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ヒダカアローズ陸軍雷神録  作者: 快速ナイトネリウム53号
mission.1「日本列島暦1155年8月7日、茨城戦線」
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「日本列島暦1155年8月7日、茨城戦線I」

 時は日本列島暦1155年、魔法少女が存在する世界。

 魔法少女といってもアニメで出てくるような剣や弓を使い、個人単位で戦うものではない。

 現代の魔法少女は、軍隊に所属し、機関銃やアンチ・マテリアル・ライフル、ロケットランチャーを使って戦う。

 彼女らが戦う相手は、“クラックゥ”。

 20年前、日本列島暦1135年2月1日に扶桑国新潟県に出現した、あらゆる生物を殺すガス、“瘴気”を吐き出し、ビームを放つ人類の敵。

 現在、クラックゥとまともにやりあえるのは彼女ら――空で戦う航空機動歩兵、陸上で戦う陸上機動歩兵。

 彼女らは航空兵器“飛行鞄”、陸戦兵器“走行椅子”を媒介として自らの体から生み出される特殊エネルギー、“魔力”で戦う。

 いわゆる通常兵器、戦闘機や戦車、軍艦もかなりの進化を遂げたが、やはり彼女らのアシストがメインだ。

 だが、何事にも例外はある。

 これは、その例外の物語。



* * *



 ガタガタガタガタ…

 線路と平行して走る道路を荷台に人を1人とトランクを1つ載せた軽トラックが砂塵を巻き上げながら走っていく。

 一見するとどこかの田舎の光景のようだがそうではない。

 道路の左右にあるのは田んぼや畑ではなく、荒涼とした草原でところどころに崩れかかった住宅や錆びた鉄条網、朽ち果てて崩れた電信柱、錆びた戦車の残骸がある。

 ここは坂東帝国茨城県の県庁所在地、水戸市から北に約50キロ行った場所、地図に落としこめばわかるだろうが現在、坂東帝国軍が東北のクラックゥに対する防衛線の前線拠点の1つとしている北茨城前線基地からだいたい南に3キロ弱の場所だ。

 現在、北茨城前線基地から南に10キロの区域は基本的に民間人が立ち入るのは禁止されている。

 つまり、軽トラックの荷台に乗っている人間は民間人ではないということだ。

 ガタン!!

 軽トラックが路上の石のところで大きくはねる。

「どわっ!!」

 そのひょうしにトランクごとはねとばされそうになり、荷台に乗った青年があわてて軽トラックの荷台のふちにつかまる。

「いかん、危ない危ない」

 そう言って青年は帽子をかぶり直す。

 この青年の名前は滝本 シロマル。階級は一等兵だ。

「はぁ…暑い…」

 滝本ははねとばされないように荷台のふちを右手でつかみながらため息をついた。

 とにかく暑いのである。

 くどいようだが日射しをさえぎるものがないからとにかく暑い。

 気温は35度だが彼にとってはもっと暑く感じられるはずだ。

 すでに彼の額には玉のような汗がびっしりついている。

 滝本が悪路に翻弄されながらも水分と塩分をこまめに補給していなかったら熱中症確定である。

 ――帽子をかぶっておくべきだった。

 滝本は強い陽射しにじりじりと焼かれるような感覚を覚えながら密かに後悔した。

「おい、もうすぐ到着すんぞ。」

「あ、はい。」

 軽トラックを運転している兵長から到着が近いことを告げられ、滝本はあわてて制服を正す。

 すぐに軽トラックは濃い緑のテントが並んだ難民キャンプのような場所のなかでひときわ開けた場所に入り、乱暴に止まった。

「ありがとうございます。」

トランクを持って軽トラックから降り、滝本は運転席の新兵に深々とお辞儀をした。

「おう、頑張れよ新兵。ところで、お前どこに配属だ?」

「えっと…第41師団B中隊の整備班です。」

「ああ、あの立川中尉のところか…まぁ、頑張れよ。」

「ありがとうございます!!」

 階級が上にも関わらずここまで車を運転してくれた上に応援してくれた兵長に再び深々とお辞儀をして、滝本はテント街に向かって歩き出す。

 その後ろ姿がテントのなかに消えるまで見送ってから兵長はぽつりと呟く。

「新兵か…まぁ、整備ならすぐには死なんだろう。」

 それだけ呟くと、兵長は車のギアを入れ、昨日の戦闘での戦死者の遺体を荷台に積んで後方に送るために遺体安置所に向かった。


「えっと…B中隊の格納庫はここのはずなんだよな…」

 そのころ、滝本はテント街のなかで迷っていた。

 北茨城前線基地は坂東帝国軍だけでなく、自由東北政府の東北合衆国解放軍(自由東北軍とも呼ぶ)や東北解放義勇軍の部隊も駐屯しているため、かなり複雑に入り組んでいる。

 しかも、それらが同時に駐屯し始めたのではなく、坂東帝国軍の急造拠点が徐々に大きくなっていったためにこっちには坂東帝国軍の居住テント、あっちには東北解放義勇軍の整備テント、むこうには東北合衆国解放軍の部品倉庫があるといった感じにかなり無秩序にテントが建ち並んでいる。

