第49話 彼らは思いを一つにする
誠一の掌が、召喚したばかりの《鉄の剣》の柄をミシリと硬く握りしめる。
じりじりと肌を焼く熱気が、容赦なく全身を炙っていた。
彼はスキルポイントを消費して得た無機質な剣に、高密度の闘気を纏わせる。
そして次々と、それを虚空へ向かって解き放った。
誠一が最も得意とする、超高速の遠距離投擲攻撃。
空を切り裂く闘気剣の弾幕は、さながら重機関銃の掃射となって、迫りくる超巨大魔獣へと突き刺さっていく。
(……熱いな、やはり)
煉獄王の体毛は、常に地獄の業火を噴き出し続けている。
その体表を包むのは、数千度を超える超高温の防壁だ。
並の武具ならば、肉に触れることさえ叶わず蒸発してスラグと化すだろう。だが、誠一の濃密な闘気に守護された刃は、殺意を失うことなく熱壁を食い破り、敵の肉厚な皮膚に深く突き刺さった。
……しかし、そこまでだ。
鋭く突き刺さりこそすれ、山のような巨躯を深くまで穿ち、命脈を断つには至らない。
(この程度の出力では、到底削りきれないか――)
先制攻撃の火線を維持しながら、誠一は渇いた喉を鳴らし、冷徹に現状を分析する。
***
両者は互いの命を奪うべく、荒野を猛進していた。
誠一は爆ぜるような歩法で縦横無尽に駆け、煉獄王は周囲の森を塵へと変え、なぎ倒し、焼き払いながら獲物を追う。
そして、双方がほぼ同時に「死の射程圏内」へと足を踏み入れた。
煉獄王が巨大な顎を開き、太陽の一片を切り取ったような極大の火炎を吐き出す。
大気を焼く轟音。
誠一は《瞬間転位》を発動させ、空間を跳んでそれを紙一重で回避した。
即座に敵の側面に回り込み、闘気剣のガトリング射出を再開する。
巨大な的に対し、全弾が吸い込まれるように命中した。
並の魔物なら一撃で絶命させる威力だが、煉獄王にとっては、わずかな「痒み」を感じさせる程度の刺激に過ぎない。
魔獣が苛立たしげに身震い一つしただけで、突き刺さっていた数十本の剣は、無惨な金属片となって弾き飛ばされた。
(くそっ……もっと深く、もっと鋭く……!)
誠一はさらなる出力を引き出すべく、《精神統一》により全神経を極限まで研ぎ澄ませる。
心臓の鼓動が耳元でうるさいほどに跳ねた。
だが、煉獄王は身震いの勢いを殺さず、その巨大な尻尾をしならせた。
赤熱した鱗を纏う巨大な鞭が、誠一を押し潰さんと振り下ろされる。
ドォォォォォン!!!
地殻を砕く轟音と共に、猛烈な火の粉が火砕流のように舞い散る。
再び《瞬間転位》で死地を脱した誠一は、その勢いのまま、死の抱擁に近い煉獄王の懐へと潜り込んだ。
そこは燃える体毛が作り出す、超高温地帯だ。
吸い込む空気さえもが喉を焼き、常人ならば数秒で肺を焼かれ、意識を失う地獄の釜。全身に闘気を漲らせ、肺胞を保護するために息を止めた誠一は、《黒牛角》の柄に指をかけ、至近距離から《抜刀術》を放つ。
しかし、煉獄王はその一撃を、獣の直感で読み切っていた。
心臓を狙った最速の黒い閃光を、魔獣は丸太のような分厚い前足で受け止めた。
ズシュッ!!
誠一の刀は肉を割り、骨を深く抉り取ったが――
それだけだ。
山を斬るようなもの、敵の急所には刃が届かない。
深手は与えたが、致命傷というには程遠い。
攻勢に出た誠一を、絶望的な反撃が襲う。
視界が白く霞むほどの熱気の中、たまらず誠一は《瞬間転位》で距離を取ろうとした。
だが、このスキルは万能ではない。
三次元的な移動距離は短く、連続使用による空間歪曲の負荷は、誠一の精神を確実に削り取っていく。
転移した先、視界が戻る瞬間に、煉獄王の巨頭が迫っていた。
回避不能――
山が倒れてくるかのような頭突き。
「――が、はっ……!」
まともに衝撃を浴びた誠一は、礫のように遥か後方へと吹き飛ばされる。
闘気の多重ガードで即死こそ免れたものの、全身に走る激痛で思考が白濁した。空中で辛うじて血混じりの息を継ぐが、煉獄王は追撃の手を緩めない。
落下地点に先回りしていた魔獣は、再びその尻尾を振り抜き、誠一を地面へと叩きつけた。
地面が陥没し、凄まじい土煙が上がる。
なすすべもなく、超巨大魔獣に翻弄され続ける誠一。
体勢を立て直し、必死に抗うものの、その攻撃のすべてが魔獣の底知れぬ生命力を削り切るには、絶望的なまでに至らなかった。
***
一方その頃、テント内。
静はマリーヌの瞳を真っ向から見据え、重い口を開いていた。
自らが異世界から召喚された《禁忌の魔導師》であること。
そして、前王によって地下牢の暗闇に繋ぎ止められていた囚人であることを。
「私は……あの地下牢に投獄されていた転移者です」
その告白を受け、マリーヌは驚愕に目を見開いた。
喉元まで言葉がせり上がる。
だが、彼女は先代の王のように、目の前の少女を排除しようとはしなかった。
現世を焼き尽くさんとする煉獄王の脅威を前に。
そして、誠一という気高い剣士が、命を懸けてまで守ろうとしているこの少女の誠実さを、彼女は信じる道を選んだ。
マリーヌは即座に、信頼の置ける近衛騎士たちをテント内へ招集し、誠一の救援を命じる。
「しかし姫様、静殿があの時の……国を滅ぼすと予言された転移者とは……」
「危険な賭けですが、背に腹は代えられません。今の王都に、もはや選択肢はないのです」
「禁忌の使い手を我が国が受け入れたとなれば、他国への申し開きが……。……いや、今は他言無用。命に従いましょう」
騎士たちの反応は、決して好意的なものばかりではなかった。
むしろ、冷や汗を流しながら、本能的な嫌悪や警戒を隠せない者もいた。
制御不能な、核に匹敵する強大な力。
それに警戒を抱くのは、国を守る盾としての正当な本能だ。
だが、この極限状態で彼女を拒絶する愚か者もまた、一人としていなかった。
マリーヌは彼らの懸念を否定せず、毅然とした態度で付け加えた。
「初代国王の力の詳細は、今に伝わってはいません。……あるいは、あの御方もまた、今の静殿のように《禁忌》と呼ばれた魔法の使い手だったのかもしれないのです」
彼女の言葉に、騎士たちが息を呑む。
「煉獄王が降臨したこの時に、静殿が私の前に現れたのは、決して偶然とは思えない。……私たちは彼女の力に頼り、この運命を切り拓く道を行くのです」
個々の複雑な思いは、火花を散らしながら交錯する。
だが、その切っ先は、ついに一つに定まった。
彼らは鎧を鳴らし、馬に跨がる。
誠一が独り、地獄の業火の中で死闘を繰り広げている、あの荒野へ向けて。
鉄の蹄の音を響かせ、彼らは一丸となって駆け出した。




