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『受け身という名の誇り』

第2話にお付き合いくださり、ありがとうございます。


柔道と出会ったばかりの少年。

しかし、最初に教えられたのは「技」ではなく「受け身」でした。


投げる前に、投げられる覚悟を。

勝つ前に、負けることを受け入れる強さを。


柔道は、勝つ者だけの競技ではありません。

真剣勝負を怪我なく終えるために、敗ける者にも覚悟が求められる。


今回は、そんな「受け身の美学」と「敗北の中の誇り」を、少年の目線から描いていきます。

第1章:投げられる側の稽古


⸺⸺


河原に来るのは、これで三日目だった。

植木の言葉に従って、俺は毎日、土の上に背中を叩きつけていた。


「もう一回だ。音が足りない」


バチン。


「両手が遅れてる」


バチン。


「腰を浮かせて、背中だけで落ちろ」


バチン。


今日もまた、土にまみれていた。

足は泥だらけ。背中には砂利が食い込み、手のひらは赤く腫れている。

けれど、痛みよりも先にあるのは、ただ――悔しさだった。


「……なんで、投げる練習じゃないの」


誰に聞かせるでもないその声を、植木は聞き逃さなかった。


「お前、投げたいのか?」


「……うん」


「じゃあ、投げた相手が首から落ちて、動かなくなったらどうする?」


俺は答えられなかった。

想像すら、できなかった。


「受け身は、自分の身を守るだけじゃない。相手の心も守るんだ」


植木はそう言って、マットもない地面に自分の体を思いきり叩きつけた。

その音は、俺のよりもずっと大きく、でもなぜか優しかった。


「強いやつが弱いやつを投げたとき、そいつが怪我したら――強いって、言えるか?」


「……」


「強い奴はな、負け方を知ってる奴のことだ。投げた相手を壊さない奴のことだ」


バチン。

もう一度、自分の手で地面を叩いた。


それが、俺の返事だった。



次は第2章「敗け方を学ぶ理由」。

“負け”の中にある覚悟と意味を、少年が少しずつ理解し始めるパートです。すぐ書き上げて出します。


続いて、本文の**第2章「敗け方を学ぶ理由」**をお届けします。

ここでは、“なぜ負け方を練習するのか”という植木の言葉が、少年の中で深く刻まれていきます。

第2章:敗け方を学ぶ理由


⸺⸺


「柔道って、強い人が勝つんじゃないの?」


俺の疑問は、きっと誰もが抱く当然のものだった。

試合では、背中をつけた方が負け。

一本が決まれば、それで勝敗はつく。


「勝ち負けで言えば、そうだな。強い者が勝つ」


植木は河原に座り込みながら、石を一つ手に取って川へ投げた。

ぽちゃん――と静かな音がして、波紋が広がる。


「だけどな、勝てばいいってわけじゃねぇ。柔道は“試合”であって、“戦争”じゃねぇんだ」


「戦争……?」


「そう。相手を倒せばいいってもんじゃない。命の取り合いじゃなく、技と技、心と心のぶつかり合いだ」


植木の目は、どこか遠くを見ていた。


「勝つために、相手を壊しても平気なやつがいたとする。そいつは強いかもしれねえ。けど、“柔道家”じゃねえ」


「……」


「柔道ってのはな、相手と自分が“生きて帰れる”勝負をするためにある。だから、まずは“負け方”を覚える。受け身を知らねえ奴は、道場にすら立てねえ」


地面に手をついて、ゆっくりと転がるように倒れる植木。

その動きは美しかった。まるで技の一部のようだった。


「投げるためには、投げられる覚悟を持て。

 そして、投げられた痛みを忘れるな。

 強くなっても、それだけは忘れちゃいけねぇ」


俺は、黙ってうなずいた。


自分がまだ、何も知らなかったことを知った。


勝ちたいって、簡単に言っていたけど――

負ける練習には、勝つより大きな覚悟が必要なんだと。


そしてこのときから、俺の“受け身”の音が、変わりはじめた。



次は第3章「土と汗の授業」。

雨の日、倒れても倒れても起き上がる少年の姿が描かれます。すぐお届けします。


続いて、本文の**第3章「土と汗の授業」**をお届けします。

ここでは、受け身の反復が少年に「柔道とは何か」を教えていく様子を描きます。

第3章:土と汗の授業


⸺⸺


その日の空は、どんよりと重かった。

風が冷たく、曇天の下には人気もなかった。


「今日は雨、降りそうですね、植木さん」


植木に話しかけたのは、町の青年会に所属しているという年配の男だった。

一緒に稽古している仲間の一人らしい。


「気にすんな。こいつは今日も来るよ」


そう言って、植木は土の上にすでに立っていた俺を、顎で指した。


俺は、すでに何度も背中から落ちる練習を繰り返していた。

足元はぬかるみ始め、膝が泥で滑る。

何度も転びながら、起き上がる。


バチン。


音が変わってきたのを、自分でも感じていた。

最初の頃のように手が遅れない。

痛みよりも先に、次の動きが頭に浮かぶ。


「……よし。上出来だ」


