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ヒダカアローズ陸軍雷神録  作者: 快速ナイトネリウム53号
mission.2「8月17日、茨城戦線I」
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mission.2「8月17日、茨城戦線I」



* * *



「はぁ…」

 滝本は額の汗をぬぐいながらため息をついた。

 ここは北茨城前線基地の一角にある第41師団H航空隊の待機テントである。

 8月7日に曇取の手でヘリに無理矢理乗せられ、クラックゥを撃破&撃墜した後、前線基地に帰投するなり曇取によっていつの間にかヘリ搭乗員に登録された。そして連日連夜、クラックゥがやってくるたびに曇取の無茶な操縦にガンナーとして付き合わされていた。

 しかも不幸なことにここ10日はクラックゥの攻勢が異常に激しく、滝本は朝起きて出撃して寝袋しまって出撃してカレーパン食べて出撃して朝メシ食って出撃してカレーパン食べて出撃して昼飯食って出撃してカレーパン食べて出撃して晩飯食べて出撃して風呂入って出撃してカレーパン食べて出撃して歯を磨いて出撃して寝袋を用意して出撃して寝るという生活をするはめになっていた。ちなみに、合間合間のカレーパンは曇取に無理矢理食べさせられたものだ。曇取曰く、「1に食事、2に食事、3、4が食事で5も食事!!栄養を摂らなくてはいざというとき力が出ない!!」とのことだ。

 で、ヘリの前席で曇取の無茶な操縦に耐えながらガンナーとして攻撃し続けた結果としてここ10日間の100回近い出撃で滝本の公式スコアは撃破は高機動型100両、陸戦型70両、陸戦中型15両、移動砲台型5門、撃墜は7機となり、その功績で兵長に昇進した。ちなみに、曇取曰くこの戦果は「新人にしてはまずまず」らしい。

 (整備兵として志願したはずなのになぁ…)

 しかし、滝本はため息をつきたい気分で頬杖をついた。

 整備兵として志願したのにヘリに乗ってクラックゥを攻撃するはめになっている。

 (…最近では彼女の無茶苦茶な操縦にも慣れてきたが、やはり高度数メートルで宙返りをされるとかなり寿命が縮む気持ちだ…最も、しなかったら一気に縮んで残り寿命は0になるのかもしれんが。)

 滝本は自分の右手に目を落としながら心のなかでつぶやく。

 今日は珍しく朝からクラックゥの攻勢がなく、H航空隊はテントで会議に出かけている隊長以外は全員が待機している。

 テントといってもクラックゥの発生させる瘴気が基地まで到達したときのために入り口を閉めれば完全気密、フィルター付きの換気扇が装備されているのでけっこうがっちりとした造りのものであるが。

 ただし、野戦用のものなので、冷房なんて気のきいたものなどあるはずもなく、気密性の高いため風通しは最悪、入り口はフルオープン、換気扇も回した状態でも熱がこもってむし暑い。

 滝本が温度計を見ると気温は41度、湿度もかなり高い。

「むにゅぅ…」

「どうしたんだーシロ?」

 滝本が首にかけたタオルで汗をぬぐっていると、滝本と机を挟んで向かい側の席で銃を整備している青年が整備の手を止めて聞いてきた。

「いや暑くてたまらないんで…日出少尉。」

「いや少尉はいらないからー。『ミケ』でいいからな~。」

 そう言って青年は滝本に笑いかける。

 彼は2番機のガンナーを務める日出ミタケ少尉。今年に士官学校を出たばかりらしい。

 そして、やたらと銃が好きでテントには何丁もの銃がおいてある。

「ミケー、銃ばかり整備してないで乗機も整備したらどうだー。」

 すると、テントの入り口からやや間延びした声が響いた。

 テントの入り口にはその声の主の油まみれのツナギを着た少女が立っていた。

 彼女は3番機のガンナーを務める五日市アキガワ少尉。

「あれ…五日市少尉ですか…何か忘れましたか?」

「おうよー。ネジがたりなくてなー。あと、『アキ』でいいぞー。」

 そういってテントの入り口の脇の部品箱から彼女はネジを数本取りだし、テントから出ていく。

「はぁ…パラシュート降下したいなぁ…」

 滝本の隣に座っている鳩ノ巣カワイ大尉がため息をつく。

 彼は部隊の2番機の操縦手を務め、変人が多いH航空隊の貴重な常識人である。趣味はパラシュート降下でいつも「パラシュート降下したい…」と呟いていても隊の貴重な常識人だ。パラシュート降下したいんだったらお前空挺部隊に行けよ。