 しかも、それらを構成しているテントは全て同じタイプである。

 テント街じたいはたいした広さもなく、戦車などを走らせる関係で通路はそれなりに広い。そのため、この基地の人間ならたいがい迷わずに行きたい場所へ向かえるが、初めて来た新兵にそれを要求するのはさすがに酷な話である。新兵が配属される7月には急にあちこちで道に迷った人間が出現するくらいの複雑さである。

 (…さっきの広場まで引き返すか。)

 そんなことは全く知らない滝本は格納庫を探すのをいったん諦め、軽トラックから降りた広場に戻ろうと滝本は踵を返す。

「ここだよな…」

 すぐに滝本は広場に出た。

 だが、完全に道に迷った彼が出たのは軽トラックから下ろされた広場とは別な広場だった。

「えっと…B中隊の格納庫は…っとこっちか?」

 ジリリリリリリン!!

 滝本がおぼろげな記憶を頼りに再びテント街に入ろうとしたとき、突然ベルが鳴った。

《敵襲!!敵襲!!基地北方にクラックゥ!!各部隊は迎撃態勢に移行!!非戦闘員は防空壕に退避!!》

「うわっ!!いきなり!!」

 近くのスピーカーから大音量で放送が流れ、滝本はひっくり返らんばかりにおどろいた。

「おんどれ!!邪魔じゃ!!どかんかい!!」

 それと同時に滝本が立っていたところのすぐ後ろのテントの入り口が開き、中から陸上戦闘部の飛行服を着た士官が飛び出してきた。

「カワ、ウメ!!出撃準備だ!!」

「了解!!」

「さーいえすさー!!」

 後ずさりしようとしてしりもちをついた滝本の前を数人の士官が駆けていく。

「あ、クモは出れんけぇ、防空壕に退避じゃ」

「ちょ、待ってください!!私も出ます!!」

「おみゃあ、前席がおらんじゃろ、じゃけん、規則で禁止されとるから飛べんわい!!」

「うぐ…」

 腰が抜けたままの滝本の前でクモと呼ばれた女性の士官は悔しそうに唇をかんだ。

 どうやら、戦闘ヘリの乗員なのだが何らかの原因で前席がいなくてそのために飛べないようだ。

「む?おまえ…」滝本がいることに初めて気がついたらしい女性士官は、

「どこの所属だ?あと名前と階級は?」

腰が抜けたまま立ち上がれない状態の滝本に聞いてきた。

「あ、はい、坂東帝国軍陸上戦闘部第41師団B中隊整備班所属滝本シロマル一等兵であります」

「立川中尉の部隊か…よし、お前、前席に乗れ」

「え…でも……ヘリの操縦の訓練なんて受けたことないですよ」

 女性士官の突然の命令に滝本はただ戸惑うしかない。

「ごちゃごちゃ言っとらんで乗れ!大丈夫だ、操縦は私がやるけぇ、お前はボタン押して射撃すればいいんじゃ!!」

「は…はぁ…」

「ほら、行くぞ!!」

 女性士官は滝本の首根っこをつかむと、猛烈な勢いで引っ張っていく。

 女性士官はそのままの状態で広場を突っ切り、攻撃ヘリの前で各部を目視で確認している士官の前で立ち止まり、敬礼をした。

「少佐、前席に乗せる人間を見つけました!!」

「ふぎゅ……」

「おし、じゃあ雷撃改の準備をせい。はよ行かんと戦車が苦労するけんの。」

 女性士官に敬礼をされた士官は慌てて立ち上がる滝本を一瞥すると、近くにいた整備員になにやら耳打ちをした。

「了解!!…ぁ、自己紹介を忘れてたな」

 女性士官は士官に敬礼をすると、滝本のほうに向き直り、

「私は坂東帝国軍陸上戦闘部第41師団H航空隊所属、曇取 クマガワ。階級は少尉」

と、簡単な自己紹介をした。

「は、はぁ…」

 一方、滝本のほうは状況についていけずただただ目を白黒させるしかない。

 滝本が目を白黒させている間に近くの格納用テントから1機のヘリが引き出された。

 極端なまでに細い胴体、縦列複座のコックピット、コックピットの下に取りつけられた左右に回転する多砲身機関砲、胴体から半分飛び出した2機のエンジン、胴体の左右のパイロン、ローターの上に取りつけられた対クラックゥ用受動レーダーとミリ波レーダーが収められたレドーム。

