第23話『肩車と、静かな闘志』
5年生になった小猿。
少しずつ身体も環境も変わってきましたが、
道場ではまだ基礎練と寝技中心。
そんな中、学校では大きな出来事が──
心と身体、どちらの成長も描けたらと願いながら綴りました。
新しい学年が始まった。
小猿は五年生になった。
植木道場では卒業していった者も多く、小学生は小猿を含めてたったの二人になっていた。
六年生の先輩はすでに体格が大人と変わらず、小さな小猿とは体重差がありすぎる。危険回避のためにも、小猿は投げの稽古ではなく、寝技と基礎練習を中心に取り組む日々が続いていた。
今年度、新たに習う技——それは「肩車」。
いろいろな入り方を、植木先生は一つずつ丁寧に教えてくれた。
体の小さい小猿にとって、相手の懐に潜り込む肩車は、相性の良い技でもある。
だがそれも、打ち込みの段階だけの話だった。
実戦になれば話は別。
体格差がある相手に潰されれば、未成熟な骨や内臓に負担がかかる。
だからこそ、小猿は崩れないフォーム、スピードに乗った入り、そしてタイミングを身体に染み込ませる。
日々の反復。繰り返し。
それが、植木道場の在り方だった。
「何も考えず、千本やれ」
そんな言葉と共に、小猿は肩車だけでなく、他の技も交えながら千回の打ち込みを日課として積み上げていた。
──
学校生活もまた、少しずつ変わってきた。
今年もまた、ホルモン屋の娘と同じクラスになった。
彼女は今も、小猿にとって唯一と言える存在だった。
だが、教室という場所には、静かな嫉妬や対抗心も渦巻く。
その日。
クラスの横柄で大柄な男子が、自分の取り巻きを使って、ホルモン屋の娘にちょっかいをかけ始めた。
笑いながら何かを取ったり、物を隠したり——
最初は軽いものだったが、次第にそれは悪意に変わっていった。
小猿は、それを黙って見ていられなかった。
彼女は、ずっと自分を見ていてくれた。
何も言わなくても分かってくれた。
その優しさに、何度も救われてきた。
だからこそ、小猿は立ち上がった。
何も言わずに、間に入った。
その瞬間、教室の空気が変わった。
取り巻きの男子が小猿を押しのけようとするが、動かない。
柔道で鍛えた体幹は、見た目以上にしっかりしていた。
殴られても、蹴られても、小猿は一歩も退かない。
ただ、目を逸らさずに立っていた。
ホルモン屋の娘も叫んだ。
「やめて!」
それでも小猿は、何も言わず、ただ相手を見据えていた。
その目を見た取り巻きの手が、わずかに怯んだ、その時だった。
大柄な男子が前へ出てきた。
手下をどかし、ついに小猿の胸ぐらを掴んだ。
だが小猿は、力を逃しながら、踏ん張る。
真正面から、睨み返す。
その場に、先生が駆けつけた。
「何をしてる!」
全員が静まった。
「何もないです」
小猿は静かに言った。
「別に……」
大柄な男子も、そう答えた。
それを聞いていた周囲も、ふざけていたのが過ぎただけ、というような雰囲気を作っていく。
先生も、それ以上は追及しなかった。
──
放課後、ホルモン屋の前。
いつものように立ち寄ると、今日はご両親が店の前で待っていた。
「今日は……ありがとうな」
お父さんが頭を下げる。
「いえ、僕が勝手にやっただけで……」
「いや、それでも……あの子のことを想ってくれた気持ちは、本当に嬉しかったよ」
そう言って、初めて店の中へと招き入れてくれた。
暖簾をくぐった先は、香ばしい匂いと、温かな空気に包まれていた。
小猿にとっては、初めての「外食」だった。
鉄板の上で焼かれるホルモンと野菜。
お母さんの手際の良さに、お父さんの笑顔。
娘は隣に座り、嬉しそうにその様子を見ていた。
「実はな、小猿くんに紹介したい人がいるんだ」
そう言って呼ばれたのは、近所の新聞屋のおじさんだった。
「早起きは大変だが、根性があるなら続けられる。ウチで配達、やってみるか?」
小猿は一つ返事で頷いた。
朝刊配達の仕事が決まり、翌朝から早朝に新聞を配り、夕方は道場へ、夜はホルモン屋——
そんな日々が、また始まる。
だが、小猿には分かっていた。
あの一件を見た彼らが、何もしないはずがない。
次に仕掛けてくるのは、時間の問題だった。
「守る」ことの意味。
技や力ではなく、そこに込めた心が相手を動かすこともある。
小猿が見せた沈黙の意志と、周囲の人々との心の交流を
少しでも感じていただけたら嬉しいです。
次回はいよいよ──動き出します。
お楽しみに。




