた顔をしてはいたが、口元は、ゆるんだようだった。吉法師の行く末は、大空の雲のように、晴れやかに進み、その生まれは暗雲あんうんただよわせたご時勢じせいに、人々を和ませるひとつの出来事であった。


【第壱話】完


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