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第24話 通過点

 迷宮第二階層。

 誠一にとってそれは単なる「作業面積の増加」に過ぎなかった。


 基本構造に大きな変化はない。

 迷路のような通路を抜け、中ボスを処理し、地図の空白を埋めていく。


 二十六年という気の遠くなるような時間をこの閉鎖空間で過ごしてきた誠一にとって、迷宮の「悪意」や「仕掛け」は、もはや長年使い古した道具のように手の内にあった。


 彼は1ヶ月に及ぶしらみつぶしの探索の末、ついにこの階層のボスが潜む最奥の広間を特定した。


 重厚な扉を前に、誠一は一度足を止める。

 背負っていた大型のリュックを丁寧な所作で地面に下ろし、肩の筋肉を軽く解した。


 今の彼には、予備の食料も地図も必要ない。

 ただ腰に差した『白兎牙』と、二十六年の研鑽があればそれで事足りる。


 誠一は静かに、深淵へと足を踏み入れた。



 ***


 第二階層の主。

 それは一階層のウサギとは比較にならない、圧倒的な質量の暴力だった。


 巨大なストーンモール。


 だが、その姿はもはやモグラの域を脱し、太古の地竜と表現した方がしっくりくる。全身を覆う黒岩の外殻は、一つ一つの破片が戦車の装甲板ほども厚く、その隙間から覗く赤く爛々とした瞳だけが、この巨大な岩塊が「生命」であることを主張していた。


 誠一は無造作に立ち止まり、スキル『弱点看破』を起動する。

 透視に近い視覚情報が、敵の構造を暴き出す。


「……弱点は目、か。それ以外は文字通り岩だな」


 岩と岩の継ぎ目も僅かに露出しているが、敵が身じろぎするだけでその隙間は閉じ、鋼鉄をも噛み潰す岩のプレス機と化すだろう。


(安易に飛び込んで、岩に挟まれて圧死……なんてのは、御免被りたいな)


 独り言ちる余裕が彼にはあった。

 攻撃の選択肢は限られているが、逆を言えば、迷う必要もないということだ。


 しかし、防御力が売りの進化種だ。

 単に目を狙うだけでは、瞼代わりの岩に阻まれて終わるだろう。


「……隙がないなら、こちらで作るまでだ」


 誠一は意識をシステムに繋ぎ、スキルポイントを消費して『鉄の剣』を取得する。


 実体化した剣を左手で掴み、同時にもう一方の手に『闘気剣』の魔力を込める。

 鋼の気が刃に宿り、鉄の剣が淡い青光を帯びて震え出した。大気がチリチリと焼け付くような緊張感が、誠一を中心に広がっていく。

 

 準備は整った。

 誠一は静かに呼吸を整え、爆発的な踏み込みと共に戦いの火蓋を切った。



 ***


 先手は誠一。


 彼は生成した『鉄の剣』を、次々と『闘気剣』へと変えて投擲した。

 一本、また一本。

 投じられる剣は、一階層の主を屠った時よりもさらに重く、鋭い。


 闘気を纏った刃は、ストーンモールの堅牢な外殻を一点に集中して穿ち、爆砕させていく。


 ドゴォッ!

 バキィッ!

 

 激しい破砕音が響き、要塞のごとき岩の鎧が剥がれ落ちる。

 その下から、生々しい赤黒い肉が露出した。


 だが、二階層の主もただの標的ではなかった。

 肉を抉られる激痛を無視し――

 その巨体そのものを弾丸として誠一へと突進してくる。


 地響きが洞窟を揺らし、突風が誠一の頬を打つ。

 数百トンはあるだろう質量が、音速に近い速度で迫る。普通なら回避すら間に合わない死の宣告。


 だが、誠一は動じない。

 衝突の直前、彼はスキル『瞬間転位』を発動した。

 

 視界が反転し、次の瞬間にはボスの背後――

 死角へと滑り込む。

 制御を失ったストーンモールは、そのまま正面の岩壁へと激突した。


 ――どごぉおおおん!!


 広間全体を揺るがす衝撃。

 壁面には巨大な亀裂が走り、天井の光苔が粉塵と共に舞い落ちる。


 敵が怯んだその隙を、誠一は逃さない。

 愛刀『白兎牙』の柄に手をかけ、一気に引き抜く。


「抜刀術――鎧通し」


 白銀の閃光。


 衝撃波が遅れて届くほどの神速の一撃は、ボスの剥き出しになった尾の付け根を、バターを焼いたナイフで切るように容易く両断した。


 手応えすら、ない。


 かつては絶望の象徴だった「巨大な生命」を切り裂く感触が、あまりにも軽く、日常的なものに感じられる。


 その事実が、誠一に自らの「逸脱」を改めて認識させた。



 ***


「ぐむぉおおおおお!!」


 尾を失ったストーンモールが、大気を震わせる咆哮を上げた。


 痛み、怒り、そして捕食者としてのプライドを傷つけられた絶叫。

 だが、誠一はすでにその咆哮の届かない位置へと『静歩』で移動していた。

 

 彼はあえて、白兎牙をボスの背中の肉深い場所へと突き立て、そのまま手を離していた。


「……くさびとしては、十分だな」


 代わりに生成したのは、三度目の『鉄の剣』。


 誠一は『精神統一』を使い、体内の魔力と気力を極限まで一点に集中させる。

 彼の周囲の空気が、高密度のエネルギーによって物理的に歪み、熱を帯びる。


 死を予感したボスが、巨体を転がして押し潰そうと襲いかかる。


 大地そのものが迫りくるような圧迫感。

 しかし、誠一の瞳は冷静に、その巨大な「岩の塊」の芯を捉えていた。


「これで、終わりだ」


 両手で上段に構えた鉄の剣。

 『斬撃』『空波斬』『闘気剣』――そして『剣聖』の理。


 それらすべてが乗った一撃が、真空の刃となって振り下ろされた。


 ――ずばっ!!


 閃光が広間を縦に二分した。


 巨大なストーンモールの身体が、中心線から鮮やかに両断される。

 衝撃波はそのまま壁をも断ち切り、洞窟の奥深くにまで巨大な斬り跡を刻みつけた。


 崩れ落ちる岩塊。

 巻き上がる土煙。


 やがて訪れたのは、耳が痛くなるほどの静寂だった。


 地響きと共に広間の壁の一部が沈み込み、地下三階層へと続く整然とした階段が姿を現す。


 誠一は突き立てていた『白兎牙』を回収し、汚れを拭って鞘に収めた。

 

 倒れたボスの死骸に手をかざし、『劣化交換』を執行する。

 得られたのは、最高品質の『ハイポーション』。彼はそれを迷わず飲み干した。冷たい液体が細胞の隅々にまで行き渡り、若返りの魔力が疲労を白紙に戻していく。


 リュックを背負い直し、誠一は現れた階段を見据えた。


「……さて、次は何が出てくるかな」


 二十六年の月日を経て、二つ目の通過点を越えた。


 その歩みに迷いはない。

 誠一は静かに、そして力強く、さらに深い闇の底へと下りていった。

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