「日本列島暦1155年8月7日、茨城戦線II」
* * *
「そろそろだ。兵装選択の方法は分かったな。」
「はい、一応」
後席の曇取の言葉に滝本はコックピットの液晶の表示を神経質に何度も確認しながらうなずく。
「敵位置を報告せよ」
「敵、正面、距離、8500」
「その通りだ」
「(わかっているならなぜに聞くし…)」
液晶の下にある緊急時用の機械式の計器の針が揺れ動くのを見ながら滝本は小さくつぶやく。
「む、どうしたか?」
「いえ、特に。」
すると、そのつぶやきを通信機が拾ったのか、後席の曇取が聞いてきたのに対して、滝本は首を振りながら答える。
(どうしてこうなった…)
液晶に表示されている周囲の状況と、HUDに表示される高度や兵装、速度を交互に見ながら滝本はこっそりため息をついた。
もともと手先は器用でフィギュアやプラモデルの既製品を改造したり自作したりをしてきた。
で、大学を出たのはいいが職も見つからないため手先の器用さを活用できる(あと、戦闘要員ではないので死ぬ確率も低いであろう)整備兵に志願したのだが…
「結果、こうなったか…」
滝本はそこまで回想してつぶやくと、HUDに表示されているターゲットボックスをながめる。
続いて液晶を確認。
――クラックゥはほぼ正面、距離、7000。
――クラックゥの種類は陸戦型、数は2。
データリンクを介して送られてくる情報ではそうなっている。
「鼻を食いしばって!!」
「はい!?」
曇取の唐突かつ意味不明な指示に滝本が困惑した次の瞬間、唐突にAH-1W改が急に右ロールに入った。
「どわっしょあっひょわうぉーろっく!!」
唐突な機動でかかったGで滝本は胃の中身を危うくコックピットにぶちまけそうになる。
次の瞬間、一瞬前までAH-1W改がいた場所を紅いビームがなぎはらう。
さらに、曇取はサイクリック・ピッチ・スティックとコレクティブ・ピッチ・レバーを大胆に、しかし丁寧に操り、クラックゥから次々と放たれるビームをよけていく。
その状態でさらにクラックゥに接近。
「ロケット弾、発射!!」
曇取の指示に滝本は激しい機動で気を失いそうになりながらもサイクリック・ピッチ・スティックの先端のボタンを押す。
機体の左右のパイロンに取り付けられたハイドラ70ロケット弾ポッドから対クラックゥ誘導機能付きの扶桑47式2号改誘導ロケット弾が放たれる。
「あと5発!!発射して!!」
滝本は三半規管が悲鳴をあげているのを感じながらボタンを5回押す。
5発の誘導ロケット弾が発射され、AH-1W改のレーダーのからのデータに従って真っ直ぐに陸戦型クラックゥに向かっていく。
誘導ロケット弾を発射すると曇取は左ペダルを踏み込む。
ティルトローターの回転数が上がり、AH-1W改の機首の向きが変わる。
曇取はサイクリック・ピッチ・スティックを右に急激に倒す。
AH-1W改は右に宙返りをうち、ビームをよけつづける。
バシュッ!!
ドゥン!!
発射された計6発の誘導ロケット弾は陸戦型クラックゥに到達する前に1発にビームが命中し、クラックゥに到達せずに爆発する。
残りの5発はクラックゥまでの距離が1000メートル以下になると、誘導装置に搭載された対クラックゥ受動レーダーを作動させる。
バシュッ!!バシュッ!!
ドゥン!!ドゥン!!
その段階でさらに2発がビームに撃墜され、クラックゥに命中する寸前で爆発する。
その隙に残った3発がクラックゥに命中。
3発の誘導ロケット弾はクラックゥにその本体を完全にめり込ませたところで信管を作動させ、爆発。
クラックゥが内部から爆発し、弱点であるコアが破壊されて空気に溶けるように崩壊していく。
「6発発射!!」
それを確認するより早く曇取は液晶を操作してもう1台の陸戦型クラックゥをロックオンし、滝本に指示を出す。
滝本はもはやなにがなんだかわからない状態でボタンを6回押し、誘導ロケット弾を発射する。
バシュッ!!
ドゥン!!
