彼女との待ち合わせに2時間遅刻した。彼女は怒っている、どうする? 〜彼女は世界最強魔導士〜
彼女との待ち合わせに2時間遅刻した。彼女は怒っている。どうする?
1、素直に謝る
2、道端で苦しそうにしていた老婆を病院に連れて行っていたと嘘を言う。
3、とりあえず魔法を叩き込む
……。
3だ!
彼女との距離はおよそ5メートル。
オレは彼女を指差し 『心を落ち着かせる魔法』を放った。
指先から光の矢が飛ぶ。
直後、地面からゴーレムの腕が現れ、オレは両足首を掴まれた。
オレが放った魔法が彼女に到達、しかし彼女が展開したマジックシールドによってあっけなく跳ね返された。
オレに向かって跳ね返された魔法を相殺しようとするも、彼女の放った土属性の魔法 『お手伝いゴーレムの腕』 の揺さぶる様な動きにより姿勢を崩され続けそれどころでは無い。
そして無防備な状態で自分が放った 『心を落ち着かせる魔法』 をくらったのであった。
心が落ち着いて来たので状況を確認する余裕が出来た。
今日は2人が付き合って1周年の記念日だった。
朝、オレは出発時間の2時間前に目が覚めた。まだ少し寝れるなと2度寝したら起きたのは4時間後だった。
お怒りはごもっとも。だが世界最強の魔導士がキレて殺気を放っていては、人々を不安にさせる。
君はこの国の英雄なんだ。待ち合わせで2時間待たされたぐらいでキレてはいけない。もっと広い心でドーンと構えていなければ。
などと思いながらゆっくり流れる時間の中、ロッドを振り上げて飛び掛かって来る彼女を見ていた。
「えヴォ!」
顔面にロッドがめり込み、3ヶ月の入院となった。
意識を取り戻しふと横を見ると、猫目の美少女がベッドの隣に置いてある椅子に座って本を読んでいた。
「あ、起きた」
「あ、その節はどうも…」
この猫目美少女こそ、オレの彼女である世界最強の魔導士だ。
そういえばオレの顔面を殴った後、いったいどうなったんだろう? ここは病院だろうし、見舞いに来てくれたって事なのかな? ともかく早く謝らないと。
冷や汗が流れる。
ベッド横のテーブルの花瓶には小さな花が生けられていた。
「こ、これは、そなたが…?」
花瓶を指差して言った。緊張で言葉遣いがおかしい。
彼女は無言で頷いた。
「すいませんでしたー!!」
オレは彼女に謝った。遅刻した事、いきなり魔法を打ち込んだ事、おまけに見舞いまで来てもらってる事、余りにも必死で謝ったからなのか、彼女はめんどくさそうではあったが
「一発殴ってスッキリしたからもういいって」
と言って許してくれた。
「私が失神した後どうなったんでしょうか?」
聞くと
「ハッと我に帰るとさ、あんたが顔面に重症を負って倒れてたから、急いで病院に連れてきてあげたの」
彼女は自慢げに言った。
「拙者の様な痴れ者に…、お慈悲に感謝するでござる!」
拙者は敬服した。
彼女は定期的に見舞いに来てくれた。
ある日もやって来て
「暇だから来たぞ」
ベッド横の椅子にドッカと座り本を読みだしたので
「あ、あの…、世界最強の魔導士様、何か罪滅ぼしをさせて頂けないでしょうか?」
聞くと
「うーん、じゃあ新しく出来た異国料理のレストランに連れてって」
と、彼女が言うので
「えー、異国料理? 辛いのは苦手なんだよね、タコとかウニとか嫌いな食材もいっぱい使われてるし」
口答えすると
「罪滅ぼししたいって言った」
「……はい。すみません」
2秒で敗北した。
そして、レストランへは退院した日に行く事になった。
「記念日は誰かのせいで流れたから、退院する日が記念日の代わりね」
そう言って彼女は笑った。
そして退院の日、異国料理レストランでのディナーまで大分時間があったので、2人は一旦それぞれの家に帰り、夜にレストランの前で待ち合わせる事にした。
そしてオレは待ち合わせに、また2時間遅刻した。
彼女はとても怒っている。どうする?
1、素直に謝る。
2、迷子の子供を、治安維持を担当する騎士の詰め所に連れて行っていたと嘘を言う。
3、マジックシールドを砕くことが出来る極秘の魔法を叩き込む。
……。
3だ!
