ああ無常
逃げちゃったし、悪いから何か甘い物買っていくかなー、なんていう安直な考えで不二家に行ってケーキを買っていた自分が馬鹿だった。残金が百円以下という状態に陥ったのだ。今日発売の新譜どうするんだよ!なんて思った自分も自分だ。銭を失って最初に思いつくのがCDとはな。まぁ、その前にこのケーキを部室に置きに行こう。他のことはそれからだ。
「あら、斉藤先輩も小野宮先輩もいない…また放置プレイかよ…」
同じ日に何個も殺人事件があるってのはどうもいけ好かない街だよな、なんて思ったら某お嬢様の目は節穴ですかミステリーの作者が描いたいかがわしい街には負ける。第一事件数で勝敗決めてる街ってどんな街だ。自分だって既に一件殺人事件を今日見ているわけだし、先輩たちを合わせてこのサークルだけで何件一日に見ればいいんだろう。僕はケーキを冷蔵庫に入れてそう考えた。便箋と共に。
「先輩方。ケーキです。十個入ってます。賞味期限は三日後までなのでお早めに!ウミノ」
そして“嵐”は前触れも無くやってくる。
「ねぇ、青春って何だと思う?」
全く今まで聴いたことの無かった甘い女の声が窓の外から聞こえた。小野宮先輩でも亡くなった戦野原先輩でも捕まった本田先輩でもない、しかもここは三階だ、地面の人間の声が届くはずが無い―要するにこの声は三階の窓の外で僕に向かって吐かれたことになる?
「にゃはは」
猫のような笑い声を立てた“それ”は窓を自らの手でこじ開けたようだ。そこは閉まっていたはずだ、永久的にあかないはずの開かずの戸だったのだから。
「愚かだ、愚かだ、愚かだ、愚かだ」
「何が愚かだ、お前こそが愚民だ、青春ってのは文字通り青い春だとでも思ってろ!」
僕は“それ”を直視できない。それは“それ”が現れたときの僕の常だ。“それ”アレルギーとでも言ってみよう。
「捕物帳には必要だろう?この文芸部きっての戯作者、“花廼屋くりす”がさ!」
「事件が起きたんだろう?分かってるんだよ、それくらい」
「しかも結城さんじゃ意味も無さない、難解なミステリーがね」
事件を要約するとこうだ。
花廼屋くりすの双子の妹であるめぐるちゃん、彼女は彼女で二重探偵と名乗っているらしいが、彼女が突然授業中に「トイレに行ってきます!」と行ったきり学校から消えたというのだ。どこが難解なミステリーだ。マトモなものだと思っていた僕が馬鹿だった。
「学校を早退したとかは?」
「めぐるんに限ってありえない」
さて、一年四組に在籍するめぐるからいちばん近いトイレはどこだろうか。学校内には五つしかトイレは存在しない(一年一つ、二年一つ、三年一つ、部室棟一つ、教師用一つ)。普通に考えて使用したのは一年生の女子トイレだが。
「いなかったー!」
二年生のトイレは洋式って聞いたけど。
「いなかったー!」
三年生のは?使ったら怖そうだけど…
「いなかったー!」
念のために他のトイレは?
「いなかったー!」
となると校内の何処かである。一応校内放送でめぐるさん出てきてねーと流したが三十分待っても出てこない。「緊急事態だよ!」そんなことを叫んだくりすが全力を挙げて校舎を走り回ったけれどめぐるの姿は現れなかった。
さて、見落としは無かっただろうか。まだ探していないところは。
「きっと、めぐるんは男子グサイところなんていかないよ!」
「今なんていった?」
「男グサイところはめぐるんは絶対行かないって。ぜったい、ぜったいだよ!」
僕はトイレへ入って行く。女子トイレではなく男子トイレの方だ。個室の一番奥が使用中であった。腕時計を確認すると午後四時二十三分。部活中にこのトイレが使われることはまず無いだろう。その個室に僕はノックをした。返事が有る。
「あんたのお姉さんが待ってるよ、早く着替えてでてきな?」
「…ありがとうございます」
結局失踪でも消失でもなくそんな話だ。女子トイレと間違えて男子トイレには行ってしまったが授業中。ずっと出れずに今に至った。ただそれだけ。事件でもなんでもない、日常のこと。
「ねぇ、わたるありがと」
「いや、いいよ。なんでもないし」
「あー!めぐるんを何でもないって言ったー!」
「そういう意味じゃない!」
そんな日常ばかりでもいいんだ。無理に殺人を解かなくてもいい。でもこの街では事件が起こってるんだ。意味も無いことが、非日常が、何回も。
「次はちゃんとした捕物帳、持って来いよ?」
「あいさ。その前にお礼で何か奢ってあげるよ」
「じゃあCDの新譜とケーキ」
「了解。じゃあ不二家行こうか、勿論めぐるんも一緒に」
事件があったら犯人を捕らえる。それが捕物帳。
でも。今日ぐらいは。もう一件あったんだし。
捕物帳をまたやる前に女の子とデートくらいいいだろ?
そう胸に思いながら、僕は不二家にくりすとめぐるちゃん、二人と手を繋いで向かった。
日常モノです。いいじゃないか、「青春におかしなものはつきものだ!」ということで一つ。ウミノでした。