 鳩ノ巣の向かいの席に座っているのは奥多摩オウメ中尉。3番機の操縦を担当している。

「パラシュート降下といえばはちじょん島で瘴気が発生して全員避難になったね。」

 その奥多摩が微妙に…というかかなりずれた発言をする。パラシュート降下とはちじょん島になんの関係もない。

「ウメ、はちじょん島やなくて八丈島やな…それ。」

 すると、隊長の本仁田カワノリ少佐が2束の書類を持ってテントに入ってきた。

「ほい、作戦…というか偵察命令が出たぞ。強行偵察だ。行くのはクモとシロ、詳細はこの紙の通りだ。」

 本仁田はテントの一番奥の席に座ると、曇取と滝本に書類の束を1束づつ投げてきた。

「え!!強行偵察!!」

「うげ…」

 テントの隅でザキヤマパンの華麗パン(カレーパン)を食べていた曇取が目を輝かせ、滝本が死んだ魚の目をした。

 滝本と曇取がそれぞれ命令書を読み始める。

「なになに…おお!!瘴気下に建造されたクラックゥの中型基地(航空運用可能の可能性あり)に単機で強行偵察!!萌える!!このシチュエーション!!」

「死亡フラグ立てといたほうがいいかな…」

 (というかこのシチュエーションで萌えるって…)

 滝本は操縦手の常人の理解を越えた萌えにげんなりしながら手を上げた。

「シロ、どうした?」

「|空軍(航空戦闘部)の|40式(40式局地防衛戦闘機)にやらせたほうがいいんじゃ?あれなら主翼が半分吹っ飛んでも帰投できますし。」

「いや、八丈島で瘴気が発生した影響で警戒レベルが1上がって3になっとる。それに目標拠点は対空兵器を針ネズミのごとく装備している上、山間部にあるからそうもいかないらしい。」

 本仁田は肩をすくめて滝本の淡い望みを打ち砕いた。

 ちなみに、40式とは、坂東帝国軍航空戦闘部や扶桑が装備する40式局地防衛戦闘機「雷電」のことで、最高速度こそマッハを越えないものの、低空での良好な運動性、8トン近い兵器ペイロード、強力な30ミリ7砲身機関砲の装備、非常に優れた生産性と整備性、片方の主翼、エンジン、尾翼を喪失しても飛行可能な例をみない生存性を備える機体だ。