彼女との距離はおよそ5メートル。
「落ち着け! 仮にも君はこの国の英雄なんだぞ!」
などと言いながら彼女を指差し、彼女との間で何かあった時の為にと、入院中に編み出していたマジックシールドを砕く技 『心を落ち着かせる魔法エクスキャリベーション』 を放つ。
指先から鋭利な光の矢が3連打で発射された。そして直後に飛行魔法で飛ぶ。
地面から生えてきたゴーレムの腕は虚空を掴んだ。
彼女はすでにマジックシールドを展開している。また、攻撃方向を修正する為ロッドをこちらに向け直す。
シールドと光の矢が接触した。1発目の矢でヒビを入れ2発目の矢でパリーンとマジックシールドは砕け散った。
彼女は驚きの表情を浮かべた。3発目の矢が彼女に迫る。
オレはダメ押しで空中から再度魔法を叩き込む。勝った! と思った刹那、体が大きく揺さぶられているのに気づいた。
オレは戦闘開始位置から動いておらず、足首をゴーレムの腕に掴まれ揺さぶられていた。
そして彼女に跳ね返されたのであろう3発の光の矢を受けた。
心が落ち着き思考する余裕が生まれた。
揺さぶられながら右手の二の腕の内側に、何か紙の様なものが当たっているのに気づいた。
見ると脇の下のアバラの辺りに小さなお札が張り付いていた。
「これは夢見の札!」
オレは幻覚を見せられていた。
貼り付けた人にしか剥がせない札を、それでも引っ張りながら記憶を辿る。
札が張られた場所は、腕を下ろしている時は隠れて見えない場所だった。
腕を上げた時、つまり最初に魔法を放とうとした時に、オレの腕を死角として利用し、札を投げつけたのだ。
そして状況から察するに、極秘に開発した魔法はあっけなく跳ね返された様だった。
幻覚を解いたという事は……。
ゴーレムの腕が揺さぶるのをやめて、オレの足を広げた位置で止まった。
彼女はロッドを下段に構えオレを殴ろうと、恐ろしい速さで間合いを詰めてくる。
なんで攻撃魔法を使わない? 以前異国から来た魔導士に聞かれた事があった。
実はこの国には強力な結界が張られていて、結界内部は攻撃魔法が使えなくなっている。
回復や補助系魔法のみ使えるのだ。
なんとその結界を張ったのは彼女だ。
彼女が世界最高の魔導士として名を馳せている所以だ。
対するオレはこの国随一の魔導士だ。
王宮で何度か会ううち、恋仲となっ…ロッドが股の間で振り上げられた。
「ア″ア″ッ!」
全治6ヶ月の入院となった。
目を覚ますと、病院のベッドの上だった。
窓が開けられ爽やかな風が入って来ていて、カーテンが緩やかに舞っていた。
ベッド横のテーブルの上にある慎ましい花瓶には、花が生けられている。
しばらくすると、病室のドアが開き誰か入って来た。
「あ、起きたの?」
猫目の美少女がそこに居た。
「え、えーと……」
モゾモゾと起き上がり
「すいませんでしたー!!」
意識を取り戻してすぐに、必死で謝り出したオレにびっくりした彼女は
「重症なんだから寝てろ」
そう言ってオレをベッドに押し返して寝かせた。
「ゆ、許してくれるの?」
「今回は私もちょっとやり過ぎたし」
許して頂けたようだった。
ほっと一安心したのも束の間
「けど、次遅刻したら別れるから」
声が低くなった。簡単に許して貰える訳もなかった。
とはいえ定期的に見舞いに来てくれる。
回復魔法があるのに何で入院するの? 以前、異国から来た客人に聞かれた事があった。
研究は続けているが、回復魔法は自然治癒力を少しアップさせる魔法があるのみだった。
小説や神話に登場する様な、あっという間に傷が治る回復魔法など存在しなかった。
なので医学や薬学が発展しているのだった。
などと誰に説明するでもなく、1人考えていると
「暇だから来たぞ」
彼女が見舞いに来てくれたので
「世界最強の魔導士様、何か罪滅ぼしをさせてくれませんか?」
聞くと
「んー、最近王都の外れに映画館が出来たみたいなんだよね。まだ私映画見た事無いから見てみたいかも」
と、彼女が言うので
「えー、映画? 地味だよ。もっと魔法を使った演劇とか、オペラの方が絶対いいって」
口答えすると
「おい」
「……すみません」
2秒で敗北した。
そういえば今回も、オレを殴った後、オレの断末魔を聞いて我に返った彼女が病院に連れて来てくれたのだそう。
なんだかんだで優しいのだが、彼女の優しさに甘えてばかりではいけない。
そして退院したら映画を見に行く事になった。
「今度こそ遅刻するなよ」
彼女は言った。
そして6ヶ月の入院生活が終わった。
退院日から、7日後、映画を見に行く日の朝、オレは出発時間の2時間前に目が覚めた。
もう少し寝れるか? と一瞬迷うが、以前それで失敗したのでベッドから出た。
少し時間があるしご飯でも作るか? いや、夢中になると時間を忘れてしまう性格だ、料理作りに夢中になって遅刻する恐れがあるので今日はやめておこう。
有り合わせのパンとフルーツをミルクで流し込んだ。
先に行って待っていよう。
待ち合わせ場所まで30分。
大事な物をポケットに入れ、余裕を持って1時間前に家を出た。
王都の商人達の家々が並ぶ一角を歩いていると、壁に手をつき胸を押さえ、苦しそうにしている老婆を見つけた。
(いや、見つけたのは気のせいか)
現実逃避して、見て見ぬ振りで横を通り過ぎようとすると、婆さんはすれ違いざまとても苦しそうな目でこちらを見た。オレの罪悪感が火を吹いた。
(ええい、ババアめ、変な物に火を吹かせやがって)
今日の事で緊張しているせいか、言葉遣いが悪くなってしまった。
人間追い詰められると本性が出るというが、実はオレはかなりやばい性格なのかもしれない。
理性を取り戻すと時間を確認した。
ここから病院まで5分、往復10分、元々30分は余裕があるので時間的には問題なかった。
苦しそうな人を見捨てると寝つきが悪くなりそうだし、もし一刻を争う様な病気だったらいけないので
「大丈夫ですか?」
声をかけた。
「む、胸が苦しい」
「分かりました。すぐ病院へ行きましょう」
老婆は荷物を落としていたので、拾おうと屈むと
「オエええーッ」
老婆は前屈みになったオレの頭に嘔吐した。
一瞬何が起こったか分からなかったが、びっくりし過ぎて逆に超冷静になった。
とりあえずバケツ一杯分ぐらいの水魔法で一回ダバーっと頭を洗い流した。
(老婆を病院へ連れて行って、病院の水場でちゃんと頭を洗う、大丈夫、それで何も問題は無い!)