「ちっ…」
が、6発が発射されると同時にビームに迎撃され、6発がAH-1W改の至近距離で爆発する。
(…やはりミサイルは途中で迎撃されるか。)
曇取はビームを回避しながら機銃でクラックゥを撃破するために接近していく。
同時に、ビームをよけるための激しい機動をやめ、地表ぎりぎりまで高度を下げ、サイクリック・ピッチ・スティックを左右に小刻みに倒し、ヘリを左右に蛇行させることでビームをよけていく。
クラックゥは超低空を高速で動く物体にはビームを当てるのは苦手だ。
が、AH-1W改のレーダーはそこまでの低空になるとロックオンできないことがあるのであえてやや高めの高度にしたのである。
「大丈夫か?」
「はい。頭がくらくらしますが…」
曇取が前席の滝本にたずねると、滝本はややげんなりとした声で答えた。
「よし、クラックゥにさらに接近したら機銃で攻撃する」
「ほえ!?」
滝本は思わず自分の耳を疑った。
――クラックゥとの戦闘はなるべく遠距離からの攻撃に徹するべし。
それが通常兵器対クラックゥの戦闘のセオリーのはずだ。
「このヘリ、ビームの直撃に耐えられますか!?」
「耐えられない。だが、当たらなければどうということはない。|ハッド(HUD)の射撃照準とターゲットボックスが重なったらボタンを押せ。ほら、休んでる暇はないぞ!!射撃用意!!」
そう言うと、曇取はサイクリック・ピッチ・スティックを左右に小刻みに揺らすのをやめ、代わりに左ペダルの踏み込みを調整して陸戦型クラックゥに機首を向けたままクラックゥを中心として旋回させる。
第2次世界大戦時のドイツ・第3帝国のIV号戦車J型に昆虫の脚を10本ほど生やさせたような陸戦型クラックゥは車体上部の砲塔のようなものを回転させ、ビームをヘリに向かって放ってくるが、曇取の操縦で全く当たらない。
「ほら!!射撃!!」
滝本がその機動と、クラックゥのビームが全く当たらないという状態に驚いていると、後席の曇取から指示が飛んだ。
「あ!!はい!!」
滝本があわててトリガーを引くと、機首の坂東51式20ミリ3砲身超電磁機関砲が20ミリ対クラックゥ炸裂電磁弾を次々と発射する。
HUDに表示された残弾数が減っていく。
砲塔のようなものを回転させて、AH-1W改の方にビームを撃ち続けていた陸戦型クラックゥが唐突に動きを止める。
本体が白く輝き、空気に溶けていくように崩壊していく。
「よし、撃破だ」
曇取がクラックゥが撃破されたことを確認する。
「は、はぁ…」
滝本は安堵のため息をつく。
「…ん?」
滝本はレバーから手を離そうとして怪訝な顔になった。
手がレバーから離れない。
滝本があわててレバーを握っている右手を見ると、指がレバーに張りつき、白く変色している。
あまりの緊張でレバーを強く握りすぎたらしい。
「…うん?これは…?」
左手でレバーに張りついた指をレバーからはがしていると、滝本の耳に後席の曇取の怪訝な声が飛び込んできた。
「どうしたんですか?」
「む…戦闘機型と対地攻撃型が6機ほど接近してきてる…抜かれるな。これは」
「航空隊に支援を要請したらいいのでは?」
「だめだな…|ファイターズ隊(日本連合軍第104歩兵団「マツドファイターズ」)は制空任務中だし…|第19連隊(坂東帝国軍航空戦闘部第117師団第19分隊)とかは別なところのクラックゥを迎撃に行ってる。」
「ど、どうするんですか!?」
完全に打つ手なしの状態を淡々と述べる曇取に滝本は半ば涙目になりながら叫んだ。
「叫ばんでも十分聞こえるから叫ぶな…簡単だよ、迎撃するよ」
「ほえ!?」
曇取の言葉に滝本は自分の耳を思わず疑った。
「大丈夫だ、誘導ロケット弾を撃ち込むだけだ」
「いやヘリって…こんな装備で大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ問題ない。ほら、相手が誘導ロケット弾の射程に入るぞ。ロックオンできたらすぐに撃て」
「了解…」
(大丈夫なのか…)
素人の滝本にも明らかに無茶であることがわかるようなレベルの無茶を平然と言っている曇取に半ば戦慄しながら滝本は使用兵装を機関砲からロケット弾に変更する。
その間に曇取はコレクティヴ・ピッチ・レバーを操作してブレードの迎え角を大きくし、機体を上昇させる。
滝本の正面のHUDにターゲットボックスが表示される。
1機にロックオン。
滝本はボタンを押し、誘導ロケット弾を発射する。
その直後、紅い光がまたたき、ビームが襲いかかる。
その直前に、左ロールをうって、AH-1W改はビームをよける。
「かまわん!!全弾発射しろ!!」
宙返り、ロール、バレル・ロールなどの機動でビームをよけながら曇取は滝本に指示を出す。
