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第17話  再始動の手応え

 拠点を出て数分。

 誠一の視界に、一匹のシャドーラビットが姿を現した。


 昨日までの彼なら、欠伸をしながらでも仕留められたであろう、このエリアの最弱モンスターだ。


(だが……今の俺は、数字の上では三年前と同じ『新人』だ。油断すれば死ぬぞ)


 誠一は、自分に言い聞かせるように剣の柄を強く握りしめた。


 スキルを再構築した直後。

 身体に馴染んでいた高レベルスキルの感覚が抜け、代わりに未知の感触が神経を支配している。


 剣術レベルも、文字通り『1』に戻っていた。


 わずかなミス、一瞬の判断の遅れ。

 それがこの迷宮では致命傷になる。


(この場所で、初めて魔物と対峙した時のあの吐き気を思い出せ。慎重に、かつ大胆にだ)


 誠一は低く、慎重に剣を構えた。


 昨日までのように「力」で圧倒する戦い方はしない。

 相手の出方を、呼吸を読む。


 シャドーラビットが地面を蹴り、赤い閃光となって迫る。

 

 その刹那――

 誠一は敵の動作を完璧に見切っていた。


 敵の踏み込みに合わせて、新スキル『瞬足』を発動。


 視界が後ろへ流れるような急加速。

 一瞬で間合いを盗み、逆に懐へと潜り込む。


 流れるような動作で『斬撃』と『鎧通し』を同時発動。


 ザシュッ!!

 

 確かな手応え。

 だが、抵抗は驚くほど少ない。


 シャドーラビットの強靭な筋肉が、まるで熟した果実のように容易く裂け、地面へと崩れ落ちた。


「……なるほど。レベル1でも、スキルを噛み合わせればこれだけ違うのか」


 誠一は、返り血を拭いながら感嘆の息を漏らした。

 技術レベルの不足を、スキルの「特性」が補って余りある。


 彼は討ち取った魔物に手をかざし、『劣化交換』を念じた。

 亡骸は淡い光に包まれ、次の瞬間、血生臭さを消した新鮮な獣肉へと姿を変えた。


「……ちょうどいい。今日の飯にしよう」


 命のやり取りを終えた直後の、ささやかな報酬。

 それを手に、誠一は拠点へと戻った。



 ***


 焚き火の火は、まだ赤々と爆ぜていた。

 誠一は調理用のナイフで手際よく肉を切り分け、枝を削った串に刺して火に当てる。脂が火に落ちてジリジリと音を立て、食欲をそそる香ばしい匂いが拠点の中に満ちていく。


 棚から、いつかの戦利品である塩と胡椒を取り出し、丁寧に肉に振りかける。


「……こんなもんでいいかな」


 焼き加減を慎重に見極め、絶妙なタイミングで串を取り出した。


 口いっぱいに広がる、暴力的なまでの肉の旨味。

 咀嚼するたびに、戦闘で張り詰めていた神経が少しずつ解き放たれていく。


 食事を終えた誠一は、改めてステータスをチェックした。

 剣術、斬撃、瞬足、鎧通し――

 それぞれ、一戦を終えただけで『レベル2』へと上昇している。


「MPの消費は馬鹿にならないが……強くなるスピードは前とは比較にならないな」


 誠一は、満足感と共に身体を横たえた。


 スキルが増えたこと。

 そして、それらを組み合わせる楽しさを知ったこと。


 彼はこの新しい歩みに、静かなやりがいを感じていた。



 ***


 それから数日間、誠一は三年前の自分を遥かに上回るペースで迷宮を駆けた。

 

 新たに得た四つの派生スキル――

 見切り、視界拡張、鎧通し、瞬足。

 それらは単なる補助ではなく、誠一の戦闘スタイルそのものを根底から変質させていた。


 かつては敵に囲まれないよう、臆病なまでに慎重に探索していた。


 だが今は、複数の敵に囲まれても、心に余裕がある。

 『見切り』と『視界拡張』の相乗効果。背後から迫る殺気さえも見えているかのように察知し、先手を取る機会が劇的に増えたのだ。


(剣術レベルはまだ低い。重みもない。……でも、当たればいいんだ)