初めて植木の口から“上出来”という言葉が出た。


俺は――笑いそうになった。

顔がぐしゃぐしゃになって、ぐいっと袖で拭った。

涙だったのか、汗だったのか、泥だったのかはわからない。


でも、心はすごく温かかった。


「ほら、おい。今度は後ろ受け身じゃねぇ。横だ。転がってみろ」


「うん!」


「……返事が出るようになったじゃねぇか」


植木が小さく笑った。


たったそれだけのやりとり。

でも、俺にとっては、まるで教室で“名前を呼ばれた”ような感覚だった。


学校に通ったこともなければ、名札を付けたこともない。

でも、ここでは“俺”という存在が、ちゃんと誰かに見られている。


雨粒がぽつりと落ち始めたころ、俺はもう一度、背中から泥の上に転がった。

今日も、音はしっかり鳴っていた。



次は第4章「投げる資格」。

ついに植木が“技”を教える許可を出し、少年が「白帯」として歩き出すパートです。お楽しみに。


続いて、本文の**第4章「投げる資格」**をお届けします。

ここでは、受け身を習得した少年に、ついに植木が「技」を教える許可を出すシーンが描かれます。

第4章:投げる資格


⸺⸺


三日も、五日も、十日も――

俺は、毎日毎日、投げられる練習をした。


いや、正しくは“自分で自分を投げて”、受け身を覚えた。


そしてその日、植木が言った。


「……おい」


「うん?」


「そろそろ、投げてみるか」


その言葉に、俺の心臓は大きく跳ねた。


「ほんとに……?」


「ただし、投げるってのはな、“相手を信じる”ってことでもある」


植木が、いつものように川を見つめながら言った。


「お前が覚えた受け身、相手もまだ覚えてないかもしれねぇ。

 だから、お前がもし相手を壊したら――それは、俺の教えが足りなかったってことになる」


「……」


「投げる前に、投げられる覚悟を持て。

 それができてるお前には、投げる資格がある。教えてやる」


俺はうなずいた。


その日、植木ははじめて「技」を見せてくれた。

大人の体が、自分よりもずっと重い相手が、見事に宙を舞い、土に落ちた。

でも、相手は笑っていた。


「ありがとさん。いい一本だった」


勝ちも負けも、そこにはなかった。

あるのは、“受け止め合い”だった。


植木が俺の前に立ち、小さな布を差し出した。

白帯だった。


「これはな、強さの証じゃない。

 “まだ何者でもない”ってことの、誇りだ」


俺はその帯を、両手で受け取った。

涙がこぼれそうになったけど、こらえた。


“まだ何者でもない”。


だけど、その“何者でもない”ことに、意味がある気がした。

第5章:白帯の重み


⸺⸺


「よし、締めてみろ」


植木がそう言って、白帯の端を俺に渡した。


道着はまだ借り物。ぶかぶかで、袖が手を覆うほどだった。

だけど――帯だけは、自分のものだ。


腰に巻きながら、指が震えていた。

緊張でも、寒さでもない。

この“布切れ”に、どれだけの意味があるのかを、理解してしまったから。


「強くなるためじゃない。人を傷つけないためだ」


植木が何度も繰り返した言葉。

その言葉が、帯の繊維に染み込んでいるような気がした。


「その帯がな、汚れていくのはいいことだ。

 練習して、泥をつけて、汗を染み込ませて、血もついて。

 そのうち“本物の黒帯”になる」


「え、白が黒になるの?」


「そうじゃねぇ。心の話だよ」


植木は笑った。


「黒帯なんて、履歴書の飾りみたいなもんだ。

 けどな、“汚れた白帯”には、その人の生き様が出る」


俺は、その言葉が好きだった。

飾りじゃない。派手さもない。

でも、“誇り”だけは、胸にしまえる。


白帯を締めた瞬間、俺は、ほんの少しだけ“俺”になれた気がした。


まだ名前も、居場所もはっきりしない。

けれど、投げられて起き上がる、それだけで人は前に進める――

その感覚が、俺の足を地面にしっかりと立たせていた。


最後にもう一度、地面に背中を打ちつける。


バチン。


音は、はっきりと空に響いた。


植木がぽつりと呟いた。


「いい音だ。……もう投げても大丈夫だ」


俺の“柔道”が、始まった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


柔道とは、勝つための競技でありながら――

まず“負け方”から始まるという、逆説的な美しさを持つ武道です。


投げる前に、投げられる覚悟。

相手を壊さず、真剣勝負を怪我なく終えるために、負ける側にも技術と勇気が必要です。


本作の少年もまた、勝ちたいと願いながら、

「負けることの意味」と「受け身という誇り」を、植木から教わりました。


まだ白帯。

だけど、泥だらけの帯の先にあるものを、これから一つずつ見つけていきます。


引き続き、よろしくお願いいたします。


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