【正義の嘘】
ちょうど髪をとき終えた時、家の扉を叩く音がしました。
アザミが時計を見ると、9時50分です。
急いで扉に行こうとするアザミを、オリーブが止めました。
「アザミ、行かないでください」
アザミは、一瞬驚きましたが「大丈夫よ。恐い人じゃないわ」と軽く受け流し扉に向かいました。
アザミは「いらっしゃいませ」と、扉をあけました。
すると、立っていたのは見たこともない男です。
アザミは、驚きましたが聞きました。
「どちら様ですか?」
男は、答えもせずアザミを押しのけ家に入ってきました。
アザミが苛立ち「失礼ですよ!出ていってください!」と、叫ぶ声より大きな声で男が叫びました。
「見つけた!!」
あまりの、大きな声にアザミは驚き固まってしまいました。
オリーブは、血の気が引いた顔で男を見ています。
「このガキ!」
男がオリーブを殴りました。
その瞬間、アザミは力が戻りオリーブの元へ走りました。
「やめて!あなたは何ですか!?いきなり、押し入ってオリーブを殴って!警察を呼びます!」
アザミは必死にオリーブの前に立ち、叫びました。
「オリーブ?こいつの名前か?」
男は睨み言いました。
アザミも睨み返し言います。
「ええ、そうです。オリーブです」
「ふざけるな!それは俺が買ったんだ!横取りするつもりだな!」
「大きな声を出さないで頂きたい。横取りだなんて。元々、私の家にいる子ですよ」
アザミはしれっと嘘をつきました。
男が叫びました。
「嘘いえ!それは俺の家のだ!金を払ったんだ、返せ!」
「証拠があるんですか?言い掛かりは止めて下さい。オリーブ、上に行ってなさい」
アザミがオリーブを見ると、可哀相なほど脅えて動けないオリーブがいました。
それを聞いた男は「返せ!」と、怒鳴ります。
その時、開いた扉の向こうに約束をした御夫妻が棒立ちになっているのをアザミが気付きました。
「最悪のタイミングだわ」
アザミは、力が抜けそうでしたが目の前の男の怒鳴り声がうるさくて、力なんて抜いてる場合ではありません。
アザミは大きな声で扉前の御夫妻に言いました。
「いらっしゃいませ。すみません、何だか知らない人が勝手に入ってきたんです」
すると、目の前の男がアザミを突き飛ばしたのです。
これには、御夫妻も驚きアザミへ駆け寄りました。
オリーブは、固まり動けません。
男は、オリーブをまた殴りました。
アザミが叫ぼうとした時、御夫妻のご主人が怒鳴りました。
「やめないか!女性や子供に暴力など!」
アザミが慌てて、ご主人に言います。
「すみません、すぐに追い出しますから」
アザミは、怖かったのです。
オリーブの夢が壊れると感じていたからです。
しかし、無情にも男は怒鳴りました。
「俺が買った奴隷を盗んだ女だ!悪いのは、こいつらだろ!」
アザミは、ついに力が抜けてしまいました。
御夫妻も戸惑った表情です。
男は、力まかせにオリーブの腕を引っ張り連れていこうとしました。
アザミは、混乱した頭で必死に叫びました。
「奴隷の何が悪いのよ!」
男は立ち止まり、怪訝な顔でオリーブを見ました。
オリーブは立ち上がり、男に近づき言います。
「何を偉そうに!奴隷だなんだ、うるさいのよ!同じ人間でしょうが!オリーブは、私の家の子よ!」
「相当いかれてるな!こいつに名前は無い。ガキを盗んでペットみたいに名前をつけて自己満足か?」
「考え方が捻くれすぎよ。私の子が盗まれかけてるのよ!今すぐオリーブをおいて出ていって!」
「俺のだ!」
「私のよ!」
男とアザミは睨み合いました。
御夫妻は訳が分かりません。
アザミが本当なのか、男が本当なのか。
ただ、見ているしかできませんでした。
アザミと男の睨み合いが続く中、ついにオリーブが口をひらきました。
「僕は、アザミの子です。おじさん、離してください」
アザミは、オリーブを見ました。
オリーブは、泣かないように必死に我慢しアザミを見つめていました。
アザミは、男に言います。
「早く、返して」
男は苛立ちながらも、少し余裕がある様子で言いました。
「お前、さっき証拠があるかと聞いたな?」
アザミは、少し焦りました。証拠を出されると勝ち目がないからです。
男は、オリーブの腕を離しポケットから紙を出しました。
契約書です。
アザミは目眩がしました。
男は余裕の表情で言います。
「そちらの、御夫妻に証人になってもらおう」
そういうと、今朝オリーブと準備した椅子に座りテーブルの上に契約書を置きました。
