8月17日、茨城戦線II
* * *
バババババババババババ…
AH-1W改はせりだした崖や周囲の赤茶けた斜面にローターがぶつかるのではないかというぐらいの超低空で谷間を這うように飛んでいく。
「ふぅ…」
そのAH-1W改のコックピットの前席で滝本は息を吐き出した。
それからコックピットの外に目を凝らす。離陸前のブリーフィングではこの辺りに拠点があると説明された。
強行偵察は手っ取り早く言えば実際に殴りあってみて相手の実力を調べるという方式の偵察だ。
正直言って、これはかなり大変だな…と滝本は心のなかでつぶやく。
相手は推定50機の航空型を運用し、推定100門以上の高射砲型で武装、推定2000両以上の陸戦型クラックゥが内部に駐留しているとされる拠点だ。
魔力の類を持たない攻撃ヘリが単機でやるにはかなり厳しい任務だ。
一騎当千…というか一機当千なんてレベルを越えているよ……とはブリーフィングの時の滝本のぼやきである。
ガラスが割れて瘴気が侵入してきたときにそなえて酸素マスクを着けているのだが、なぜだか息苦しい。
――生命維持システム、異常なし
滝本がコックピットの液晶に生命維持システムの状態を表示させるが、問題は無いようだ。
ついでに、液晶に表示された他の情報も確認する。
普段なら受動レーダーやミリ波レーダーの映し出した周囲の状況、データリンクを介して送られてくる情報、それらを基に順位がつけられた脅威のリスト、兵装の状態、高度や速度、タービン温度などが表示されていてそれなりに賑やかなのだが、今は兵装の状態、高度や速度、タービン温度だけが表示された、けっこう寂しい状態だ。
この辺りはクラックゥの瘴気の雲が上空を覆っていて、そのせいでレーダーやデータリンクは使えないのだ。液晶に表示された情報もそのせいでいつもより少ない。
滝本は再び外に目を移し、肉眼での索敵を再開する。
そのとき、視界の端で何かが光った。
滝本が目を凝らすとそれは灰色の壁だった。
いや、違う。
(あれは…クラックゥの拠点!!)
「目標を肉眼で確認。10時30分の方向。距離、500」
「了解。これより強行偵察を始める」
「了解」
滝本はモニターにタッチし、安全装置を解除。
――RDY TOW-C
――RDY GUN
モニターにTOW-Cと機関砲の安全装置が解除され、射撃可能な状態にあることが表示される。
そのとき、拠点の一角で光がまたたいた。
次の瞬間、AH-1W改の至近距離で爆発。
それと同時に、いくつもの光が拠点のあちこちでまたたく。
一瞬遅れて、いくつもの爆発がAH-1W改の周囲で起こる。
「うわっ!!」
「…実弾高射砲型、口径37ミリクラス。当たらなければどうということはない」
次々と周囲で炸裂するクラックゥの実弾兵器に滝本が悲鳴をあげる一方で、曇取はクラックゥの実弾兵器の威力を分析しながらピッチ角を変え、冷静にヘリを上昇させる。
「あれ?なんで上昇させるんですか!?」
「下にいったら実弾兵器の集中砲火にさらされる。あと、シロ、射撃を許可する」
戸惑う滝本に対し、あくまで冷静な曇取。
実弾兵器が紅い光跡を描きながらAH-1W改の周囲に飛来する。
曇取はそれをよけながらクラックゥの拠点に接近していく。
クラックゥの実弾兵器はAH-1W改を捉えられず、AH-1W改の後ろで爆発するのみだ。
拠点までの距離が100を切る。
すると、拠点の何ヵ所かが破裂し、そこからビームが同時に何発も発射される。
