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醒めた表情のステファーヌの目は底の知れない暗さを湛えていたが、すぐに何の感情も読み取れない表情に戻っていた。
「……それで、どのような種類の書物をお探しですか?」
それに気付いたロータスはあえて気にすることはなく、話を元に戻した。
「ああ、魔術やら妖術やらについての書物だ……侯爵家にはそのような書物も収められているのだろう?」
魔術、妖術などは異端として教会では厳しく取り締まっている、いわゆる禁書だ。それ以外でも、先代教皇の時代――約七年前までは自然科学なども異端の論理として認められていなかったが、二代前の侯爵が相当額の寄付をすることで当時の教皇から特別許可を得た。その件に関しては詳細なやり取りの記録が残されていないため、侯爵家の信仰の深さによりという理由になっている。
「ええ。では、詳細をお話頂けますか?」
「貴族が聞いて楽しい話ではないと思うが?」
ステファーヌ自身は書物さえ調べさせて貰えれば十分だと考えていた。教会の人間とはいえ審問官などの出入りを貴族は嫌うだろうし、彼自身も貴族と言うものを嫌っているからだ。
おまけに、このような事件に対する貴族の反応は先ほどの少年のように、怯えたり、或いは汚らしいといったものが当然である。例に漏れず、侯爵も審問官に手を貸すことはないだろう、むしろそうしてくれれば気が楽で助かる――ステファーヌは些か楽観的に考えていた。
「話して頂かなければ、協力も何もできません」
ところが侯爵は食い下がってきたのである。ならば、と彼は、何の役にも立たなさそうな侯爵を脅かすつもりで話始めた。
「……その、剣を咥えた男の絵は先日、殺された男の口に突っ込まれていたのだ。男は絵と同じ恰好で救貧院の壁に打ち付けられていた……それから、そちらの顔を覆っている男の絵は、首なしの死体が手に持っていたのだが……」
一人目は今月の第一日に殺されていることが分かっている。発見されたのはパルム地区の救貧院の教師だった男だ。最終日は生きていることが確認されているが、次の日発見されたときはステファーヌが述べた通りの有様だった。
二人目は首を落とされていたため、身元の特定ができない。ただ、四十から五十代の男であることが分かっているだけだ。こちらは、グランディエ商業地区の広場の椅子に座らされた姿で発見された。
「なるほど……では、その皮は殺された人たちの物なのですか?」
だが、ロータスはほんの少し眉を顰めただけで特におびえた様子を見せずに、更に食いついてきた。
「……いや、違う」
ステファーヌが少々逡巡した後、苦々しい顔で告げると、ロータスは口に拳を当てて少し俯いて考えるような仕種をした。
「では、殺された二人以外にも、殺されている人がいるかもしれないのですね」
「……そういうことになるな」
ステファーヌは意外と鋭いところを突くロータスに、おやと思った。猊下が直々に協力を願うのも分からないでもない。
「それで、なぜ魔術、妖術の書物を必要としているのですか?」
「以前、妖術師の隠れ家でそれらと似たような絵を見たことがあってな」
蛇の道は蛇、ということらしい。
「分かりました。では、さっそく書庫にご案内致しましょう」
ロータスが貴族らしい優雅な仕草で立ち上がると、ステファーヌは少々面食らった。後ろに控えている執事に案内させるのではないようだ。
「侯爵自ら案内すると……?」
「ええ。入室管理は私が行っておりますし、何より猊下のお願いですから。協力は惜しみません」
侯爵家の書庫には各地の童話から最新の娯楽本、禁書まである。それは侯爵家が敬虔であるが故、教皇猊下により特別に許可されているためである。
「何より、そういった類の書物は厳重に管理しておりますので」
「では、頼む」
ロータスが先に立ち部屋を出ると、前室の椅子座っていたクロヴィスが立ち上がった。先ほどよりだいぶ顔色は良くなっているが、心ここに非ずといった体だ。
「大丈夫かい? クロヴィス」
「はい。申し訳ありませんでした……どちらへおいでですか?」
「ああ、書庫にお客様をお連れするんだよ」
「わ、わたくしもご一緒するべきでしょうか?」
薄暗い書庫へ同行しなければならないのだろうか、と怯えながら伺うクロヴィスにロータスは苦笑した。
「君はお茶にしてきなさい。ロレンが菓子を焼いてくれているはずだ」
「あ、ありがとうございます……」
焼き菓子という言葉に少年は目を丸くして頬を染めて綻ばせると、足早に食堂へ向かって行った。
「ふん。随分、甘やかしているのだな」
「彼は、先週当家に行儀見習いに入ったばかりでして……メイエ子爵家の次男です」
「そういうことであったか」
鼻で哂うステファーヌにロータスが説明をすると、納得したように頷いた。
メイエ子爵家はコンスタン侯爵家に並ぶ敬虔な真教徒として教会の覚えもめでたい。その二家が懇意にしているのは誰もが知る話だ。
「幼い頃から知っているせいか、年の離れた弟の様で……厳しくするべきなのでしょうがねぇ……」
「ずいぶんと、呑気だな」
ステファーヌの呆れたような言葉に、ロータスは首を傾げた。