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サークルθの事件簿  作者: サークルθ
小野宮夢遊の推理記録
18/18

夢遊の謎

 こんにちわっ!こちら小野宮夢遊の小説でありますっ。

 いつも更新が遅くなってしまい申し訳ございませんっ。

 感想等ございましたら頂けますと幸いですっ。

 それでは宜しく御願い致しますっ



 たゆたう煙は忽然と散り、後には塵の積もる薄暗い部屋と恐怖に震える少年少女が残された。カーテンから僅かに差し込む光がこの場に僅かな希望を植え付け、少年少女に励ましを与える。

 しかしそんな光の努力も虚しく、少年少女の頬には残酷にも光を無くした涙が流れるのだった。


 誘拐されてから幾何の時が流れただろうか。部屋に掛けられた唯一の時計は壊されていて分からない。私の感では、6時程だろうか。

 しかし昼食を摂らず、ましてや甘い物を口にしていない私の思考力や感覚は大分鈍っているようだった。

 犯人は私が糖分を摂らなくてはやっていけない事を知りながら何も与えないのだから相当な鬼畜だろう。あぁ、死ぬかも知れない。いや、死なないけど。

 私は少し虚ろな瞳で僅かな風で舞う塵を眺めていた。そして何気なく、幼い頃の記憶を思い出すのだった。


 私は甘い物が好きではなかった。

 嫌いと言うことでも無かったが、好き好んで食べようとは決してしなかった。

 キャンディーもチョコレートもクッキーもケーキも。目の前にあったとしても自ら進んで食べることはなかった。対して美味しい物だとも思っていなかった。

 それがある時を境に私は甘い物を欲して止まなくなる。

 それはあの日―――。

 私が幼い頃誘拐された、あの夏の日のことだった。



 ―――9年前 小野宮 夢遊 8歳。



 人々の暑さを掻き立てる、耳障りで止まない蝉の声が鳴り響く。時折相づちを打つように風鈴の音が清々しく鳴り響いては、少しだけ人々の心の中に芽生えた苛立ちを摘み取っていった。

 バリッ―――。

 そんな夏の音が響き渡る部屋にその場にそぐわないような何かが割れる音が響いた。その後には何やら咀嚼しているかのような音が響く。すると暫くしてその部屋の床に横たわり伸びていた少女が言葉を発した。

 「・・・・・・あついよぉーっ。ひまだよぉー」

 そう気怠げに発せられた少女の声はまだ幼いものだった。その声の主もまだ小さく幼い。 そしてそんな少女の手には何故か不似合いなぶっきらぼうなせんべいが握られていた。どうやら先刻の妙な音はこの少女がせんべいを囓った際に生じたものらしい。

 するとそんな少女を見て隣に座っていた少年が声を発した。

 「お前せんべい好きだなー。全く似合わないのに。そんなに美味しいか?」

 少年は不思議そうに尋ねる。しかし少女はその問いかけが不可解だったようで首を傾げながら答えた。 

 「うんっ、おいしーよ?」

 「ふぅーん」

 少年はそんな少女を見て生返事をした。どうやら少年にはいまいち理解出来ないらしい。

 そして少年は近くに置いてあったクッキーを取って口に放り込んだ。

 「それ、おいしい?」

 「おいしいよ?」

 「ふぅーん」

 少女もそんな少年を見て生返事をした。

 現在長い夏休みの真っ直中。少女――小野宮 夢遊こと私は暑さと閑暇に参っていた。夏休みだというのに親が何処にも連れて行ってくれないのだ。せめて市民プールぐらいには連れて行って欲しい。四年生以上にならないと子どもだけでいけないんだよ?

 するとそんな私を見てその内少年が話しかけてきた。

 「夢遊は宿題終わったの?」

 「終わったよぉー。だから暇なんだもん」

 「ほんとに?」

 「ほんとだよぉー、あとは絵日記と毎日の天気書くだけー。でも絵日記に書くこと何にもないんだよぉー」

 「そっかー・・・・・・」

 少年はそう言うと思案顔になった。そしてまたクッキーを口に入れる。

 この少年――劉生 瑞希(りゅうせい みずき)は私の隣に住むお兄さんである。近隣高校に通う高校1年生で、よく私の面倒を見てくれるのだ。時々意地悪だが、基本的には優しくていい人だった。ただ、少々体たらくの怠け者で、男の癖に重度の甘党なのが玉に瑕だが。

