結論、俺は蛇になりました
結論からいうと、寝て起きたら蛇になってました。
なんて、そんなことがまさか我が身におこるとは考えもしませんでした、まる。
天井の梁から吊り下げられた格子状の籠の中で、ため息をついたら息は漏れず、かわりにシューッと二股の舌がでた。間違いなく今の俺は蛇だ。まったく、ため息くらい普通につかせてほしい。
起きたら蛇というとんでもない体験からはや数日。起きた時の衝撃と混乱はとっくにおさまり、今はこの籠の中でだらだら過ごしている。
格子の隙間は俺が通れるくらいに大きいのに、みえない何かがあるみたいで通り抜けられない。何度も脱走をはかり、その度にみえない何かに弾かれていた俺が言うんだから間違いない。
ここはペットショップなんだろう。俺の他に何種類もの生物が籠や檻にいれられている。その全てが地球の生物と微妙に異なっているのはとうに気がついていた。
俺の知っている犬や猫や兎には額に角なんてないはずだ。翼が4枚もあるインコやオウムなんていないはずだ。どれもがそんな調子で、知っているような知っていないようなものばかり。それでここってもしかして異世界かなートリップってやつかなーとか薄々気づいた。
かくいう俺も蛇って言ってるけどたぶんどっか違うのかも。
鏡がないから詳しくわからないけど。
動かせる手足がないのと、自分の細長い胴体、二股の舌で蛇って判断したが、その体色は金属的な光をはなつ漆黒だ。まさに黒光り。しかも角度によっては真珠のように淡い七色にもなる。こんな色の蛇みたことない。メタル+パール+ブラック…みたいな。我ながらなんて色してんだとツッコンだ。でも見ようによっては綺麗かも…なんて思ってみたり。
店の規模はそんなに大きくなく、さらに生物の籠や檻がところせましと並べられ、パッと見歩くスペ—スもないように感じられる。要するに激セマ。
店主は耳の異様に尖った細身の中年男。片眼鏡をかけたインテリっぽい雰囲気。時折ため息をつこうとして舌をだす俺を一瞥する以外は、たいてい机に向かってなにやら書類を整理している。俺の籠が一番店主の近くに吊るされているから、気になるんだろう。
生物の世話をしているのを見たことはない。それこそこいつの仕事なんだろうが、おそらく、この店で扱っている生物は俺を含め世話がいらないようになっているらしい。だって、腹が空かないうえに、排泄も必要ないのだから。
客の来訪は俺が起きてから一度もない。店の窓からみえる通りは、人通りも多く賑わっているのだが、不思議とこの店には見向きもしないのだ。もしやこの店イワクツキ?
…なんともカナシイペットショップである。これからここでずっと吊るされているのかと、ため息を吐く毎日だ。あ、店主いちいちこっち見んな。
店主のうるさそうな視線としばし睨み合いをしていると、驚くことに店のドアが開かれた。マジか。
すぐに店主の視線が俺から外され、来訪者へ「いらっしゃいませ」と告げる。蛇に睨まれたなんとやらではなかったらしい。
俺も店主の視線を辿るようにして店の入り口へ顔をむける。ホントこの店に客が来るなんてびっくりです。
来訪者は…なんというのか…性別の判断できない中性的な容貌の客だった。年齢の判断もつかない。耳が店主同様尖っていて、旅人のような軽装の上に外套を着用している。あ、目が合った。
「ここに蛇はいませんか」
俺と目がばっちり合った状態でその客は店主に訊いた。声も中性的で、男にしては高く、女にしては低い。
おいおい、今みてるだろ俺を。このペットショップに蛇は俺だけ…のはず。
「ええ、取り扱っておりますよ」
店主は明らかに営業用だとわかるニッコリスマイルを浮かべ、客に奥へ来るよう促した。客は吸い寄せられるように俺の籠へとよってくる。籠はちょうど人の目線の高さになるように吊るされている。客は俺の籠のすぐ手前で立ち止まった。
「…ああ、この仔だ。間違いない」
ほとんど吐息のような掠れた声だった。しかも妙に…熱っぽい?薄暗い店内の中、よく見ると客の頬はうっすらと朱に染まり、呼吸も若干早い気がする。キャーヘンタイガイルワー!
「なるほど」
店主は客の様子を気にするでもなく、ひとつ頷いた。何が「なるほど」だ。俺今身の危険を感じてんだぞ!
「あなたはこれに呼ばれたのですね。大変喜ばしいことです」
「この仔を譲ってもらえませんか?いくらでもかまいません」
「ええ、もちろんですとも。これが貴方を引き寄せたのですから」
店主は不可解な言い回しでまとめると、あっさりと客に金額を提示して商談に移っていた。そこでようやく客は俺から視線を外し、店主に向き直る。
え、ちょ、まてよ俺買われるの?そのヘンタイに買われるの?イヤー!
客が来てからここまでの展開が早すぎて俺の頭がついていけてない。さらにその客がヘンタイの可能性まで浮上するし、もう籠の鳥ならぬ籠の蛇な俺は、ゆらゆら鎌首を揺らすことしかできなかった。文字通り手も足もでねえ!
周囲の生物達からは無言のプレッシャーを感じる。店内の生物のおおよそが俺に羨望のまなざしを向けているからだ。
そうかそうか羨ましいかお前ら。俺だって立場を交代できるならしてやりたいよ…。籠の外に出されるのは嬉しいけど、この客ちょっと危なそうだよ…。
数分後、商談は成立したようだ。店主が満足した顔で客が腰のポーチから取り出した重そうな袋を受け取っていた。
客がこちらに手をのばす。店主が何か呟く。ぱしっと音がして、籠の側面にある入り口がひとりでに開いた。うわーやっぱ異世界なんだな。
客ののばした手がまるで壊れ物に触るかのようにそっと俺の頭に触れてくる。噛み付いてやろうかと思ったけど、俺はこの客に買われたようなので控えた。
ヘンタイかもしれないけど、今俺に注がれる視線に変なものは混じってなくて、純粋な喜びしか感じなかったからだ。
俺を持ち上げようとしたので、のばされた腕をつたって移動してやった。俺の全長は1.5〜2mくらい。「あ…」と客が声をあげたが気にせず首元まで移動して、首にゆるく胴体を1巻きし、そのまま左肩に頭をのせて右肩に尻尾をたらした。なかなかの安定感。
客にのど仏はない。なんだ女かと思ったけど胸もないようだ。貧乳とかではなく真っ平ら。胸板があるだけだ。肩幅も広い。これではますます性別の判断がつかない。
「これも貴方を気に入ったようです」
一連の様子を黙って眺めていた店主は静かに微笑んだ。さっきまでの営業スマイルではなく、なんか…人間味のある顔だ。みてると背中がむずむずする。
客は俺の頭をまたそっと撫でて、嬉しそうに笑った。
「どうぞ大切にしてやってください。あなたのもてる全てで」
「はい…ありがとうございました」
客は俺を肩にのせたまま店主に会釈し、店のドアへと歩いて行った。俺はたった数日とはいえ過ごした店内を見回して、最後に店主をみる。店主は振り返った俺に気づくと小さく笑い、最後に手を振って見送った。
こうして俺の短かったような長かったようなペットショップ時代は終わりを告げ、ヘンタイ(っぽい)性別不明の客のペットになった。
この後、客の素性が判明したり、あの店が何だったのか、どうして空腹も排泄も覚えないのかといった謎が解明されるのだが……それはそれ、別の話だろう。
今回の結論は一つ。
俺、寝て起きたら異世界で蛇になっていて…さらにペットになりました、まる。