御夫妻は、どうしたら良いか分からない様子。
アザミも止まって動きません。
しかし、オリーブは言いました。
「僕はアザミの子です」
男は鼻で笑いましたが、アザミは力を貰いました。
「私が何とかしないと!」
アザミは少し冷静になるよう、一呼吸おきます。
御夫妻を見て、冷静に言いました。
「すみません。ややこしい事になって。ですが、オリーブがしっかりした子だと証明できます。どうぞ座ってください」
アザミは、椅子を二つ引きました。
御夫妻は迷っていましたが、引き下がれる雰囲気ではなかったので従いました。
アザミも残りの椅子に座ります。
奇妙な関係の四人が、一つの紙を巡って話しはじめました。
最初に口を開いたのは男。
「この契約書が何よりの証拠だ」
紙を御夫妻の前に滑らせました。
御夫妻は契約書を見ていますが、内容がよくわかりません。
名前も写真もなく、性別、年齢、出来る事の一覧、金額が書かれているだけです。
オリーブの契約書は。
【性別】男
【年齢】6
【特技】家事のみ
【金額】10000
たった、これだけです。
御夫妻は金額の安さくらいしか理解できません。
男は自信満々に言いました。
「契約書があるんだ。間違いなく俺が正しい」
御夫妻のご主人が答えました。
「これだけでは、何とも。見るかぎり6才にも見えません」
アザミも続きました。
「それだけの内容なら、誰でも書けます」
男は苛立ちましたが、言いました。
「右下の日付を見てみろ。四年前だろ、しかも印刷されてる」
御夫妻は契約書を見ました。確かに、四年前の日付が印字されてます。
男はオリーブに言いました。
「おい、年を言え」
オリーブは小さい声で、
「10才です」と答えました。
御夫妻は悩みました。
確かに年齢は合っているからです。
男は、また自信満々に言いました。
「もう、納得しただろ?さぁ、早く答えろ」
御夫妻の奥様が言いました。
「しかし、年だけというのも…」
アザミも加勢します。
「そうですよ。誕生日が記載されてるならまだしも、たかが年月日です。10才の子供なんて町にいけば、そこらへんにいます」
男は、また苛立ち言います。
「だったら、特技を見ろ。家事って書いてるだろ」
御夫妻は頷きます。
男は続けて言いました。
「この家を見てみろよ。今さっき、掃除したかのように綺麗だ。一人で、こんなに隅々まで綺麗にできるか?」
御夫妻は周りを見ました。
確かに、埃一つありません。毎日、雑巾がけまでしているのが分かります。
アザミは忙しく働いてる女性です。
毎日、そこまで掃除ができるとは思えません。
男はオリーブに言いました。
「おい、特技を言え」
オリーブは答えました。
「家事です」
しかし、アザミは付け加えました。
「オリーブ、忘れてるわよ。読み書きができるんです。しかも、数字の足し算や引き算まで」
これには、男も御夫妻も驚きました。アザミは立ち上がり、紙と鉛筆を持ってきました。
そして、オリーブを椅子に座らせました。
男は、苦々しい表情で見ています。
アザミは、冷静な表情で淡々と用意します。
御夫妻は、そんな様子を見つめています。
アザミが言いました。
「自分の名前と、将来の夢を書いて」
オリーブは、緊張しながらも丁寧に書いていきます。
書き終えた紙を、男と御夫妻に見せました。
【オリーブ。将来の夢は、学校の先生】
男は驚きました。
御夫妻は「綺麗な字。しかも、夢が学校の先生とはな!」と、嬉しそうにしています。
アザミは言います。
「契約書には、家事のみ、と書いています。読み書きが出来るのなら必ず契約書に載せるはずです」
これには、御夫妻も頷きました。
しかし、男はふてぶてしい態度で言いました。
「あぁ。買った時は、読み書きできなかったんだ。でも、俺が教えたんだ。年齢と一緒だ」
アザミは何も言いません。
「ここで、私が教えたなんて口が裂けても言えない!」
しかし、オリーブが言ってしまいます。
「違います。アザミが教えてくれました」
男は喜び言いました。
「まぁ、どっちにしろ四年前はできなかったんだ。今、証明された」
御夫妻は、少し残念そうです。
アザミも「もう少しだったのに」と悔しくなりました。
男は宣言しました。
「その契約書は本物だ。そして、こいつは俺のだ」
御夫妻は、完全に諦めました。
アザミは、必死で「何かあるはず!」と考えています。
男は、皮肉って言いました。
「で?こっちは証拠があった。お前はどうなんだ?」
思わぬ反撃に、アザミは緊張しました。