 そして例の如く、今日も両親が仕事に行ってしまっているため私は瑞希の家にいた。しかしやることが無く暇を持て余しているわけである。あぁ、あつい。ひまだぁ。

 するとそんな時瑞希があることを提案した。 

 「じゃあ、プールでも行く?そこの市民プールでも。きっと込んでるけどなー」

 「行くっ!」

 私はそんな瑞希の提案に直ぐさま賛成した。その返事と同時にむくっと起きあがる。

 「行く行くっ!行こうよぉープールっ!」

 「えぇ!?めんどくさい・・・・・・」

 「瑞希にぃが自分から言い出しだしたんだよぉーっ!?」

 「だって、そこまで行くのが暑いじゃん。外を歩かなくちゃいけないじゃん。暑いじゃん。面倒じゃん」

 「じゃあ提案しなければいいじゃんっ!」

 「えぇー、だってお前が暇そうだったからノリでさー。・・・・・・じゃあコンビニでも行く?アイス食べたい。買ってきてー」

 「行かないよっ!自分で行ってきてよっ!」

 「えー?だって暇なんでしょ?」

 「瑞希にぃも暇じゃんっ!」

 「俺は勉強が・・・・・・」

 「やってなかったでしょー!?」

 「えー、じゃあやる」

 「えぇーっ!?」

 私はそんな瑞希を見てむすっくれた。そしてその後また床に倒れ込むとしょんぼりと悲しそうな表情を浮かべた。

 するとそんな私の表情を見て瑞希が困ったように頭を掻いた。そして呟く。

 「・・・・・・じゃあ、行く?」

 「行くっ!」

 「でもなー・・・・・・」

 「瑞希にぃのばかぁーっ!」



 「ぷーうるーっ、ぷーうるーっ、るーるーるーっ!」

 「・・・・・・そんなにプール楽しみなの?こんなに暑いのに?さっきまであんなに暑いって言ってたのに?」

 「それとこれとは別だもーんっ。それに暑いからプールに入るんでしょ?」

 「まぁ、そうだけど。・・・・・・あぁ、でももう俺無理。暑い。コンビニでアイス食べたい。甘いものないともう生きていけない」

 「もーっ!瑞希にぃはっ!もうプールすぐだよーっ?」

 「プールは逃げない。だから俺は逃げても大丈夫」

 「だめだよぉーっ」

 夏の鋭い日差しが降り注いでは、人々の額から汗がさらさらと流れていく。湿気がじめじめと不愉快に人々の身体に巻き付いては、蝉の鳴き声と共に人々の暑さをさらに掻き立てた。

 そんな中、私はまるで言うことの聞かない飼い犬のリードを引っ張るように瑞希の手を引っ張って真っ赤な顔をして踏ん張っていた。

 「みーずーきーにぃーっ!コンビニは後でにしようよーっ!それにプールにもアイスの自販機あるってぇーっ」

 「やだっ、俺は今アイスを食べたいっ。それにこっちの方が種類が多いっ!」

 「どこのアイスも同じだよぉーっ!味はたいして変わらないってっ!」

 「変わるよっ!違いすぎるよ!スーパーのこわれせんとはりま焼きくらい違うよ!」

 「うっそだぁーっ!そんなに味が違うわけないじゃんっ!」

 「変わるよ変わるっ!そのぐらい違うんだよーっ」

 暫く攻防は続く。お互いに全く退く様子はない。

 しかしそんな時、突然瑞希が驚いたように私の背後を指さした。

 「あっ!UFOだっ!」

 「えっ!?どこどこっ!?」

 「すきありっ!」

 「あっ!!」

 私が見事瑞希の罠に引っかかり気を抜くと、その隙に瑞希はコンビニに向かって走っていった。私はそれを見て頬を膨らませる。

 「もぉーっ!瑞希にぃったらぁーっ」

 私はむすっとして瑞希がコンビニに逃げ込むのを見届けながら、仕方なく自分もコンビニへ入ろうとした。しかしその時、私の目に緑がとまった。

 コンビニの隣には、緑が生い茂り蝉の声が絶え間なく響いていた。時折吹く暖かい湿った風に葉が揺れてはカラカラと音が鳴る。

 私はそれを見ると踵を返して緑の方へと吸い込まれるように歩いていった。

 近づくにつれ、私の足は速度を増す。そして一本の木の前でその足は止まった。

 私はその木を眺めると目を輝かせた。そしてその木の幹に手を伸ばしては幹に張り付くそれを取った。

 それは蝉の抜け殻だった。少し土が付いている。

 私はそれを見て嬉しそうに微笑んだ。

 私は蝉の抜け殻が好きだった。周りの友人には気味悪がられるがよく夏になると拾うのだ。

 太陽に照らすとその飴色の身体が輝いてとても綺麗だった。奇妙な形をしているのも面白いと思う。私はそれを掌に載せると潰さないように軽く握りしめてその緑の中へと入っていった。

