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蓮の書  作者: 柿衛門
第一の世界
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1


 神の王国(レグヌム・デイ)の実現


 言は自己、自己と相対する者、彼による三つの人称を持つ。私が彼について語るとき、向かいに座るあなたが聞く。彼について語る私がいなければ、彼の存在は語られることはない。聞くあなたがいなければ、私は彼の存在を語ることはない。それにより示される彼の数は三である。

 そして、各々三つ組みを有する三つの世界が開かれるとき実現されるものが十番目の王国――神の王国(レグヌム・デイ)である。

 第一世界界である神の世界――信仰の世界は言から始まる。理性に裏付けられた言は秘されたものを明らかにし、三つ組みを形成する。中間世界が理想化された形で現れるこの世界は、理性と啓示が言により統合される世界である。

 第二世界は、理想と実現の中間に位置する世界である。三つの世界の中心から流れる恩寵(ケセド)(ゲブラ)は均衡を保ちながら自然の世界を形成する。一組の男女から生まれ出る生と死は物象の世界を形成する。

 第三世界は形而上の世界、第二の世界が実現した世界である。永続性とそれを制御する相反する二つが真理の根底の上で作用している世界である。



***


 ステファーヌは物の数分も掛からずにその部分を読み終えた。件の絵柄に関する記述は最終章の中の三頁で、内一頁が挿絵に費やされているため読むだけであれば大した時間は必要ではない。


「……何だこれは?」


「もう、読み終わったのですか?」


「ああ……教会(レグヌム・デイ)について書かれているが……全く意味が分からん」


 ステファーヌは本を閉じて唸るような声を出しながら、一度本を閉じた。表紙には三角形が浮彫に描かれている。

 教会についてと、恐らく三世界――神と精霊と人の世界についてに言及されているようだが、それにしても意味が分からない。おまけに、図形との関連性が全く掴めない。戯言でも世迷いごとでも構わないから手掛かりになるようなものが欲しいのに、と溜息を吐いた。

 しばらく表紙を眺めながらぼんやりしていた彼は、心ここに非ずといった口調でロータスに話しかけた。


「なぁ……侯爵、この絵柄には九の図形が描かれているな」


 無理やり口を開いたことでぼやけていた思考がいくらかはっきりしてきたステファーヌは、絵柄が載っている頁を開いた。そこには彼が持ってきた絵柄と同じ物の他に七つの絵柄が描かれている。

 跪く男、顔を覆った男、玉座の女、玉座の男、剣を持つ男、一組の男女、裸の女、子供、裸の男。全部で九の図形が描かれており、順に三つのグループに分けられて三角形に配置されている。


「そうですね……」


 翻訳作業に没頭しているロータスは顔を上げずに気のない返事をした。


「今まで見つかった死体は二体だ」


「そうですね……」


「なら、あと七人は殺されるということだな……」


「そうですね……」


 やはり気のない返事をしたロータスだが、作業を止めて顔を上げた。ポカンと不思議そうな表情でステファーヌを見つめてから目を輝かせた。


「そうですよね……図形の順から考えると、次は女性でしょうか?」


「恐らく……漠然とし過ぎているな。そちらには何と書かれているのだ?」


「まだ冒頭部分なので、前書きのようなことが……」


 二人が翻訳を始めてから四半刻しか経っていない。ステファーヌが望むほど作業が進む訳はない。


「翻訳作業にはどれくらい掛かる?」


 ステファーヌの質問にロータスは五頁ほど指で摘まんで即答した。


「明後日の午前中には終わらせます……この部分だけでしたら」


「分かった。明後日にまた来る」


 そう言いながら立ち上がるステファーヌに続いてロータスも立ち上がった。ロータスが壁際のベルを鳴らす間に、ステファーヌは重いマントを馴れた動作で装備している。そうこうしている間にクロードがやってきたので二人は簡単な挨拶を交わした。


「では、宜しく頼む」


「はい。では、お気を付けて」


 書庫から出て行くステファーヌを見送ったロータスは翻訳作業を再開した。




***


 ステファーヌが侯爵家を出ると日はだいぶ傾き、本部へ帰る頃には空は赤く染まっていた。審問機関本部は中央教会の敷地内に宿舎と併設されている三階建ての建物だ。一階に執務室、会議室、応接室、食堂があり二階と三階が宿舎になっている。ステファーヌは真っ先に機関長官の執務室へと向かった。


「ただいま、戻りました」


 厳しい顔の壮年の男はステファーヌを見ると表情を和らげた。


「ご苦労であったな。侯爵はどうであった?」


「まだ分かりませぬ」


「そなたの所見で良い。我が弟よ」


「でしたら……敬虔な真教徒であると見受けられました」


 ステファーヌは少々躊躇いつつも、自分が受けた印象を語った。穏やかで協力的なロータスの人柄を語る間、長官は黙って聞いていた。


「そなたが言うのであれば間違いないだろうな」


「恐れ入ります」


「で、何か手が掛かりになるような物はあったか?」


「件の図形に関する書物はありました。魔術や異端の書物であることは間違いありません」


「そうか……何と書いてあった?」


「見たことのない言語で書かれてありまして……明後日には翻訳を終わらせるとのことです」


「……これ以上の犠牲者が出る前に、異端どもを捕まえねばな」


 長官はどことなく疲れた感じで溜息と共に呟いた。




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