【夢】
ある日、アザミに夫婦が話しかけてきました。
「ここの料理が有名だと聞いて来たのですよ」
アザミは我に返りました。
夫婦は、いかにも金持ちな雰囲気を出しています。
しかし、優しそうなご主人と更に優しそうな奥様です。
年齢も、50代くらいで落ち着きがあります。
ご主人が話してきました。
「私たちは、旅行中なんです。この町に来たら、貴女の料理は必ず食べようと妻と決めていたのですよ」
アザミは無表情で答えます。
「ありがとうございます。お口に合えば良いですけど。ご旅行楽しんで下さい」
ありきたりな言葉で返事をし、料理を作っている間もご主人は喋り続けます。
「ありがとう。この町は良いですね。海が近くて気持ちが良い。妻の疲れも取れますよ」
奥様が話しました。
「ごめんなさいね。うちの人、喋り出すと止まらなくて。でも、確かに良い町だわ」
アザミは無表情で皮肉りました。
「外っ面が良いだけですよ」
これを聞いた夫婦は大爆笑です。
アザミは、黙らせようと言った言葉だったので驚きました。
ご主人が、笑いながら言います。
「いや、すまない。正直すぎて思わず笑ってしまった。ありがとう、妻がこんなに笑ってるのは久しぶりだよ」
奥様の方は、ハンカチで涙をふきながら笑っています。
アザミは思いました。
「悪くない人間の方ね」
ご主人は続けます。
「実は、私達には子供がいないのです。その事に、妻が酷く悩み続けていたみたいで…。私は、仕事に忙しく妻の悩みに気づいてやれなかったのです。だから、せめてもの償いとして妻の好きな旅行をしているのです」
アザミは、思わず聞き返してしまいました。
「お子さんが、欲しいんですね!?」
ご主人は、少し驚きつつも「はい。でも、なかなか…」と答えました。
アザミは神に感謝します。
「あぁ、神様ありがとう」
すぐに、アザミは話し始めました。
「私の遠い親戚の子供が、里親を探しているのですよ。とても、純粋な男の子です。きっと、気に入られるはずです」
その言葉に、奥様が反応しました。
「それは本当!?あぁ、何て素晴らしいの!貴女の推薦なら間違いないわ。是非、迎えいれたい!」
ご主人は、笑いながら言いました。
「あぁ、確かに!しかし、一度会ってみたいのですが…。男の子の反応も着になりますし、勝手に決めるのは男の子にも失礼ですよ」
アザミは頷きました。
「ええ、もちろん。明日、私の家に来て下さい。地図を書きますね!」
アザミは興奮していました。
「これで、オリーブの夢が叶う!」
地図を渡し、明日の朝10時に約束をしました。
夫婦も楽しそうで、特に奥様は「幸せ」と何度も言っていました。
アザミは帰り道、色々と考えました。
オリーブに伝えるか、伝えないかを悩みました。
「オリーブの夢を叶えるために、何が必要か教えてあげてからよね」
「それとも明日、ご夫妻がいらっしゃった時に話そうかしら」
「でも、オリーブに言わない訳にもいかないし」
「いや、明日びっくりさせてあげたいわ」
「そうね!明日、驚かしてあげましょう」
アザミは、オリーブに話さない事にしました。
今日に話そうが、明日に話そうが、学校に通えるようになる事実は変わらないのです。
だったら、今日わざわざ教える必要もありません。
オリーブの事だから、緊張して逆効果だと考えました。
アザミは「明日が楽しみ」と思いながら、家へと急ぎました。
家に着くと、オリーブが嬉しそうに走ってきます。
「お帰りなさいませ。オリーブ、数字の足し算と引き算を覚えました」
オリーブは、自慢げに言いました。
アザミは感心します。
「すごいわ。本当に頭が良いのね」
オリーブは、褒められると照れてしまい言葉が言えなくなります。
アザミは、オリーブに言いました。
「これなら、学校の先生になれるわね!」
「はい!もっと覚えないといけないです」
オリーブは、勉強をする喜びを感じていました。
自分がペンを握り、紙に字を書いているだなんて信じられないのです。
それは、もっと偉い人達だけに許された事だと思っていました。
だから、まさか自分が字を書けるようになるとは思っていなかったのです。
オリーブは、幸せで仕方ありませんでした。
夕食、今日はご馳走を作りました。
アザミからの、お祝いの気持ちです。
しかし、何も知らないオリーブは驚くばかりです。
透き通ったスープ、生野菜のサラダ、卵がたっぷりのオムレツ、それに見たこともない大きな肉…、オリーブは料理に緊張してしまいました。
アザミが「ほら、好きなものから食べなさい」と言っても、オリーブは手をつけないのです。
アザミは不思議でした。
「嫌いな物があるの?」
アザミが聞いても、首を横に振るだけです。