 蝉の声が絶え間なく響き渡る。その声はどれも同じようなものに聞こえたが、よく耳を澄ませてみるといくつもの声が混ざっているようだった。

 私はそんな緑の中を木の間を縫って進んでは蝉の抜け殻を見つけて微笑んだ。

 蝉や蜂を見つけると怖くて逃げる。クワガタやカブトを見つけたら、蜜取り合戦の行方を観察して応援するのだった。

 しかし暫くすると私の掌も抜け殻でいっぱいになってしまった。私の掌には5つほどの抜け殻が載っている。私の手はもうそれだけで定員オーバーだった。

 私はそれを見るとあることを思いだした。そう言えば私はもともとプールへ行く途中だったのだ。蝉の抜け殻を取りに来たわけじゃない。

 私はそれを思い出すと急いでもと来た道を歩き出した。もうアイスを食べ終わった瑞希が私の事を心配して探しているかもしれない。そう考えて私は帰路へ向かう足を早めた。

 しかしその時、私は前方からやってきた蜂に驚いて慌ててしゃがんだ。暫く頭を抑えてしゃがみ込む。

 私は頃合いを見て頭を上げると頭上を確認する。どうやら蜂はもういないようだった。それを確認すると私は少し怖くなって走り始めた。

 すると暫くして少年が叫ぶ声がした。

 「夢遊ーっ!夢遊ーっ!おーいっ、どこ行ったんだーっ?おーいっ、いるのかー?」

 私はその声を聞いて表情を明るくした。瑞希の声だ。私はその声で少し安心する。やっぱり探していてくれていた。待っていてくれたのだ。

 そして私は自分の存在を教えるために瑞希に声をかけた。

 「みっ・・・・・・」

 しかしその声は突然遮られた。私の掌から蝉の抜け殻が零れ落ちる。私は何が起こったのか分からずに頭を真っ白にした。

 私の口元は何やら誰かの手で覆われていた。そしてその手で何者かの身体に私の頭は押さえつけられており身動きが取れない。

 私はその時自分に何が起こったのかを唐突に理解した。そして身体をばたつかせる。

 「んーっ!んんーっっ!!」

 私は自由の利かない身体で必死に抵抗した。しかしその抵抗は無惨にも全く効果を示さない。それでも私は必死に抵抗を続けた。するとその時運良く何者かの手が私の抵抗のかいあって一時だけ離れた。それに気付いた人物は慌てて再び口を覆おうとする。私はその隙を狙って思いっ切り叫んだ。

 「瑞希にぃーっ!!助けてぇーっっ!!」

 「夢遊っ!?夢遊かっ!?どうしたんだっ!!」

 「助けてーっ!!だれかにゆっ・・・・・・」

 しかしその時また何者かが私の口を慌てて塞いだ。そして抵抗する私に向けて慌てて刃物を取り出し突きつけた。

 木の間から洩れる夏の日差しに照らされてその刃物が恐ろしくぎらりと光った。私はそれを見て息を飲む。そして私は恐ろしくなって抵抗するのを止めてしまった。

 謎の人物はその様子に占めたと見えてその隙に私の身体を持ち上げて緑の奥へと走り出す。そしてその先にあった車に私を押し込めると、直ぐさまその車は何処かに向かって走っていった。



 暗い。暗い。そして私が呼吸をするたびに黒い塵がボンヤリと舞っていった。

 私が目を覚ますとそこは暗くて汚い部屋だった。どうやら私は意識を失っていたらしい。

 私は起きあがろうと手を動かしたが、手は全く身動きが取れなかった。足も動く気配がない。どうやら私の手足は縛られているらしい。私はそれを確認すると諦めたように不潔な床にくたっと再び横たわった。

 私は誘拐されたようだった。犯人の目的は分からないが、今の状況からしてそれは一目瞭然だった。

 辺りを見回してみると、カーテンを閉め切った埃の舞う汚い部屋の中心に見知らぬ男が腰掛けていた。みずほらしい格好をした太った男だった。

 私の近くには、私のポケベルが落ちていた。先日両親に買って貰ったものだった。どうやら犯人はそれから私の家や両親の連絡先を知ったようだ。それを見るに、どうやら私の誘拐は身代金目当てのものらしい。私の家が大して裕福でもないところからみるに、犯人は相当金が無く切羽詰まっていたようだった。

