第4話 巻き込まれた転移者の現実
「なんだか……なんて言うか、微妙な能力だなぁ~」
山田陽翔が吐き出した言葉には、隠しきれない困惑と――
それを上回る「格下」への安堵が混ざっていた。
「それだったら、わざわざスキルを使わずに店で買った方が得ですよね。何と交換されるか選べないんじゃ、使い勝手もリスクも悪すぎますよ」
神谷勉の追撃は、さらに無慈悲だった。
彼らの言葉は、礫となって誠一の耳を打ち、胸の奥に冷たく突き刺さる。高校生たちの瞳からは、先ほどまでの「警戒」が霧散していた。
代わりに入り込んだのは、明らかな落胆と、自分たちとは違う低俗な存在を見るような、わずかな侮りだ。
誠一に与えられたスキルポイントは、たったの420。
この世界の成人平均が500前後であるという説明が、追い打ちをかけるように誠一の自尊心を削っていく。
平均を大きく超える「勇者」と、平均にすら届かない「中年」。
(俺って……この世界に来てまで、平均以下のゴミなのか)
喉の奥が、苦い酸に焼かれるように疼いた。
勇者として崇められる高校生たちは、困惑した顔で誠一に更なる問いを重ねる。
「えーと、一応もう一つ教えてもらっていいですか? あなたがそのポイントで獲得できるスキル……その、中身を聞かせてください」
ポイントで習得できるスキルは、その者の魂の形によって異なる。
数万ポイントを持つ彼らは、すでに伝説級の魔術や超常的な剣技をその身に宿していた。
対して、誠一のウィンドウに並ぶ選択肢は、あまりに質素だった。
『剣術』『遠視』『斬撃』『健脚』――。
すべて各100ポイント。
さらに、残った端数で手に入るのは、特殊効果など微塵もない、ただの『鉄の剣』一本。
街の鍛冶屋が片手間に打ち出したような、どこにでもある量産品。
希少価値など皆無の、使い捨ての得物。
誠一がその乏しい「個人情報」を伝えると、広間の空気はさらに白け、冷え切っていった。
***
「うわ~……しょっぼ。マジかよ」
「それはないですよねー。いくらなんでも、ハズレ枠にも程があるというか」
陽翔と勉の声からは、もはや遠慮の響きすら消えていた。
彼らにとって、誠一はもはや「対等な転移者」ではなく、物語の背景に映り込む「おまけ」程度の認識に成り下がっていた。
「ふむ。そちらの御仁は、どうやらこの世界の平民と大差ないようですな」
魔術師セルディアが、手にした杖を無造作に突き、冷徹に告げた。
「典型的な斥候や、使い潰される見張りの兵士が持つスキル構成です。勇者としての資質は……残念ながら見当たりませんな」
王ヴァルデリオ三世の瞳からも、誠一に向けられていたわずかな好奇心が完全に失われた。
召喚術は、王国が保有する莫大な魔宝石と秘宝を浪費して行われる国家儀式だ。
本来、異世界の英傑だけを呼び寄せるはずの術式において、誠一のような「ランクの低い異物」が混じるのは、術の不安定さが招いた不運な事故でしかない。
今回の召喚における“真の果実”は、類まれなる才能を示した三人の高校生。
誠一は、その輝かしい儀式の裏側で、排水溝に詰まった泥のように、たまたま引っかかって流れてきただけの「ついで」のおっさんだった。
***
王も、そして英雄候補の若者たちも、誠一への関心をゴミ箱に捨て去り、華々しい未来についての対話を再開した。
「異世界の勇者らよ。魔物の脅威を退け、この国に平穏を取り戻した暁には、相応の報酬と共に帰還の途を用意しよう」
王の声は誠一の頭上を通り過ぎ、高校生たちだけに向けられる。
「救世主になれば元の世界に帰れる、ってことか。分かりやすいな」
陽翔が、獲得したばかりの黒銀の剣を握り、満足げに口角を上げた。
「しかも、手に入れた力を維持したまま、召喚された当日の時間に遡って帰還できるとは……至れり尽くせりですね。それなら、失われるものはない」
勉が理知的な笑みを浮かべる。
魔物を討伐し尽くせば、王国の秘宝によって「召喚された瞬間の過去」へと巻き戻して送り届ける。
元の世界で死を選ぼうとしていた誠一にとって、それは皮肉な条件だった。
生に満ち溢れ、力を得て「全能感」と共に元の日常へ帰ろうとする若者たち。
その輝きが、誠一には毒のように眩しすぎた。
「おい、あのおっさん……どうするよ?」
ふと、陽翔が勉に耳打ちした。
「放っておけばいいでしょう。僕たちが面倒を見る義理なんて一ミリもない。召喚に巻き込まれたのは彼の不運ですが、僕たちが仕組んだことではないですから」
勉の返答は、鋭い氷のように冷淡だった。
だが、そのとき佐伯麻衣が、憐れみの混じった複雑な表情で口を開いた。
「……あの、王様。あの方を、このお城で雇ってもらうことはできませんか? その、見捨てるのは……少し、可哀想ですし」
「ああ、それもそうだな。露頭に迷わせるのも寝覚めが悪いし」
陽翔が、気まぐれな施しを与えるような、軽い調子で頷いた。
***
高校生たちの要請を受け、王は鼻で笑うように承諾した。
王にとって、誠一は使い道のない無能だ。
礼を尽くす必要も、養う義理もない。
しかし、将来の希望である三人の勇者たちの機嫌を損ねるわけにはいかない。
誠一を城の末端に置くことなど、彼らにとっては犬小屋を一つ増やすような瑣末なことに過ぎなかった。
「異世界の方々の頼みだ。特別に、城の兵士として雇って進ぜよう。精々、足手まといにならぬよう励むがいい」
王の言葉に、誠一はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「えっと、どうなってるんだ……俺は、その……」
異世界小説も、オンラインゲームも――最近の娯楽を知らない誠一にとって、ここにある「システム」のすべてが理解の範疇を超えていた。
人生に絶望し、静かに消えようとしていたはずの自分が、なぜか見知らぬ異世界で、年下の若者たちの同情によって職をあてがわれている。
「訳が分からない……本当に、何なんだ、これは……」
広間の隅、壮麗なステンドグラスが作る影の中で、誠一はぽつりと呟いた。
その枯れた声は、勇者たちの意気揚々とした笑い声にかき消され、誰の耳に届くこともなく消えていった。