「じゃあなんで単機なんですか?」

「クラックゥのビームを至近距離から放たれてもよけられる腕があるのがクモだけだからだ。」

「そうなんですか…」

 意外すぎてポカンとしてしまう。

 すると鳩ノ巣は肩をすくめ、口を開いた。

「おいおいシロ、まさか俺たち全員がクモのような腕があると思ってたか?ここ10日のあいつのスコアだけですでに俺たちのスコアを越えてるんだぞ。」

「というか第47師団の痛い彗星のイタツのスコアに迫っているからな~」

「イタツじゃなくてイタリな。」

 奥多摩の微妙に間違った発言にいつのまにか戻ってきた五日市が苦笑しながら訂正を入れる。

「シロ!!休んでいるひまはないぞ!!さあ出撃だ!!」

「了解……」

 曇取が華麗パンを食べきり、出撃するためにテントを出ていく。

 滝本は苦笑しながらそれについていく。

「あいつもかなり毒されてるな…というかブリフィーング前に出るなよ……」

 その後ろ姿を見ながら本仁田がぽつりとつぶやいた。



* * *



 バババババババババババババ…

 上には青く透き通った空。

 足元には、旧北茨城市役所の建物を使った北茨城前線基地の建物とその周りに広がるテント街。

 テントとテントの間には整備中の38式戦車や坂東5式戦車++++がハッチを開けていたりエンジンをはずしたりしている。

 さらに、扶桑40式対戦車砲が北に砲口を向け、S75地対空ミサイルがいつでも発射可能な状態で待機している。

「シロ、|扶桑39式有線対地誘導弾TOW-C(クラックゥ対応型TOW)の使い方は分かったか?」

「はい。にしてもなんで有線誘導のTOW-Cなんですか?ファイヤ・アンド・フォゲット機能のついたミサイルでもいいんじゃ?」

「瘴気下の拠点だからな…電波妨害のせいで誘導系の兵器が使えんの」

「あぁ…」

 曇取の言葉に滝本が肩を落とす。

 クラックゥの瘴気に覆われた地域――正確にはクラックゥの制圧下の地域、いわゆる“瘴気の雲”に覆われた地域ではかなり強力な電波障害が常に発生していて、レーダーやデータリンクなどの通信機器は全く使えないのだ。

 もちろん、指令誘導や無線誘導のミサイルも使えない。

 自律誘導ミサイルもかなり命中率が下がる。もともとあまり命中しないが。

 (はぁい、誘導兵器は使えませんよ。オーストラリアじゃ退学ですよ…)

 「坂東☆ハイスクール」というアニメの主人公の担任の英語教師の口真似を心のなかでしながら滝本はこっそりため息をつく。ちなみに、「坂東☆ハイスクール」は「坂東☆カーニバル☆ハイスクール」という2期も製作、放映されている。略称は「坂カニ」だ。

 (この10日で変態機動に耐えることとこっそりため息をつくことには慣れたな…)

 滝本は「|秋葉原(聖地)行きたい……」など関係ないことを考えつつ、自分のある意味不幸な状態に思いを馳せていた。

「シロ、匍匐飛行に移ったぞ。まだデータリンクとミリ波レーダーとかも生きてるが念のため周囲警戒を肉眼で行っとけ。命令を復唱」

「了解。周囲警戒を肉眼で行う」

 その思考を遮るように出された曇取の命令を受けて滝本は周囲を見回し始める。

 (えっと…あれは…38式戦車と5式戦車+++と…T-72bisだから…東北軍のか)

 ――何もない地域を4台の戦車が走っている以外は動くものはない。

 ――生き物の影もない。

 ――完全な、死の世界。

 この辺りは瘴気が風向き次第では流れてくるため、植物もすぐに枯れてしまうのだ。

「あの…曇取少尉、クラックゥは見当たりません。」

「そう。あとクモでいいわ。敬語もいらない。ここだと階級なんて関係ない。」

「じゃあ…クモ、クラックゥは見当たらない。休みなんだろうか?」

「かもね。たまにあるわ。ここ10日の攻勢が激しかったからその反動でしょう。」

 (そんなものなのだろうか…)

 滝本は後席の曇取の言葉に不安を覚えながらレバーを握っていない左手で護身用のG3Cのハンドガードに触れる。

 G3Cはドイツのヘッケルコッホ社製のアサルトライフルG3A3のコンパクトモデルで、Vz61スコーピオンのような折り畳み式ストックを装備、銃身を切り詰めたタイプだ。

 もともとは特殊部隊向けのアサルト・カービンだったのだが、クラックゥが出撃した後は7.62ミリの長射程を活かしてヘリの搭乗員や戦車兵の護身用武装となっている。

「立ち上がれ風に乗って気高く舞え天命(さだめ)を受けた戦士よ。千の覚悟身にまとい、君よ、雄々しく羽ばたけ~。闇の時代を告げる鐘が、遠く鳴り響く。戦う友よ今君は死も恐れず。瓦礫の山を越えて、沈む夕日は紅~」

「どいしたんですか?」

「いや、単に気分で。」

 曇取がなにやら突然唄を歌いだし、滝本が怪訝な顔をする。

「よし、お前もなにか歌え。」

「え~」

「私は歌ったぞ。」

「わかりましたよ。」

 そういって滝本はいったん息を吸い込み、観念して歌を歌いだした。

「チョークの先が字を書く。その先端に集中する視線。その時笑いが起こる~」

 「坂東☆カーニバル☆ハイスクール」のエンディングテーマ、「over chalk」を滝本は歌いだす。

 その歌を聞きながら曇取はヘリを低空飛行さす続ける。

 瘴気の雲の電波障害域に入るまで順調に行けばあと2分。


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