 私はそれを知ると、暫くの間は私も安全だろうと少し安心した。


 暗い。暗い。埃が舞って私は少し咳きこんだ。

 湿気の多い蒸し暑いその部屋は、空気の通りが無いために息苦しい。

 私の身体から汗が流れ出ては汚い床に向かって垂れていった。

 あれから幾何の時が流れただろうか。私の意識は朦朧とし始めていて生気を無くしたような半開きの目で汚い床を眺めていた。

 ふと思う。私は、このまま死んでしまうのだろうか。と。

 このまま誰にも助けられることなく死んでしまうのだろうかと。

 時が止まり、まるで周囲に忘れ去られたようなその空間で、私はすっかり希望をなくしていた。

 誰も助けに来ない。犯人も全く動きを見せない。動きを見せるのは部屋に積もる不潔な塵と私の弱る呼吸と意識だけ。

 希望ももうない。誰も助けに来る気配がしない。私の脳裏には死という単語が動き始めていた。

 ―――だけど、

 ―――まだ死にたくないよぉ・・・・・・。

 私はその時強くそう思った。私の光りの消えた瞳から輝く涙が零れた。

 ・・・・・・プール、行きたかったなぁ。ママとパパがいつか遊園地に連れて行ってくれるって言ってたなぁ。瑞希にぃが私の為にちょっと高いおせんべい買ってくれてたなぁ。今度友達と公園行く約束したなぁ。どれみちゃんもミルモもいちごちゃんもまだまだいっぱい観たかったなぁ。大人になったらおせんべい屋さんになりたかったなぁ。いつか外国へ行ってみたかったなぁ。弟か妹が欲しかったなぁ。中学生とか高校生のお姉ちゃんになって制服着てみたかったなぁ。大人になったら車運転してみたかったなぁ。デズニーランドに行きたかったなぁ。温泉に行ってみたかったなぁ。料理出来るようになりたかったなぁ・・・・・・。

 ・・・・・・瑞希にぃに、勝手に一人で遊びに行ってごめんなさいって、探してくれてありがとうって、言いたかったなぁ・・・・・・。

 ・・・・・・まだ、まだいっぱい生きて、いろんなことしたかったなぁ・・・・・・。

 心が苦しくて痛くて、途轍もなく悲しかった。涙が瞳からぼろぼろと流れ出て止まらない。汗と共に私の身体から滑り落ちていく涙は、その汚い床を濡らしては消えていった。

 その時だった。

 突然大きな音を立てて部屋のドアが開いた。そこから橙色の光りが一気に暗い部屋に流れ込む。私はその光りに目を細める。するとそこに立っていたのは一人の少年らしき人影だった。

 「なっ、誰だお前はっっ!!」

 突然の出来事に驚いた犯人は近くにあった刃物を手にして立ち上がった。声は驚きのために裏返り、身体もその声と共に震えているようだった。

 しかしそんな犯人に対して少年らしき人物は少し声を荒げながらも全くこの状況に動ぜずに堂々と言い放った。

 「おいっ、返せよ。・・・・・・夢遊を返せっっ!!」

 そう言った少年は地を蹴って走りだした。

 走り出した少年は一散に犯人へと向かって行った。そんな少年に動揺をみせる犯人は少々尻込みしながらもその後少年に向かって刃物を突きつけながら走り出す。

 「あ゛ぁっ、うあぁああぁぁぁっっ!!」

 そんな犯人の汚い雄叫びが響いたその部屋は緊張感に満ちた。私はそんな光景を見て身の毛をよだたせる。

 橙色の光りを反射させる刃先が少年に近づいていく。私はその光景を瞠目しそして乾いた喉で息を呑んだ。

 醜い叫び声と共に刃先が少年に近づいていく。そして刃先は少年の身体の寸前の所までやってきた。鋭く輝く刃先が少年の肌へと向かっていく。

 すると少年はそこで突然足を止め犯人の腹部に向かって鋭い蹴りを繰り出した。鈍い音と共に犯人がバランスを崩す。そしてその隙をついて、少年は態勢を立て直し今度は刃物に向かって鋭い回し蹴りを打ち込んだ。

