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第16話 再構築と再始動

 誠一の全身から、三年間かけて磨き上げた『剣術:レベル17』の感覚が切り離された。代わりに刻まれたのは、生まれたての赤子のようにひ弱な『レベル1』の剣術スキルだ。


 その瞬間、身体から力が抜け落ちるような、言いようのない脱力感が誠一を襲った。


 三年間、迷宮の魔物たちと切り結び、指の胼胝たこが物語っていたはずの「剣の重み」が、霧のようにぼやけていく。


 一時的な弱体化。


 頭では分かっていたことだが、この死地において自らの牙を抜く行為は、想像以上の恐怖を伴った。だが、その代償として手に入れた『見切り』の力は、誠一の視界を劇的に変えていた。


 敵の筋肉の収縮、重心の移動、視線のわずかな揺らぎ。

 これまで「勘」として処理していた情報が、鮮明な予兆として脳に流れ込んでくる。回避と反撃の精度を極限まで高めるこの技術は、これまでの泥臭い自己流の戦いにはなかった、真の武人の視点だった。


(……これだ。これを積み上げていけば、あの化け物の速度に反応できるかもしれない)


 誠一は、改めて自身の資産であるスキルポイントを確認した。


 現在の保有ポイントは1854。

 才能限界に達したスキルを劣化交換したことで、「差分おつり」が還元されている。


 レベルの高いスキルを崩せば、一気に数件分の新規取得コストが賄える計算だ。


「……レベルの高いスキルを変化させれば、かなりの『おつり』がくる。計算上は、あと21回はスキルを新しく取れるな」

 

 かつて住宅ローンの返済計画を立てていたときのように、誠一は冷静に算盤を弾く。


 鉄の剣を新調するポイントは常に手元に残しておきたいが、この迷宮で魔物を狩り続け、その死骸を『劣化交換』し続ければ、ポイントが枯渇することはないだろう。


 レベル1にまで落ちた剣術で戦うことへの不安は消えない。

 だが、幸いにして拠点周辺の魔物のパターンは知り尽くしている。


(才能限界に達したものを大事に持ち続けるより、種をまき直して育てた方が、結果的には遠くまで行けるはずだ)


 静かな闘志が誠一の胸に灯る。


 あの絶望的な階層ボスを倒すためには、今の自分の延長線上にいてはならない。

 自分自身を何度も解体し、再構築し続ける。

 それだけが、凡才である彼に許された唯一の対抗策だった。


「じゃあ、このレベル1の剣術に、もう一度『劣化交換』を使ってみるか……」


 効率よくスキルを増やすべく、誠一は再び手をかざした。

 だが、意識を集中させても、ステータス画面は何の反応も示さなかった。


「……駄目か。レベルを上げて、価値を高めてからじゃないと劣化させられない、ということか」


 どうやら、価値の差分おつりが発生しないような低いレベルでは、システムが機能しないらしい。


「甘くないな。結局、また地道にやっていくしかないか」


 誠一は苦笑しながらも、残る三つの「才能限界」に達したスキル――

 遠視、斬撃、健脚に順に手をかざしていった。



 ***


 長く使い込んできた能力が、自分の一部であった感覚が、一つ、また一つと削ぎ落とされていく。


 ステータス画面から、三年間彼を守り続けてきた文字が静かに消えていく。


 遠視レベル12。斬撃レベル15。健脚レベル13。

 スキルの名前が消失するたび、誠一は身体の奥が寒くなるような、奇妙な喪失感を覚えた。


(……失ったんだな、本当に)


 どれも、この迷宮で生き延びるために、文字通り血と汗を流して磨いてきた技術だった。

 暗闇で見失いかけた命を繋ぎ、硬い体毛を無理やり断ち切り、死神の鎌から逃げ延びるために酷使した脚。それらすべてを手放した。


 だが、その空白を埋めるように現れたのは、これまでの自分では決して到達できなかった「高み」の欠片だった。


 誠一が手に入れたのは、以下の三つの派生スキルだ。


 - 視界拡張

 視野角そのものが広がり、背後や側面の死角すら意識の端で捉えられるようになる。


 - 鎧通し

 敵の防御を無視して衝撃を深部へ浸透させ、内側から破壊する、穿つ一撃。


 - 瞬足

 静止状態からトップスピードへ一瞬で加速し、敵の視界から「消える」ほどの急加速を可能にする。


「どれも、今の俺に欠けていたものばかりだ。……運が向いてきたな」



 ***


 本来、この世界の住人が取得できるスキルは、その者の資質によって厳格に決められている。


 たとえどれほどのポイントを積もうとも、枠外の才能を得ることは本来なら不可能だ。あの三人の転移者たちでさえ、この世界から与えられた「定型」の強さの枠の中にいた。


 だが、誠一は手に入れた。


 自らの努力を「価値」として差し出し、それを「劣化」させることで、本来なら開かないはずの扉を、システムの隙間を突くようにしてこじ開けたのだ。


 誠一は、画面に並ぶ新しいスキルの名前を、愛おしむように見つめた。


 レベルを上限まで上げた積み重ねがなくなった不安はある。

 だが、今の彼を支配しているのは、それ以上に力強い「全能感」の萌芽だった。


 その後、誠一は還元されたポイントを使い、失った『遠視』『斬撃』『健脚』の三つを基本スキルとして再取得した。

 レア度の高い派生スキルほど「おつり」が少なくなるという法則も、すでに彼の分析能力は捉えていた。


「なるほどな。レアスキルを出すには、ベースとなるスキルのレベルを上げれば上げるほど、確実性が増すわけだ」


 これで、誠一の保有スキルは合計八つとなった。


 - 剣術 / 見切り

 - 遠視 / 視界拡張

 - 斬撃 / 鎧通し

 - 健脚 / 瞬足


 すべてはレベル1。

 三年前の、あの無力な「ただの兵士」に戻ったような数値だ。

 だが、誠一の瞳には、かつてないほどの生気が宿っていた。

 

 圧倒的な敵に絶望し、逃げ帰った果てに――

 彼は自分だけの「希望」を掴み取った。


 才能の限界という天井を守り続けるよりも、それを破壊し、泥を啜ってでも進化し続けること。

 それが、この迷宮を、そしてこの理不尽な世界を突破するために必要な「唯一の答え」だと確信していた。


(……やれるさ。俺はまだ、変わっていける)


 誠一は、再び迷宮の奥へと向かう準備を整え始めた。

 レベルを失った痛みは、前に進んでいるという手応えそのものだ。

 

 新しい力を試すために。


 そして、三年間培ってきた「凡人の執念」が、決して無駄ではなかったことを証明するために――

 誠一は再び、一歩を踏み出した。

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