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第7話 第一歩

 洞窟の奥――

 巨石が鎮座する部屋の隅に、誠一をいざなうかのような漆黒の穴が開いていた。


 それはまるで、彼の到着を数千年前から待ちわびていた、巨大な怪物の口のようにも見えた。


 誠一は、淡い脈動を繰り返す巨石から震える手を離し、静かにその暗がりへと足を踏み入れた。

 天井からは湿った土の匂いが降り注ぎ、空気は肺を刺すように冷たい。

 照明などあるはずもなく、かろうじて背後の巨石が放つ燐光が、足元にある石造りの階段を青白く照らしていた。


 階段は、自然の造形とは思えぬほど滑らかに削り出されている。

 一歩降りるたびに、革靴の硬い踵が石を叩き、乾いた音が迷宮の奥へと吸い込まれていった。


 下層へ至るにつれ、視界はわずかに明るさを取り戻す。そこには、岩肌と人工的な加工が混ざり合った、歪な回廊が広がっていた。


 誠一は、光源を探るように辺りを見渡した。


 階段の出口近く、岩壁の一部に光る石が埋め込まれている。

 現代日本の住宅街にある門灯のような、どこか懐かしく、しかし異質な柔らかさを湛えた光。


 その石の横には、人工的に切り拓かれたような穴が開いていた。



 ***


「お、おじゃまします……」


 掠れた声で、誰もいない空間に一声かけてから中へ入った。


 そこには、戦慄を覚えるほどに「人の生活」の痕跡が整えられていた。

 質素だが頑丈そうな木製のテーブルと椅子。岩壁を丁寧にくりぬいて作られた棚。そして、驚くべきことに、現代的な住宅を模したかのような三つの扉。


 恐る恐る扉を開くと、そこには寝室、トイレ、そして風呂が備えられていた。

 古びた真鍮の蛇口を捻ると、澄んだ水が勢いよく流れ出す。


「……これは、助かるな」


 そう呟いた誠一の唇は、極限の乾燥でひび割れていた。

 トイレの水を飲む勇気はなかったが、シャワーのボタンを押すと、水が勢いよく噴き出した。


 迷宮において、ここは唯一の「安息地」として用意されているらしい。


「水の心配はなさそうだ。門番の男が『試練』と言っていたが、挑戦者が死ぬ前に膝を折らないよう、最低限の配慮はされているのかもな」


 誠一は、水が提供されることに、少しだけ息を吐いた。


 だが、安堵は長くは続かない。

 彼には果たさなければならない誓いがある。


 愛する妻と娘を殺し、自分の人生を奪い去った真犯人。

 そいつに法の裁きを受けさせる。――そのために、この地下三階層を踏破し、理を書き換えねばならない。


「次は食料か……いや、その前に――」


 誠一はステータスウィンドウを開いた。

 モンスターと戦い、生き残るための「力」を、この身体に刻み込む必要がある。


 与えられているポイントは420。


 彼が習得可能なスキルは四つ。

 『剣術』『遠視』『斬撃』『健脚』。


 そして、戦闘スキルを活かすための『鉄の剣』。


 すべてを揃えれば、ちょうど420ポイント。

 誠一は、震える指先で「習得」のボタンを強く押し込んだ。



 ***


「おおっ……ぐ、あぁ……ッ!」


 凄まじい熱量が、背骨を通って脳天を突き抜けた。

 血管を沸騰したお湯が流れるような、身体の構造そのものが書き換えられる不気味な感触。

 緩んでいた中年特有の筋肉がわずかに引き締まり、濁っていた視界が、まるでレンズのピントを合わせたかのように鮮明に開けていく。


 そして、彼の目の前に、鈍い光を放つ一本の剣が現れた。

 腰に巻くための無骨なベルト。


 誠一はそれをスーツの腰回りにきつく締め、剣を鞘へと収めた。


 試しに、一気に剣を抜いてみる。

 シュッ、という鋭い摩擦音が静寂を切り裂き、冷たい刃が空気を震わせた。

 腕に伝わる重みは確かなものだが、スキルとして刻まれた『剣術』の知識が、正しい持ち方と重心の置き方を、誠一の脳に強制的に教え込んでいた。


「……意外と、振れるもんだな」


 スーツ姿に革靴。

 およそ戦場には不向きなその格好で、誠一は素振りを始めた。


 一撃、二撃。

 振るうたびに筋肉が剣の重みに馴染み、血の巡りが速くなるのを感じる。


 そして、彼は新しく得た力の中心を意識した。


 『斬撃』――。

 剣に自らの魔力を乗せ、物理法則を無視した破壊力を生む技。


「……本当に、使えるのか」


 誠一は正眼に構え、意識を剣の切っ先に集中させた。


「斬撃……!」


 瞬間、鉄の剣が青白い電光のような輝きを帯びた。

 そのまま全力で一閃を放つと、何も斬っていないはずの空気が悲鳴を上げ、鋭い衝撃波が前方の闇を割った。


「……これが、スキルか」


 ウィンドウを確認すると、MPが21から19へと目減りしている。

 肺の奥がわずかに熱い。


 一発放つごとに、自らの生命力を削り取っているような感覚だ。


 誠一は荒い呼吸を整え、剣を鞘に戻した。

 この「武器」と「スキル」だけが、今の彼に残された唯一の味方だ。


「よし……やってやる。ともかく実戦だ」


 革靴が石の床を滑り、スーツの肩口が軋む。

 異世界小説に詳しくなくとも、次にやるべきことは分かっていた。

 子供の時に、RPGのゲームくらいはやったことがある。


 生きるために殺し、殺すために強くなる。


 誠一は居住スペースを出て、暗闇が待ち構える通路へと歩き出した。


「願いを、必ず叶えてみせる」


 呟いた声は、まだ自信に欠け、弱々しい。

 その冴えない顔つきも、くたびれた中年のままだ。

 だが、その瞳の奥に灯った執念の火だけは、迷宮の暗闇でも決して消えることはなかった。


 それは誰のためでもない。

 ただ、自分自身の尊厳を取り戻すための宣戦布告だった。


********


ステータス


名前:小山内 誠一

最大HP:34

最大MP:21


スキル

- 剣術 Lv01

- 遠視 Lv01

- 斬撃 Lv01

- 健脚 Lv01


固有スキル

- 劣化交換


*********

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