 犯人の手から離れた刃物は居場所を失ったように空中に浮かんだ。そして重力に負けて落下していく。その刃物は光を跳ね返し銀色に鋭く光りながら床に落ちていった。

 私はその時やっと目が光りに慣れ、周りの風景が鮮明に見えるようになった。黒く映っていた人影の表情が見えてくる。

 そしてそこで見たのは、少年の―――怒りに燃える獣のように鋭い目をした瑞希の顔だった。

 力をなくした刃物が床に固い音を立てて落ちた。その時バランスを崩した犯人が床に転げる音が響く。そんな犯人の顔は恐怖で歪んでいた。

 「あ゛ぁっ、あ゛あぁぁぁあああぁぁあぁあっっ!!」

 そんな汚い恐怖に震える叫び声が響く。そんな犯人に向かって少年――瑞希は近づいていった。そして一言吐き捨てる。

 「・・・・・・もう二度とこんな事するんじゃねぇ。人が悲しむことはやっちゃいけねぇんだよ。・・・・・・じゃあな。また会うときは警察で」

 そう言って瑞希は最後に犯人の首もとに向かって鋭い蹴りを叩き込んだ。

 

 「・・・・・・夢遊っ!おい夢遊っ!大丈夫かっ?」

 次に私が見たのはいつもの瑞希の顔だった。いつもの気の抜けた優しそうな顔に心配の色が混じっている。私はその顔を見ると安心して微笑んだ。

 「だ・・・・・・いじょうぶじゃ、ないけど・・・・・・。のどが・・・・・・かわいたよぉ。あと、お腹もすいちゃっ・・・・・・た」

 私は微笑みながらそう告げる。すると心配そうな瑞希が肩掛けの鞄の中からペットボトルを取り出した。

 「飲まず食わずだったんだなっ。ほら、これ飲めっ!お前の好きなお茶じゃ無いけど、熱中症にはこっちの方がいい」

 そして瑞希が蓋を外して私の口元まで近づけてくれたのは、甘い甘いスポーツ飲料だった。もう大分暖かくなってしまっている。きっとあの時コンビニで瑞希が買ったものだろう。私はそれを両手で持って飲み始めた。水分を欲していた身体にゆっくり流れていき、甘さが身体全体に広がっていく。私はいつもでは考えられなかったが、それがとても美味しいと感じた。

 そして次に瑞希が笑いながら鞄からあるもの取り出す。そしてそれを私に渡した。

 「あと・・・・・・。これ溶けてるけど、お前好きじゃないけどさ、今これしか食べるもの無くって・・・・・・。ごめんな、まぁ、食べてくれよ」

 そう言って瑞希が取り出したのは、暑さにすっかり溶けてしまった包装紙に包まれたいくつかのチョコレートだった。いつも瑞希が食べている徳用チョコである。私はそれを手にすると口の中に放り込んだ。

 それは口の中ですぐに形を無くしてとろとろと広がっていった。甘さがじんわりと口の中に広がっていく。

 チョコレートは、私が嫌いなものの1つだった。何て言ったって甘すぎる。甘ったるいのは得意じゃないのだ。

 しかしその時のチョコレートは涙が流れるほど美味しかった。この甘さが心地よい。喉に甘さが流れていくと同時に私の瞳からもまた涙が流れ出た。

 それを見て瑞希が驚いたように私に尋ねた。

 「えっ、ご、ごめんっ!そんなにチョコ嫌だった?そんなに不味いっ?でもそれしかもってなかったからさっ」

 私はそんな瑞希を見ると笑って首を振った。そして自由になった手で涙を拭う。

 「ううんっ、違うのっ。あまりに美味しかったから・・・・・・。チョコってこんなに美味しかったんだねっ。ありがとう、瑞希にぃ」

 私がそう告げると瑞希がその言葉に呆気にとられたように茫然とした。その後私の言葉を理解すると笑って私の頭を撫でる。

 「・・・・・・あはははっ!そうかそうかっ!それはよかったよ、どういたしまして」

 そう言った瑞希を見て私も微笑み返した。

 

 

