第十一話『精力善用、自他共栄』
団体戦、第二戦。
対戦相手は《風龍会》――
若き指導者たちが集まり、スピードと変則的な技術を得意とする道場だ。
トリッキーな動き、組ませない柔道。
それでも植木道場の選手たちは、自分たちの柔道を信じ、丁寧に闘いに挑む。
礼に始まり、礼に終わる。
その言葉が、全員の心に灯っていた。
試合が終わり、選手たちはゆっくりと歩を進めた。
先ほど戦った相手へ――
堂々と胸を張りながら、だが急がず、静かに。
植木道場の教えは、勝っても驕らず、負けても下を向かない。
相手がいてくれたからこそ、試合は成立する。
勝敗以上に大切なものを、少年たちは皆、肌で感じていた。
そして――植木先生が一言だけ口にする。
「……精力善用、自他共栄」
それは、柔道を生んだあの偉大な人が遺した、柔道の理念。
“持てる力を正しく使い、
自分と他人が共に栄える世界を築く”
それ以上、植木先生は多くを語らなかった。
けれど、その一言に、すべてが込められていた。
選手たちは黙って頷く。
見学していた小猿をはじめ、道場の子どもたち全員が、その言葉の意味を、心の奥で感じ取っていた。
⸻
一試合、間が空いた。
再び整列の合図がかかる。
次の対戦相手は、《風龍会》。
若い指導者たちが集まり、理論的で洗練された稽古を積む、成長著しい道場だ。
試合が始まる。
先鋒、藤堂コウキ。
相手は重量級。体格差は明らかだった。
それでもコウキは、自分の間合いで組みに行く。
相手は巻き込むような変則技で崩そうとしてくるが――
(見えてる……)
コウキは第一戦の経験から、それを読んでいた。
簡単には崩れない。
得意の背負いに入るタイミングはなかった。
けれど、最後まで姿勢を崩さず、試合終了の合図が鳴る。
「引き分け!」
決して負けではない。
それは、力を出し切った者にしか与えられない、“誇れる引き分け”だった。
⸻
続く中堅、矢萩慶吾。
相手はさらに大きい。コウキの相手よりも、一回りも二回りも大きかった。
だが、慶吾の眼差しには恐れがなかった。
(もう一度同じ失敗はしない)
初戦での経験が、体に刻まれていた。
相手は持たせず、流し、巻き込み、技の芯を外してくる。
だが慶吾はそれを読んで、組み手を崩し、決して真正面から付き合わなかった。
そして、最後の一秒まで崩れなかった。
「引き分け!」
またも勝負は動かず。
だが、そこにいた誰もが、この試合の価値を理解していた。
(これが、植木道場の柔道……)
見学していた小猿の目が潤んでいた。
⸻
そして――大将戦。
畳に上がるのは、真鍋大地。
その歩みは落ち着き、姿勢には迷いがなかった。
相手の選手は、組ませない柔道で名の知れた選手。
組んでしまえば勝てないと理解しているからこそ、徹底的に持たせない。
だが、大地は揺るがなかった。
「構え!」
組み手の探り合い。
相手が手を引き、弾き、動きを逃がす。
けれど、大地の足運びは柔らかく、正確だった。
そして――
相手が一瞬手をかけた瞬間。
「……今だ」
大地の手が袖をとる。
襟もとを押さえ、左足がすっと出た。
「支え釣り込み足!」
刈った足が、完璧な角度で相手の動きを止め、
そのまま投げの軌道が完成する。
「一本!」
会場に美しい音が響いた。
相手の体はきれいに舞い、
大地は瞬時に残心を取り、丁寧に礼をする。
怪我のないよう、きちんと制御されたその投げ。
柔道の理想とも言える、静かで力強い一本だった。
⸻
小猿は、拳を握りしめていた。
(すごい……)
それは、目の前で見た技への感動だけではない。
――技を通して伝わる“心”を、感じ取ったからだった。
そして思った。
(僕も、こうなりたい……)
植木道場、第二戦も勝利。
2引き分け、1勝。静かに、確かな前進を見せる。
けれど、その歩みの先にあるのは「勝ち」ではなく、
“人を思いやる柔道”という道。
次回、第十二話――
三戦目の相手は、《暁心館》。
伝統ある古流派の精神柔道に、植木道場はどう向き合うのか。
礼に始まり、礼に終わる。
少年たちの柔道の物語は、まだ始まったばかり――