そのビームをよけながらまるで着陸するようにクラックゥの拠点に接近。
ヘリの正面には戦闘機型クラックゥ。
「撃てぇ!!」
曇取の指示に、滝本が慌ててボタンを押し込み、機銃で射撃。
何機かの戦闘機型クラックゥが機銃弾にコアを破壊され、次々と崩壊する。
そして、曇取が戦闘機型クラックゥがいたスペースに無理矢理AH-1W改を進入させる。
まるで着陸しているかのような高度でクラックゥの高射砲は射角に捉えられない。
滝本が機銃のボタンを押し込み、周囲のクラックゥに20ミリ弾を叩き込む。
20ミリを食らって次々と戦闘機型クラックゥが崩壊する。
さらに、爆撃型クラックゥにも至近距離から機銃弾を叩き込み、破壊していく。
空では最新鋭の制空戦闘機でさえも迂闊には近寄れない爆撃型も地上ではビームを放つことすらできずに崩壊し、空気に溶けていく。
そのとき、崩壊した爆撃型クラックゥの影から移動砲台型クラックゥが1門――いや、ヘリの左右にも1門づつ、後ろにも1門だから合計4門――現れた。
――絶体絶命。
滝本の脳裏にそんな四字熟語が浮かぶ。
瞬間的に滝本と曇取の時間が引き延ばされる。
高さ10メートル弱のピラミッドに無数の脚を付けたような移動砲台型の表面が破裂し、そこからビームが放たれる。
同時に、曇取はローターのピッチ角を最大、エンジン出力を最大にする。
弾かれたようにヘリが急上昇。
直後、一瞬前までいた場所でビームが交差。
そして、そのビームは放ったクラックゥの正面にいるクラックゥに命中。
ジュワッ!!
ヘリを囲んでいた4門の移動砲台型クラックゥが蒸発する。
さらに、周囲の爆撃型が搭載していた爆弾に誘爆したのか、周囲で次々と爆発が起こる。
それに巻き込まれてアメリカのM11中戦車に脚を生やしたような陸戦中型クラックゥが何両か吹き飛ぶ。
照準の中央に爆撃型クラックゥ。
滝本はボタンを押し込む。
TOW-Cを発射。
爆撃型に2発命中。
爆撃型が積んでいた爆発に誘爆し、爆撃型が半分吹き飛ぶ。
しかし、コアが生き残っていた。
あっという間に吹き飛んだ部分を再生する。
唐突にビームが飛んでくる。
「高射砲型か…」
曇取が慌てて高度を下げ、高射砲型クラックゥの射角から逃れる。
そこで滝本がTOW-Cを2発発射。
1発は爆撃型の胴体にめり込み、そこで炸裂。
もう1発は右翼で炸裂し、回復したばかりの主翼を吹き飛ばす。
紅いコアが露出する。
(…今だっ!!)
滝本は迷わずボタンを押し込み、機銃射撃。
20ミリ弾が次々とコアにめり込み、コアがたちまち崩れていく。
「シロ、射撃中止!!クラックゥは平野に出るためのルートを確保しているはずだ!!上空からの写真偵察で見つからなかったからおそらくトンネルのはずだ。探すぞ!!」
曇取は左ペダルを踏み込み、機体を回転させる。
そのまま地面にスキッドがぶつかるかぶつからないかという高度でクラックゥとクラックゥの間をすり抜けていく。
巧妙に隠蔽された実弾速射高射砲型クラックゥが火を吹き、周囲の地面に火花を散らす。
滝本の手に冷や汗がにじむ。
もし1発でも当たったら…と考えてしまう。
おそらく、はじめの1発でガラスが割れ、次の1発で自分の体はばらばらになるだろう。
怖い。
心臓の鼓動が早くなる。
心臓が口から飛び出そうだ。
しかし、クラックゥの実弾兵器はヘリの周囲に火花を散らすだけだ。
(ここは…曇取さんの操縦技術を信じるしかない!!)
