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第25話 ポイズンファング

 迷宮の深淵、第三階層。

 階段を降り切った誠一を待っていたのは、これまでの階層とは明らかに異質な光景だった。


 広大な空洞も、複雑に入り組んだ通路もそこにはない。

 ただ、出発点となる小さな石造りの部屋と、その奥に不気味なほど真っ直ぐに伸びた一本の巨大な竪穴があるだけだった。


 壁面には規則正しく魔物避けの灯が灯っているが、これまでの階層にあった「居住スペース」の気配は微塵も感じられない。


「……なるほど。構造そのものが『ここで休む必要はない』と言っているわけか」


 誠一は苦笑しながら、真っさらな紙に小部屋と一直線の通路を書き込んだ。

 地図を作る必要さえないほど単純な、しかし逃げ場のない構造。


 彼は細心の注意を払い、その竪穴へと足を踏み入れた。


 どれほど歩いただろうか。

 一直線の道の先から、心臓を直接握り潰されるような強烈なプレッシャーが漂ってきた。空気は重く、肌に粘りつくような湿り気を帯びている。


 それは「生命」が放つ殺意というより、そこに存在するだけで周囲を侵食する「災厄」の気配だった。


「……ふぅ。地図の出番は、もうなさそうだな」

 

 目的地はすぐそこだ。

 ここを越えれば、長年続けてきたこの絶望的な挑戦も一つの終止符を打つ。


 誠一の胸に、久しく忘れていた高揚感が灯った。

 だが、彼はすぐにその火を静かに鎮める。


(まだ、何一つ成し遂げたわけじゃない。ここが墓場になるか、出口になるか……決めるのは俺の腕一本だ)

 

 ここで負ければ、二十六年の月日も、積み上げたスキルも、すべてが暗闇の底に消える。


 誠一は通路の果て、巨大な大部屋の入り口で荷物を下ろした。

 身軽になった彼は、システムから予備の『鉄の剣』を取得して左手に保持。


 無音の足取りで、災厄の主が待つ広間へと進み出た。



 ***


 そこにいたのは――『ポイズンファング』。

 この第三階層の絶対的な主であり、あらゆる生命を腐蝕させる毒牙の王。


 赤と黒の不吉な斑紋が波打つ、丸太のような巨大な蛇。


 長くしなやかな身体を地面に這わせ、鎌首をもたげたその頭部は、見上げるような高さにあった。裂けた口からチロチロと出し入れされる紫色の舌が、空気中の誠一の情報を冷酷に分析している。


 誠一は先手必勝とばかりに、左手の鉄の剣に闘気を流し込み、閃光のごとき投擲を放った。


 ――ザシュッ!!


 確実に入った。

 そう確信した一撃は、しかし蛇の身体の中央を僅かに逸れ、側面の鱗を削るに留まった。


 誠一の技量不足ではない。

 ポイズンファングが、投擲された剣の軌道を「読んで」身をくねらせ、致命傷を避けたのだ。


「……速い。この巨体で、その反応速度か」


 驚愕は一瞬。

 傷を負った主は、地を這う雷火のごとき速度で誠一へと肉薄してきた。

 その動きは生物というより、荒れ狂う奔流そのもの。


 誠一は背中を見せることなく後退し、次々と生成した『闘気剣』を投げつけていく。


 ――ドッ! ズドッ! ドッ!!

 

 鋼の気を宿した刃が、次々と蛇の巨体に穴を開けていく。

 だが、敵の身体はあまりに長く、太すぎた。数本の剣が突き刺さった程度では、その猛進を止めることは叶わない。


 ポイズンファングは血を撒き散らしながら、誠一を噛み殺さんと巨大なあぎとを剥き出しにした。


 牙の根元からは、致死性の毒液が滴り落ちている。


 誠一はスキル『瞬間転位』を発動。

 牙が空を切る寸前、彼はポイズンファングの背中の上へと跳躍した。着地と同時に『白兎牙』を抜き放ち、抜刀術と『空波斬』を一点に叩き込む。


 ――ギシャッ!!


 肉を断ち、骨を削る確かな手応え。

 しかし、一撃でその太い胴体を断ち切るまでには至らない。身をよじる巨大な筋肉に弾き飛ばされ、誠一は宙を舞った。


 高所から重力に引かれた誠一を、スキル『落下耐性』が守る。着地と同時に彼は疾走し、舞うような足捌きで敵の巨体に刻みを入れた。


 だが、その攻防の最中。

 誠一は、自身の身体が「重く」なっていることに気づく。


(……くそっ、視界が。呼吸が……浅い!)


 ポイズンファングの真の恐ろしさは、牙だけではなかった。


 誠一が切り裂いた際に噴出した蛇の血。

 それは霧状となって大部屋を支配し、空間そのものを「猛毒の檻」へと変えていたのだ。


 吸い込むたびに、肺を焼かれるような激痛。

 指先から力が抜け、膝がガクガクと震え出す。


 システムログには、凄まじい勢いで減少するHPの警告が並んでいた。


「……だが、この程度の困難は――何度も超えてきたんだ」


 誠一は『精神統一』を起動した。


 弱りゆく肉体の主導権を、極限まで高めた精神力で強制的に奪い返す。

 痺れを気力で捩じ伏せ、霞む視界を『見切り』で補う。


「瞬足」


 爆発的な踏み込み。

 地面を蹴った瞬間、誠一の姿は物理法則を無視した加速で消え、一直線の残光となった。


 毒の霧を切り裂き、咆哮するポイズンファングの眉間へと突き進む。


 運動エネルギー、気力、そして『剣聖』としての理。

 そのすべてを一振りの刀に収束させ、彼は振り下ろした。


「鎧通し――、一閃」


 ――ずん!!


 広間を揺るがす、重厚な破壊音。

 ポイズンファングの巨体は、その頭部から尾の先までを、完璧な直線で両断された。

 左右に分かれた巨躯が、まるでスローモーションのように地面へと叩きつけられる。

 

 ――ドォォォォォン!!


 大地を揺らす轟音と共に、災厄の主は絶命した。

 

 誠一は震える手で、倒したボスの残骸に触れ、『劣化交換』を執行した。

 現れたのは、濃密な輝きを放つ『ハイポーション』。

 彼はそれを奪い取るように掴み、一気に飲み干した。


 冷たい液体が、焼けるような内臓を癒やし、血流から毒を浄化していく。

 不快な痺れが霧散し、身体の芯に新たな力が満ちていくのを感じて、誠一は大きく息を吐いた。


「……終わり、か」


 静寂が支配する部屋の中、誠一は一人で佇んでいた。

 二十六年の月日をかけ、ついに第三階層の壁を突破した。


 その先にあるのは、願いの成就か、あるいは――。


 誠一は『白兎牙』を鞘に納め、まだ見ぬ深淵へと視線を向けた。

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なんとハイポーションは毒にも効くのか!?
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