第44話 魔物掃討戦
誠一は家屋の屋根を鋭く蹴り、一条の風となって王都の空を駆けていた。
目指すは北西。
爆音と土煙が断続的に上がる、破壊の爆心地だ。
『グオォォォォン……!』
大気を震わせる重低音。
視界の先、立ち込める煙の向こうに三体の巨影が姿を現した。
試練の迷宮第七階層の住人、重力使いの巨人『グラビトロール』。
彼らは丸太のような長い腕を掲げると、街の象徴であった時計塔へ向けて禍々しい紫色の波動を放った。
重力魔法。
瞬時にして数十倍へと跳ね上がった自重に耐えきれず、堅牢な石造りの塔が悲鳴を上げてひしゃげていく。
ズズズ……ドガァァァァァン!!
内側から押し潰されるように瓦解し、瞬く間に瓦礫の山へと変わり果てる建物。
逃げ惑う人々は、その超常的な破壊を前に足をすくませ、絶望の表情でただ降り注ぐ死を仰ぎ見るしかなかった。
守備兵の放つ矢は巨人が展開した重力障壁に触れた瞬間に叩き落され、魔法使いの攻撃も、山のような巨体に対しては焼け石に水ですらない。
(――やはり、あいつらが元凶か)
誠一は冷静に戦場を掌握し、さらに踏み込みを加速させる。
誰も手出しできない天災のごとき怪物。
だが、今の誠一にとっては倒すべき「標的」に過ぎない。
***
誠一は崩れかけた屋根に着地すると同時に、迷宮で蓄積したスキルポイントを流れるように消費した。
ヒュン!
虚空から、生成されたばかりの《鉄の剣》が次々と彼の手元に現れる。
何の変哲もない量産品の剣。だが、誠一がその柄を握り、濁流のごとき闘気を注ぎ込んだ瞬間、鈍色の刃は青白い燐光を放つ《闘気剣》へと覚醒した。
「……終わりだ」
誠一の腕が、視認できない速度で霞む。
取得、生成、投擲。
その一連の動作が、極限まで最適化されていた。
シュバババババババッ!!
耳を劈く、機関銃のような連射音。
目にも留まらぬ速さで射出された《闘気剣》は、紫色の重力障壁を紙細工のように貫通し、巨人の肉体へと吸い込まれていった。
『ガ、ア……ッ!?』
ドスッ! ドシュッ! ズドンッ!!
無数の着弾音が重なり、一つの轟音となる。
誠一の瞳は、スキル《弱点看破》によって敵の核、心臓、魔石を寸分の狂いなく捉えていた。
でたらめな乱射ではない。
すべてが致命傷へと至る、神速の精密射撃。
わずか十秒。
剣の嵐が過ぎ去った後、三体のグラビトロールは全身を穴だらけにされ、絶命した肉塊へと変わっていた。
ズズゥゥゥン……。
地響きを立てて沈みゆく巨体。
王都を恐怖のどん底に突き落とした破壊の化身も、剣聖へと至った誠一の前では、もはや無防備な「的」に等しかった。
「ふぅ……」
誠一は小さく息を吐き、切っ先を下げて構えを解いた。
「これで、掃討戦は有利に進むはずだ」
最大の脅威は排除した。
残る雑魚魔物ならば、マリーヌ率いる騎士団と、士気を取り戻した冒険者たちで十分に押し返せるだろう。
誠一は額の汗を拭い、次なる脅威――まだ勢いの衰えない戦線を探そうと、眼下に広がる街並みへ視線を走らせた。
その、一瞬の弛緩。
(――ッ!?)
目で捉えるよりも速く、脊髄が「死」を感知した。
風切り音さえない。
物理法則を嘲笑うような初速で、巨大な質量が背後から肉薄していた。
誠一は思考を放棄し、生存本能に導かれるままスキルを起動する。
「《瞬間転位》!」
彼の姿が陽炎のように掻き消えた、コンマ一秒後。
ドゴォォォォォォォン!!!!!
先ほどまで誠一が立っていた石造りの建物に、直径数メートルの巨岩が激突した。
屋根は砕け、壁は粉砕され、家屋そのものが爆撃を受けたかのように弾け飛ぶ。吹き荒れる粉塵が、周囲の窓ガラスを一斉に割り飛ばした。
「……っ」
一つ隣の家屋へ転移した誠一は、冷や汗を流しながら舞い上がる土煙を見つめた。
もし反応が刹那でも遅れていたら、今ごろは自身もあの家屋と共に肉片に変わっていただろう。
だが、安堵する間など与えられない。
粉塵の中から、研ぎ澄まされた殺意の矢印が真っ直ぐに伸びてくる。
ヒュッ!
爆風を突き破り、紅い閃光が迫る。
超高速で繰り出された、長槍の鋭い一突き。
ガキィイイイインッ!!
誠一は『白兎牙』を抜き放ち、その切っ先を紙一重で弾き飛ばした。
飛び散る激しい火花。弾かれた影は、猫のような身軽さで後方へと宙返りし、煙突の上に音もなく着地した。
「へぇ。やるじゃないか、おじさん」
鈴を転がすような、無邪気で、それゆえに残酷な声。
そこに立っていたのは、小柄な少女だった。
しかし、その正体は人ではない。
燃えるような赤髪に、赤黒い肌。額からは二本の小角が生え、真紅の瞳は愉悦に濁っている。
魔獣『ドレイル=マルバス』の眷属――。
紅蓮の魔族。
「あたしの槍を防ぐなんてね。人間にしては上出来だよ」
少女は己の背丈ほどもある長槍をくるりと回し、邪悪に口角を吊り上げた。
その幼い容姿とは裏腹に、立ち昇る殺気は先ほどの巨人を遥かに凌駕している。
「ちぇっ、外したかよぉ」
さらに、別の方向から野太い声が響いた。
ドス、ドスと瓦屋根を軋ませながら現れたのは、少女とは対照的な、巨岩のごとき肉体を持つ女の魔族だった。
丸太のように太い腕。
先ほどの巨岩を投げつけたのは彼女に違いない。
「王族の抹殺を命じられて来たんだけどさぁ……」
槍の少女が、赤い舌で唇をなぞる。
「あんな弱そうな姫騎士より、あんたと遊ぶ方が面白そうだよ。だから――先に殺してあげる」
「あたしも混ぜな! 久しぶりに骨のある獲物だ、力いっぱい握り潰してやるよ!」
巨女が凶悪な拳を打ち鳴らす。
彼女たちは命令よりも自身の快楽を優先する、理性を捨てた戦闘狂の獣だった。
一人の剣士と、二体の魔族。
崩れゆく王都の屋根の上、次元を超えた殺し合いの幕が上がろうとしていた。