滝本は腹をくくる。
周囲で飛ぶ火花を無視することにする。
すると不思議と心が落ち着く。
心臓の鼓動が落ち着くのがわかる。
大きく深呼吸してから周囲に目を走らす。
――あった。
灰色の斜面の脇腹に穴が開いている。
「…ありました。12時30分の方向」
「オッケー、分かった」
すると急にヘリが方向転換する。どうやら、どこにあるか確認できればそれでいいらしい。
「シロ、9時30分の方向に合掌造りの建物みたいな形をした建物に残っているTOW-Cを全弾叩き込め!!」
「了解。」
曇取が左ペダルを踏み込み、その建物をヘリの正面に捉える。
滝本が液晶をタッチして12発すべてを発射するようにセットしてからボタンを押し込む。
12発のTOW-Cが放たれ、灰色の合掌造りへと向かっていく。
曇取は照準に灰色の合掌造りを捉えたままの状態になるように注意しながら実弾速射高射砲型の弾幕を避けていく。
「ワイヤー切断!!」
滝本が液晶にタッチし、TOW-Cのワイヤーを切断。
曇取はAH-1W改を爆撃型クラックゥの影に移す。
12発のTOW-Cが命中。
炸裂。
誘爆でもしたのか、TOW-Cが炸裂した直後、灰色の合掌造りは大爆発を起こす。
AH-1W改の目の前の爆撃型クラックゥが衝撃波で吹き飛ばされる。
衝撃波はAH-1W改も襲う。
滝本は見た。
機体がぐるりと回転する。
コックピットのガラス越しに灰色の壁が見えていたのが唐突に灰色の雲に覆われた空に変わり、世界が上下逆さまになるのを見た。
滝本はその後のことは覚えていない。
気がついたらヘリは上空から拠点の残骸を見下ろしていた。
谷底には拠点の残骸とさまざまなタイプのクラックゥが折り重なっていた。
「曇取少尉…一体何があったんですか?」
「どうも拠点のコアが破壊されたらしい。」
滝本は液晶を確認して機体の損傷を確かめる。
――尾部被弾
――コックピット、被弾。瘴気侵入
――生命維持システム、異常なし
――油圧系統、油圧低下
――右兵装パイロン、使用不可能
モニターにはいくつもの警告の赤い文字が表示されている。
「雲取少尉、コックピットに被弾、生命維持システムに問題ありますが?」
「ああ、こちらがやられた。右腕が吹き飛んだような気分だ。シロ、北茨城まで保つかな?」
「本当に腕が吹き飛んだらのんきに会話している余裕があるわけないでしょう。それより、残存戦力を確認してから帰投しましょう」
「ま、それもそうだな」
そう言うと曇取はヘリの高度を下げ、谷底で折り重なっているクラックゥのほうに接近させる。
このとき、滝本は気付いていなかったが、曇取は右半身に何発かの実弾兵器を受け、割れたガラスの破片が刺さり、かなり出血していた。
「機銃弾はあと100発ぐらいありますし、何両か破壊しますか?」
「いや、大丈夫だ。…1時30分の方向を見ろ。」
曇取に促され、滝本がそちらを見ると、断続的に白い光が発生している。
「クラックゥが崩壊している。自壊のようだ。」
曇取が説明した。
クラックゥが崩壊するそのさまはまるで白い光が大地から吹き出ているようだった。
その光景に滝本は思わず呟いた。
「きれいだ……」
* * *
「はぁ!?拠点は崩壊ぃ!?」
高萩基地司令は秘書官の報告に体を乗り出して素っ頓狂な声をあげた。
「はっ、閣下。写真偵察の結果、間違いなく」
秘書官は背筋を伸ばし、手元の|MCP(Micro Compuer Pad)を操作して航空戦闘部の偵察部隊からの偵察結果を重厚な机の上に置かれたモニターに表示させる。
「信じられん……」高萩基地司令はその結果を一瞥すると椅子に体を沈めながら呟いた。
机に置かれたモニターには航空戦闘部の偵察部隊が撮影したクラックゥの拠点の写真が2枚、画面を左右に分割して表示されている。
画面の右側に表示された昨日の写真ではそこに灰色の威圧的な構造物があった。
しかし、左側に表示された今日の写真には、大きなクレーターが口を開けているのがくっきりと写されている。
「たった1機、それも攻撃ヘリで……恐ろしい……」
司令は目を閉じながら呟いた。
「准将、拠点攻略作戦は?」
「中止だな。わざわざ攻略作戦を行う必要がない。ただ……念のために爆撃をしておいた方がいいかもしれん」
秘書官の言葉に、司令は頭を振りながら答え、口の中で小さく呟く。
「こんなのは個人……いや、1組のペアの戦果じゃないレベルだ……」
そのつぶやきを窓から差し込む夕陽が包み、そしてつぶやきが空気に溶けていった。