 新スキル『鎧通し』の効果は凄まじかった。

 これまで剣を弾き返してきた魔物の分厚い体毛や外殻が、紙のように薄く感じられる。

 「仕留めきれずに反撃を受ける」という、もっとも警戒すべきリスクが極限まで減っていた。


(斬撃で力任せに叩き切らなくても、撫でるだけで致命傷になる)


 この技術は、おそらく格上の、防御力が高い敵を相手にしたときこそ真価を発揮するだろう。あのボスの、岩のような筋肉を貫くイメージが、少しずつだが形を成し始めていた。


 誠一は迷宮の広場を掃討し終えたが、その先の通路へは足を踏み入れなかった。


 奥には、今の自分の倍は強い敵が潜んでいる。


 勝機はあるだろう。

 だが、彼は迷わず拠点への帰路を選んだ。


(強くなったつもりで浮き足立つのが、一番危ない。今はまだ、基礎を固める時期だ)


 三年の歳月は、彼をただの戦士ではなく、冷徹に「生存」を優先するスペシャリストに変えていたのだ。



 ***


 拠点に戻ると、誠一はさっそく「風呂」の準備に取り掛かった。


 魔物の血と汗を洗い流すシャワー。

 火照った身体に冷たい水がぶつかり、意識が鮮明になっていく。


 湯上がりに使うバスタオルも、着替えるための清潔な下着も、すべて『劣化交換』で手に入れたものだ。


 このスキルは不思議と、誠一が「今、何を切実に欲しているか」を汲み取り、交換する物資を微調整している節があった。


「……助かるよ、本当に」


 文明の利器を失った世界で、この清潔さがどれほど精神の支えになっているか。

 彼は静かに、その恩恵を噛み締めていた。


 この日の夕食は、取り置きの野菜を刻んだ野菜炒めだ。


 日光の届かない地下生活。

 気を抜けば、身体はすぐに壊れる。四十路を過ぎた男にとって、栄養管理は戦闘技術と同じくらい重要な死活問題だった。


 鉄のフライパンの上で、瑞々しい野菜が弾ける。

 シャキシャキとした食感。

 鼻に抜ける胡椒の刺激と、噛むほどに溢れる自然な甘み。


「……うまいな、これ」

 

 誰に聞かせるわけでもない、心からの独白。

 もともと、劣化交換で野菜が出てきたときは「ハズレか」と思ったこともあった。――だが、身体が求めていたのだ。

 

 日本で働いていた頃は、野菜炒めなんて「とりあえず食べるもの」でしかなかった。

 しかし今、彼は迷宮という太陽の恩恵のない暗闇にいる。

 自分の生命を維持するために食べるそれは、どんな高級料理よりも誠一の心を潤した。


(ちゃんと食べて、ちゃんと動く。……生きてるな、俺)

 

 身体に染み渡る温かな充足感。

 それは、死闘の末に得るアドレナリンとは質の違う、生きていることへの確かな実感だった。


 食後、誠一は焚き火の爆ぜる音を聞きながら、今日の自分を振り返った。


(可能性は掴んだ。スキルも、効率的な戦い方も分かってきた)


 だが、これはまだ第一歩に過ぎない。

 あの「どうしようもない」絶望。あの階層ボスを、この手で討ち果たさない限り、俺の物語は本当には始まらない。


 誠一は、火の揺らめきの向こう側に、あの化け物の真紅の瞳を幻視した。


 次はいつ挑むべきか。

 あといくつスキルを増やせばいいのか。


 静かな暗闇の中、誠一の思考は、さらなる「進化」の設計図を描き始めていた。

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