オリーブは下を向いたまま、何にも言わなくなってしまいました。
アザミは「これは、何かしら?分からないわ」と、悩んでしまいます。
大抵の事は分かるのですが、今回ばかりはお手上げです。
しばらくすると、オリーブが話しはじめました。
「今日はアザミと出会って100日目です。記念日です!」
アザミは驚いてしまいました。
まさか、そんな事を考えてると思わなかったからです。
「オリーブ、あなたは頭が良い!今、数えてたの?」
「はい。今日は何の日か考えました。今日は僕とアザミの人間嫌いの記念日でした!」
「あはは!そういえば、人間嫌い同士って話したわね。それはそうと、記憶力が桁違いよ!びっくりしちゃった」
「そんな事ないです。すごく考えないと出てこないので。次は200日記念日ですね!」
アザミは一瞬、言葉に詰まりました。しかし、すぐに笑いながら言います。
「そうね!200日記念日よ。さぁ、料理が冷めちゃうわ!早く食べましょう」
「はい!いただきます」
オリーブは、嬉しそうに大きな肉を切り取りました。
アザミは、そんなオリーブを見て幸せでした。
「寂しくなるわね」
アザミは、初めて自分の気持ちを考えました。
今の今まで、オリーブの夢を叶える事に集中しすぎて自分の気持ちを置きっぱなしにしていました。
しかし、アザミは考えるのは止めました。
考えるのが怖かったからです。
今は、二人の最後の夕食を楽しむ事に集中しました。翌日、アザミは朝早くから準備に取り掛かっていました。
お茶、お菓子、椅子、テーブル…、準備をします。
家に人が来るだなんて、想像していないため模様替えをする勢いでバタバタと物を出してきます。
お皿にしてめ、全て一人分なのです。
何とか、似たような柄を探さないといけません。
オリーブは「僕も手伝います!」と、何の疑問も抱かずに手伝います。
オリーブは、動くことが基本的に好きなのです。
それに、アザミが動いてるのをぼーっと見てるなんてするはずもありません。
二人で、バタバタと動きました。
何とか、それなりになりました。
オリーブは喜んでいます。
アザミも満足げです。
アザミは時計を見ました。
9時ちょうどです。アザミはオリーブを見ました。
相変わらずの汚れた服と髪です。
アザミは言いました。
「オリーブ、今すぐ服を着替えなさい」
「え!何でですか?」
アザミは悩みつつ言いました。
「綺麗な部屋にしたんだから、綺麗な服の方が似合うわよ」
オリーブは悩んでるようですが、納得したようです。
「わかりました!」
元気に返事をして、部屋に走っていきました。
アザミは、その間に椅子を2つ足しておきました。
しばらくして、オリーブが顔だけ覗かせて恥ずかしそうにしています。
アザミは笑ってしまいました。
「何、照れてるの。さぁ、来なさい」
オリーブは照れ笑いをしながら姿を見せました。
アザミは「やっぱり似合ってる」と満足げです。
真っ白のシャツに、オリーブ色のズボン。
銀色の髪とオリーブの瞳に、よく合っています。
後は、ボサボサの髪を何とかしないといけません。
「オリーブ、三面鏡の前に座りなさい」
オリーブは、慣れない服装に緊張しながら三面鏡の前に座りました。
アザミは、クシで髪のほつれを取っていきます。
絡まりすぎている部分は、丁寧に丁寧にほぐします。
アザミは髪に集中しすぎて、無言です。
オリーブは、何だか自分が王子様になったみたいだ、と思い恥ずかしくなってきました。
「ねぇ、アザミ。何で今日は、こんな事するのですか?」
アザミは我に返り、オリーブの顔を鏡越しに見ました。
オリーブは、不思議そうな顔をしています。
アザミは笑顔で答えます。
「私って、やりだしたら止まらない性格なのよ。オリーブの髪にしてもそうよ。こんなに絡んでるとは思わなかったわ」
「髪なんて、気にしたことないです。がしがしって洗ったら終わりです」
「まぁね。でも、この服にはこの髪じゃ駄目ね」
オリーブは、また照れてしまいました。
納得したようで、ぼーっと鏡を見ています。
アザミは、やっと絡んだ髪を大方ほぐし終えました。
時計を見ると、9時40分です。
本当は、髪を切ってやりたかったのですが諦めます。
仕上げに、馴染ませるようにクシで丁寧にといでいきます。
オリーブが、また聞きました。
「ねぇ、アザミ。何で時計ばっかり気にするのです?」
「特に意味は無いわよ。ただ、どれくらい時間がかかったのか見ていただけ」
オリーブは「そうですか」と、言いました。
しかし、今回は納得していない様子です。
アザミは、オリーブの髪をとき終わり鏡越しに見ました。
真っすぐな銀の髪に白い肌、オリーブの瞳、それに新しい服。
立派な男の子が、そこにはいました。