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第3話 劣化交換

 リュゼスト王国の王宮――

 その広間は、召喚の余波による熱が未だ引かず、微かなオゾンの匂いと魔力の粒子が霧のように漂っていた。


 床に刻まれた魔法陣の残滓が、脈動するような残光を放っている。

 その壮麗な空間の中心で、王座を見上げるように、三人の高校生と一人の中年男性が立っていた。


「この世界では、成人すると天より“ポイント”が与えられます」


 静寂を破ったのは、筆頭魔術師セルディア=ノルンの澄んだ、しかし温度の低い声だった。


「成人年齢は十四。与えられたポイントを糧として、己の魂に刻まれたスキルや装備を顕現させるのです。稀に、神の慈悲によって特殊な固有スキルを授かる者もおりますが……」


 誠一は、微かな耳鳴りを感じながらその言葉を聞いていた。


 高校生たちは、すでに流麗な手つきで空中に投影されたウィンドウを操作している。その指先が動くたびに、広間に小さな光の粒子が舞い、彼らの装備が形作られていった。



 ***


「じゃあ、改めて――俺は『魔法戦士の才能』。スキルポイントは4万2千か。これなら、いきなり最強装備も狙えるな」


 山田陽翔が不敵に笑う。


 説明を聞き終えた高校生たちは、手慣れた様子でポイントを消費していく。

 彼の背には、召喚の光を吸い込んだような黒銀の剣が実体化していた。魔力の脈動に合わせて淡く明滅する軽量鎧が、彼の若々しい肉体を包み込んでいく。


「僕は『魔法使いの才能』。ポイントは3万2千ですね。この魔法書、情報の海に触れているみたいだ……」


 神谷勉は、冷徹なまでの落ち着きでウィンドウをなぞっていた。

 彼が手にする革装の魔法書からは、古書特有の乾いた匂いと、知性を揺さぶるような波動が漏れ出している。


「私は『治癒師』。ポイントは2万8千……。この杖、持っているだけで心が落ち着く気がする」


 佐伯麻衣の白いローブが、窓からの風にふわりと翻る。

 彼女の手には、先端に慈愛の光を宿した宝石が輝く杖が握られていた。


 三人は、それぞれの天賦の才を最大限に引き出す高品質な武具を揃え、まるで使い慣れたゲーム機を扱うようにステータスを調整していく。


 その高揚感溢れる光景から、誠一は一人、深い影の中に取り残されていた。


 彼の視界に浮かぶウィンドウには、あまりに無慈悲な数字が並んでいた。


 ポイント:420。

 スキル欄:『劣化交換』。


(……俺だけ、何か間違っているんじゃないか)


 胃の辺りが重く沈む。

 高校生たちの背中に輝く装備と、何一つ持たない自分の空っぽの手。その対比に、誠一は乾いた笑いさえ出なかった。


 装備を整え終え、全能感に酔いしれる陽翔と勉が、ふと思い出したように誠一へと歩み寄る。


「小山内さん、ステータスはどうです? どんなスキルが出ました?」

「年長者だし、実はボクたちより凄かったりして」


 誠一は、喉の渇きを感じながら、正直に自分の数字を告げた。

 それを聞いた二人の表情が、まるで冷水を浴びせられたように歪んだ。


「……420? 桁を読み間違えてるんじゃなくて?」

「この人、本当に戦力になるのかな……。でも、こういう『巻き込まれたおっさん』に限って、後で“無自覚ざまぁ”とかしてきそうだし、一応は観察しておかないと」


 ひそひそと交わされる、残酷なまでの分析。

 誠一はその言葉をはっきりと聞き取りながら、ただ床の大理石に映る自分の情けない影を見つめていた。



 ***


「あの、あなただけの“固有スキル”とやらは、何なんです?」


 陽翔の問いかけには、もはや敬意は混じっていなかった。

 そこにあるのは、害のない「異物」を確認しようとする、無機質な好奇心だ。


 勉の視線も、鋭く誠一を刺す。


「転移者には必ず、理を越えた力が宿ると聞きます。小山内さんにも、何かあるはずでしょう?」


 誠一は、奥歯を噛みしめ、重い口を開いた。


「……『劣化交換』という名前の能力のようです」


「劣化交換……。等価交換の劣化版、ですかね」

「使い道が限定されすぎている。いや、何かの伏線の可能性もあるか……」


 彼らの言葉は、誠一の頭の上を素通りしていく。

 王の促しにより、誠一の能力を検証する場が設けられた。



 ***


 まずは、王宮兵士から手渡された一本の鋼鉄の剣。

 誠一はその冷たい柄を握り、意識を集中させた。


「……『劣化交換』」


 瞬間、誠一の手元で剣が鈍い、濁った光に包まれた。

 金属が軋む嫌な音が広間に響き、光が収束したとき、誠一の手に残っていたのは、一回りも二回りも短くなり、刃こぼれの目立つ無骨な短剣だった。


「ああ、俺の支給品が……」


 貸し出した兵士が、目に見えて肩を落とした。

 元の剣にあった美しい輝きは消え失せ、そこには安物の、打ち捨てられたような鉄の塊があるだけだった。


 次に試されたのは、三枚の銅貨。


 誠一が念じると、再びあの濁った光が走り、銅貨はその表面を削り取られたように薄くなり、重量を失った。


「……確かに、価値が目減りしているな。これでは市場でも使えん」


 兵士の指摘が、誠一の胸をチクリと突く。


 さらに、銅貨10枚を対象に能力を発動させた。


 光が収束した後に現れたのは――

 一切れのパサついたパンと、コップ一杯の水だった。


「この程度のパンと水なら、市場でも銅貨数枚で買えるぞ。わざわざ10枚も消費して手に入れる価値はないな」


 広間に冷ややかな失笑が漏れる。

 誠一の能力は、紛れもなく“交換”だった。だが、それは法則を無視した奇跡ではなく、常に“質を落とし、価値を下げる”という、呪いのような結果をもたらすものだった。


「……期待外れ、ですね」


 勉が、切り捨てるように言った。

 陽翔も興味を失ったように背を向け、麻衣に至っては視線を合わせることさえしなかった。



 ***


 誠一は、目の前に現れた粗末なパンと水を見つめていた。

 パンからは香ばしい匂いすらせず、ただ乾いた粉の匂いだけが漂っている。


(俺の力は……これだけなのか)


 心のどこかにあった、微かな期待。

 自分にも、現代社会で受けた仕打ちを覆すような、特別な何かが授けられているのではないかという淡い希望。


 それが、音を立てて崩れ去っていくのを感じていた。


 剣は鈍らになり、貨幣はクズ鉄に。

 誰も驚かず、称賛もせず、ただ憐れみと嘲笑だけが降り注ぐ。


(……だが、まあ、いいじゃないか)


 誠一は、ふっと肩の力を抜いた。

 喉の奥で、小さな、自嘲気味な吐息が漏れる。


 そもそも自分は、死のうとしていた男なのだ。


 人生に見切りをつけ、虚空へ身を投げた末端の人間だ。

 ここで誰かに期待され、重荷を背負わされるよりは、役立たずとして放置される方が、今の自分にはお似合いかもしれない。


 彼は、誰にも見えないステータスウィンドウを、静かに、しかし決別するように閉じた。

 その横顔には、新たな絶望への覚悟と、奇妙な解放感が混ざり合っていた。

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