 坂東帝国軍陸上戦闘部制式の森林迷彩塗装の40式攻撃ヘリ乙、「雷撃改」だ。

 AH-1W「スーパーコブラ」のエンジンを換装し、ローターもより高性能な4枚ブレード・無関節ローターに変更、ミリ波レーダーと対クラックゥ用の受動レーダー、データリンクのための大容量通信装置を搭載し、コックピットもグラスコックピットを導入、「ハイパーコブラ・ロングボウ」という愛称がある。

 その雷撃改の横で同軸反転ローターのKa-50が激しいエンジン音とともに離陸していく。

 さらに38式攻撃ヘリ「仙撃改」(AH-64A改)、48式攻撃ヘリ「龍撃」も離陸していく。

 唐突に滝本の頭にヘルメットがかぶせられた。

「ほい、ぼけっとしとらんで離陸するぞ!!」

 曇取にかぶせられたヘルメットから曇取の声が響いた。

 曇取は完全に話の流れについていけてない状態の滝本を放置して機体各部を目視で確認する。

「燃料は満タン、離陸可能です。」

 整備員が燃料補給が終わったことを曇取に告げる。

「ほら、乗り込みい!!」

 滝本は曇取にせかされ、慌ててAH-1Wのコックピットに乗り込む。

 曇取は最後に19発入りの70ミリロケット弾ポッドが4つ装備されていることを確かめてから乗り込む。

 曇取はコックピットに乗り込むとまずモニターに表示されている各計器の数値を確認する。

 ――エンジン、問題なし。

 ――油圧、問題なし。

 続いて、サイクリック・ピッチ・スティック(飛行機の操縦桿に相当する)を中立、コレクティブ・ピッチ・レバーを押し込み、ローター・ブレードのピッチ角を最小に設定。

 液晶を確認。

 ――ピッチ角最小。

 ローター・ブレーキ・レバーを引いてローター・ブレーキ解除。

 エンジンを起動させる。

 ローターが回転し始める。

 ――燃料供給、問題なし。

 ――潤滑油温度、問題なし。

 ――タービン温度、問題なし。

 液晶にタッチし、各機能を起動させる。

 ――対クラックゥ受動レーダー、作動。

 ――ミリ波レーダー、作動。

 ――データリンク、接続。

 ローターの上のレドームが分速3回転の速度で回転し始める。

 曇取は整備員に向かってうなずき、異常なしを伝える。

 整備兵は親指を立てながらヘリから離れていく。

「離陸!!」

 整備員が離れたのを確認し、コレクティブ・ピッチ・レバーの先端のスロットル・グリップを外側に回し、エンジン出力を最大にする。

 燃料補給、潤滑油温度、タービン温度に問題がないことを確かめ、コレクティブ・ピッチ・レバーをゆっくりと引く。同時に、左ペダルを踏み込み、機体が回転するのを防ぐ。

 ブレードのピッチが増し、機体が浮き上がる。

 地面から1メートルのところでホバリング。

 サイクリック・ピッチ・スティックを僅かに前に傾ける。

 前進速度がつくと、サイクリック・ピッチ・スティックを引き、機首を上げ、上昇に移る。

 左ペダルの踏み込みを緩める。

 ――離陸完了。

 下草程度しか生えていない荒野に出る。

「トール4、離陸完了。」

「こちらトール1だ。M(マイク)12を攻撃せよ。」

「了解。」

 隊長の指示に曇取はコックピットの液晶に表示された周囲の状況を確認する。

 M12はここから北北東に10キロの位置、改陸戦型クラックゥ2台。データリンクを介して戦車部隊から情報が送られてきている。

「ほええ…」

 曇取が液晶に表示されている情報を素早く確認しているのに対し、滝本は戦慄していた。

 モニターに表示されている敵は少なくとも80はある。

 さっきの無線を聞くかぎり、マイク12という敵を倒しにいくようだ。

 整備兵を志願したのになぜか攻撃ヘリに乗ることになってしまった。

 滝本の困惑をよそに、ヘリは全速力で北北東へ向かっていく。


ヒダカアローズで谷田が奮闘していたころ、坂東帝国の茨城戦線での物語です。


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