滝本なはその声がどこか遠いところから聞こえてくるように感じられた。
しかし、反射的に発射ボタンにかかった指に力が入る。
誘導ロケット弾が発射されるが、ビームが命中し、クラックゥに到達することなく爆発する。
「全弾発射しろ!!」
「待って下さい!!もっと引き付けて!!」
曇取が叫ぶと、滝本が叫びかえしてきた。
(…よし)
曇取は心のなかでほくそ笑む。
――やっぱり、ガンナーは度胸のある奴じゃなきゃあ。
曇取の心中のつぶやきなど知らない滝本は思わずレバーを握る手に力を入れる。
――ミサイルはなるべく短距離から撃つべし。これは賭けになるが、機動歩兵とペアを組んだときや、ビームを回避できるパイロットが操縦しているときは十分に成功が見込める。
滝本の脳裏に、中学校の頃の防護教練の軍曹の言葉が浮かぶ。
ちなみに、防護教練とは、クラックゥから身を守るための授業で、ガスマスクのつけかたや、クラックゥからの逃げかたを教える授業(実習もある)で、坂東をはじめとする日本列島の各国で行われている。
ビームが飛んでこない距離まで近づくまで10秒。
滝本にはその間のビームをよけつづける時間が永遠に感じられた。
クラックゥの実弾兵器が紅い光跡を引いて飛んでくる。
画面にいくつかの赤い文字が表示され、ヘリが被弾したことを告げる。
さすがに全部よけるのはできないようだ。それでもエンジンや武装、ブレードといった重要な部分への被弾はない。
そして、十分な距離にクラックゥが迫る。
約30度の後退角のついた主翼を持つ複葉機のような戦闘機型クラックゥ。
45度近い前進角のついた三対の主翼を持ち、エンテ翼の形式の三葉機のような対地攻撃型クラックゥ。
それらがいまにもお互いにぶつかりそうなデルタ編隊で迫ってくる。
全く撃たないこちらを脅威とみていないのか、対地攻撃型が下部の実弾兵器の発射装置から実弾兵器を発射してくるだけで、戦闘機型はアクロバットさながらのデルタ編隊を維持したままだ。
滝本の右手の親指がボタンを押す。
誘導ロケット弾、全弾発射。
63発のロケット弾がクラックゥに向かってマッハ2で飛翔する。
そのうち17発はクラックゥの実弾兵器に迎撃され、空中で爆発する。
5発は誘導装置に異常が発生したのか、クラックゥがいない場所に飛んでいき、虚空でむなしく爆発する。
しかし、残りの41発はクラックゥに命中した。
3機の対地攻撃型クラックゥは空気に溶けていくように崩壊していく。
しかし、残った3機の戦闘機型は主翼がもげたりしたが、何事もなかったかのように飛んでいった。
「抜かれちゃいましたよ!?」
「気にするな、攻撃ヘリはもともと対地攻撃に特化した機種で対空戦闘は本業じゃない。それに、戦闘機型だけなら基地の防空隊がなんとかするさ」
この世の終わりのような悲痛な声で叫ぶ滝本に、雲取は事も無げに飄々と答える。
「でも……これでは基地が!!」
「問題ないって。これなら対空ミソでも迎撃できるって」
雲取は滝本の言葉にも動じず、飄々とした口調のままだ。
「そんなもんですか……?」
そこまで言われると、滝本も引き下がらずにはいられない。
「こちらトール4。帰投する。」
首を傾げている滝本をよそに曇取が宣言し、針路を前線基地へと向ける。
そして、滝本に命令した。
「なぁ、おまえ…私とペアを組め。」
* * *
《総員、対空戦闘用意、総員、対空戦闘用意》
北茨城前線基地にその放送が流れた直後、基地の上空に3機の戦闘機型クラックゥが現れた。
間髪を入れず、|S-75対空ミサイル(SA-2ガイドライン)が基地のあちこちから発射される。
ピックアップトラックの荷台に乗せられたレーダーが|UHF(極超短波)でそのミサイルを誘導する。
戦闘機型クラックゥは素早くブレイクし、ミサイルを回避し始める。
さらに、回避しきれないものはビームで撃墜していく。
第1波で発射されたミサイルすべてが撃墜、またはクラックゥの機動に追随できずに墜落した。
直後、基地のあちこちに止められた武装トラックの荷台に積まれた4連装発射器から坂東37式2号改150ミリロケット弾が発射される。
戦闘機型はそれを難なく避ける。
しかし、戦闘機型がロケット弾をよけた直後、
6両の坂東40式自走高射機関砲が火を噴いた。
12門の35ミリ機関砲が弾幕を張り、さらに基地に詰めていた兵が坂東44式ロケットランチャーや扶桑45式ロケットランチャーを撃つ。
回避不可能な弾幕にさらされ、戦闘機型の装甲がはがれる。
コアが露出。
コアに被弾。
コアが崩壊。
コアが崩壊した戦闘機型は光りながら空気に溶けていく。
その光の破片は雪のように基地に降り注いでいった。