 そしてその後すぐ警察がやってきて犯人を取り押さえた。瑞希が何やら警察に事情を説明をしていた。素振りからして瑞希にぃの知り合いらしかった。私も直ちに保護された。

 犯人の動機はやはり身代金目当てだった。職を無くして金が底を突いていたらしい。

 そして私は熱中症などのために少しの間入院して、そしてすっかり回復すると退院していった。


 その後何年かして大学生になった瑞希は一人暮らしを始めるために家を出て行った。その時私は餞別に沢山お菓子をあげた。瑞希は私にありがとうと告げた。

 去り際に瑞希は私に一言言い残していった。

 「またなっ。その時はお菓子奢ってやるよ」

 私はその言葉に嬉しそうに頷いて小指を差し出した。

 「絶対約束だよーっ!」

 「あぁ、絶対」

 そして小指を絡ませて約束を交わすと、瑞希は手を振りながら私の前から去っていった。

 その日は桜がもうすぐ目覚めそうな暖かい春の日で、真っ青な空が清々しく広がっていた。

 



 「・・・・・・ちゃん・・・・・・ねえ・・・・・・ちゃん・・・・・・おねえちゃんっ!」

 「わあっ!!なっなにっ!?」

 私は身体を揺すられて夢から覚めたように我に返った。見ると隣でしゅんが私の身体を揺すっている。するとしゅんが私に話しかけてきた。

 「もぉーっ、おねえちゃんったら寝ちゃってるんだもんっ。ぜんぜん返事してくれないんっくてさぁー」

 「えぇーっ!?私寝てたっ?寝てるつもりなかったのにぃー」

 「寝てたよっ。すーすーいびきが聞こえたもん」

 「えぇーっ!?うそだぁーっ」

 「ほんとだよー」

 そう言って少しむすっくれたしゅんは、私に動かないでねと告げると私の背後に回った。私はそれを見てやっと驚いた。

 「えっ、えーっ!?ななっ、なんで動けてるのっ?なんで歩いてるのっ?ねぇねぇっ」

 私が手足の自由になっているしゅんを見て驚いているとしゅんは呆れたような顔を見せて私に告げた。

 「だからーっ、おねえちゃんが寝てる間にね、そこのおねえちゃんがハサミ見つけてくれたからみんな縄切ったんだよー。あとお姉ちゃんだけだよ?」

 「そうだったのーっ!?・・・・・・なんかごめんなさい」

 私は驚きそして少し申し訳なく感じ謝った。すると私の足の縄を切ってくれたしゅんが溜息をつきながら今度は手の縄に手をかけた。

 「もう過ぎたことはしょうがないけどさー。・・・・・・ぼくおねえちゃんのこと結構頼りにしてたのに」

 「えっ?今なんて言ったのっ?」

 「ないしょっ!」

 「えぇーっ!?教えてよぉー」

 「ひーみーつっ!」

 「えぇーっ!?」

 私がそう不平を漏らすと縄を切り終わったしゅんが机の上から何かを取って私に差し出した。私は軽く手足を動かしてみながらそれを眺めた。・・・・・・あぁー、結構辛かった。身体が痛い。

 するとしゅんが残念そうな顔を見せながら私に説明をした。

 「冷蔵庫とかに食料があったんだけどね、おねえちゃんの好きな甘い物は全然無いし、食料も非常食みたいなものばっかりしたないんだよー。だから取り敢えずこれがおねえちゃんの分のおせんべいねっ」

 私はそう手渡されたせんべいを見て呆気にとられたようにキョトンとした表情でそれを受け取った。そしてそれをまじまじと見つめる。

 それは普通の醤油せんべいだった。光沢のある茶色が凹凸のある表面に余す場所無く塗られている。誰かがカーテンを開け放つと外の橙色の光りがせんべいにあたってせんべいが飴色にキラキラと輝いた。

 私はそれを見ると感動したように瞠目した。それはとても綺麗だった。

 そして私はそれを見て包装紙を破りせんべいに齧り付いた。

 バリッ――――。

 懐かしい音がその場に響く。そして咀嚼する音が後に続いた。

 私は咀嚼しながら静に微笑んだ。そしてひとりごちる。

 「・・・・・・やっぱりしょっぱいや。・・・・・・でも、やっぱりおいしいなぁ」

 そして私は黙々とせんべいを囓り始めた。


 いつになったら私たちは助け出されるのか。

 果たして私たちは助け出されるのか。


 瑞希にぃは今何処にいるのだろうか。

 何をしているのだろうか。


 私はそんなことを考えながらせんべいを囓る。

 でも確信しているのは、私たちはもうじき助け出され、そして瑞希も何処かで元気にしているだろうということだった。

 私は開かずの窓を眺めながら微笑む。

 橙色に輝く夕日が今日の終わりを告げながら、私たちに希望を与え暖かに微笑んだ。


 

 


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