第19話 拡張する力
誠一は、新たに刻まれた『精神力増強』というスキルの文字を満足げに眺めた。
この数年間、彼をもっとも悩ませてきたのは、枯渇しやすいMPというガソリンの少なさだったからだ。
「……もし『体力増強』と同じ仕様なら、レベルが上がるごとに最大値が10ずつ増えるはずだ。これは大きいな」
その予測は、彼の直感という名の経験則によって裏付けられていた。
MPの底上げが可能になったことで、スキルの多重使用や、長期戦における精神的な余裕が劇的に改善される。
誠一は間髪入れず、次のステップへと進んだ。
彼は『健脚:レベル4』を対象に『劣化交換』を発動。
狙い通り、二つ目の『体力増強』を引き当てる。
欲しいスキルを強くイメージしながら交換を行えば、高確率でその系統の能力が手に入る――。確信に近いこの法則を利用し、彼は着実に「身体の基礎」を固めていった。
その後、欠かさずに基本スキルである『健脚』も再取得。
三ヶ月の修行を経て、誠一のステータス画面は、かつての貧相なリストが嘘のように賑やかさを増していた。
現在の所有スキル:
- 剣術 / 見切り / 瞑想
- 遠視 / 視界拡張 / 魔力視
- 斬撃 / 鎧通し
- 健脚 / 瞬足 / 体力増強 / 精神力増強
「よし、この勢いでどんどん回していこうか」
誠一の探求心は加速する。
まずはレベル5に達した『瞑想』。精神統一のための地味なスキルだったが、それゆえに躊躇なく劣化の生贄に捧げることができた。
発動した『劣化交換』によって、瞑想は『気力増強』という新たな異能へと変貌した。
「……気力? つまり、体力や精神力とは別の、いわゆる『気』ってやつか。漫画でよく見る、オーラみたいな」
誠一は首を傾げながらも、即座にその存在を受け入れた。
魔法が実在し、自分の存在がシステム化されているこの世界だ。「気」という生体エネルギーが存在していても、驚くには当たらない。
(そういえば……意識を集中させると、丹田のあたりが熱を帯びるような感覚があるな。これもその影響か)
単なる思い込みかもしれないが、瞑想を続けてきた成果がこの『気力増強』に繋がったのだと考えれば、すべてが地続きの努力に思えてくる。
誠一は「いつか役に立つだろう」と判断し、再びレベル1の『瞑想』を空いた枠に再取得した。
「……なんだかんだ、瞑想は休憩時間の暇つぶしに最適だしな」
魔物との命のやり取りは、精神を極限まで摩耗させる。
たとえ『健脚』で肉体の疲労を抑えても、心の疲れだけはどうしようもない。
休憩中、ずっと寝ているわけにもいかない迷宮生活において、瞑想という「能動的な休息」は、誠一の精神衛生を保つ生命線となっていた。
続いて『遠視』を交換し、幻覚や視覚干渉を無効化する『幻視遮断』を獲得。
「今は使い道がないが、ボスの部屋に幻影の罠とかがあったら笑えないからな。備えあれば憂いなしだ」
そして、最後に誠一が手をつけたのは、レベル8まで丹念に育て上げた『斬撃』だった。
祈るような心地で劣化を命じたその先に現れたスキル名は――
『空波斬』。
説明文には、「剣筋から衝撃波を放ち、離れた敵を穿つ」という記述。
「おおっ……これは!」
誠一は、いい歳をしたおじさんであることを忘れ、子供のように声を上げた。
「斬撃を飛ばすなんて、男なら一度は憧れるロマンじゃないか」
パチパチと爆ぜる焚き火の音が、彼の興奮を祝福するように大きく揺れた。
***
一通りの交換を終え、誠一のスキルはついに15種類に達した。
それは、王宮で「ゴミスキル」と蔑まれた男が、迷宮の暗闇で三年間足掻き続けた結晶だった。
現在のスキル構成:
- 剣術 / 見切り / 瞑想 / 気力増強
- 遠視 / 視界拡張 / 魔力視 / 幻視遮断
- 斬撃 / 鎧通し / 空波斬
- 健脚 / 瞬足 / 体力増強 / 精神力増強
「……よし、さっそく試してみるか」
誠一は逸る気持ちを抑え、拠点から迷宮へと踏み出した。
メインとなる『剣術』のレベルは、劣化交換によって再び1にリセットされている。
無理は禁物。
それは、誠一が自分に課した絶対の鉄則だ。
通路の角から、お馴染みのシャドーラビットが飛び出してきた。
誠一は剣を抜き、新スキル『空波斬』に意識を集中させる。
抜刀。
剣身に鋭い空気の渦がまとわりつき、不可視の刃が形成されていく。
――今だ。
彼が思い切り剣を振り抜くと、三日月型の衝撃波が通路を切り裂きながら突き進んだ。
ザシュッ!!
衝撃波は見事に命中。
しかし――。
「……あ、あれ?」
期待していたほどの威力ではない。
シャドーラビットの体毛を深く切り裂きはしたが、致命傷には程遠い。レベル1の悲哀だろうか、衝撃波は敵を怯ませただけで、勢いを殺すまでには至らなかった。
負傷した魔物は逆上し、猛然と突進してくる。
誠一は冷静にもう一度『空波斬』を放つが、やはり二撃目でも倒しきれない。
直接斬る場合に比べて、威力は数段落ちるようだ。
(射程は素晴らしいが、火力が足りないか。牽制用と割り切るべきか……?)
鼻先まで迫ったラビットに対し、誠一は『瞬足』で位置をずらしながら、実剣による直接攻撃を見舞った。
『斬撃』と『鎧通し』の同時発動。
手応えすら感じさせぬまま、魔物の身体は鮮やかに二つに裂けた。
「ふぅ……。やっぱり、トドメは近接だな」
だが、誠一の顔に失望はない。
遠距離から先制攻撃を加えられるという事実は、戦術の選択肢を無限に広げてくれる。逃げる敵を追撃することも、誘い出すことも可能になるのだ。
「レベルが上がれば、これが連射できたりするかもしれない」
誠一は、未来の自分を想像して口角を上げた。
地道に、確実に。
新しい力を自分の血肉に変えていく作業が、今は何よりも心地よい。
誠一は『空波斬』の感覚を指先に覚え込ませるように、再び迷宮の奥へと歩みを進めた。