「行きますよ! しっかり捕まってて下さい!」
オレは老婆をおんぶして近くの病院へと急いだ。
病院へ着くとすぐ医者の元へ案内された。
医者は「どうしました?」とも聞かず
「おばーちゃん、またケルベロスの目を生で食べたの?火を通してから食べないとダメだって言ったでしょう」
言いながら医者は点滴の準備を始めた。
「で、お前のそれは何んなんだ?」
こちらを向くと医師は言った。
医師は友人だった。
「いや、老婆に嘔吐されて…、水場借りていい?」
「早く洗ってこい、見てらんないから」
オレは水場でザブザブ頭を洗った。
幸い服はそれほど汚れていなかったのでギリセーフか!? などと思いながら、続けて上着を洗った。
「ドクター、婆さん大丈夫なの?」
水を滴らせながら診察室へ戻ると、老婆の方を見ながら尋ねる。
「ああ、点滴すればすぐ良くなる。後は任せろ」
「そうか、じゃあ頼む」
行こうとすると
「水浸しの廊下、ちゃんと吹いて帰ってね!」
医師はモップを手に、口だけ笑って言った。
婆さんはどうやら食当たりの様だった。
生のケルベロスの目は昔よく珍味として食べられていたが、集団食中毒事件が起こってからは、生食は禁止されていた。
あの老婆は大の珍味好きでよく食当たりで病院にやって来るとの事だった。
ともかく一件落着、待ち合わせ場所に急いだ。気づけば20分経っていた。
待ち合わせ場所へ向かう途中、王都の裏路地で子供が1人で泣いているのを見つけた。
(世の中には知らない方が良いこともあるよね)
現実逃避して子供の横を通り過ぎようとすると、子供が泣き止んでこちらをじっと見ていた。
目を伏せて通り過ぎる自分を空目して、情け無くなった。
どうするか考えた結果
(ガキが! こっちを見るんじゃねぇ!)
脳内でガキを反対側へ向かせる事にした。
大急ぎで子供の前を通過する。
誰か他の人が騎士団の詰め所にでも連れて行ってくれるさ。
そう思ったが、一番近くにいるのはオレだし人通りは少なく、他の人の助けは期待できそうになかった。
時間を確認した。
騎士団の詰め所までここから5分、往復10分。
待ち合わせ場所まで歩いてあと15分ほど、そして待ち合わせ時間まであと20分。
歩けば5分遅刻だが、走れば間に合いそうだ。
このまま放っては置けないし、どうするのか迷ってる時間もおしい。
オレは子供に駆け寄ると掻っ攫う様にして抱き抱え、騎士団の詰め所へ向かった。
騎士団の詰め所に着くと、外にいた5人の騎士達がこちらを見るなり飛び掛かって来て、地面に引き倒され後ろ手に縛られた。
「子供が誘拐されるのを見たという通報があった」
騎士の1人が言った。
誰かが非常連絡魔法で通報した様だ。
今考えれば誘拐犯に見えなくも無い軽率な行動だった。
犯人と子供の特徴が完全に一致したとの事で、取り調べを受ける事になった。
どれぐらいかかるのか、何とか1分でここを出ないと間に合わない。
高速で思考し、今すぐにでも解放される様な完璧な言葉を紡ぎ出した。
「誤解です!」
それを聞いた騎士達は
「怪しい奴め、犯罪者はみんなそう言うんだ」
「奥でしっかり話を聞かせて貰いましょうか」
と言った。信じてもらえなかった。
騎士達に両脇を抱えられ取り調べ室へ向かった。
疑いが晴れ、釈放されたのはかなり時間が経ってからだった。
騎士達には陳謝され、子供は無事親と連絡がついた。
まあ一件落着で良しとするか。
待ち合わせ場所に着き、俯いている彼女の前に立った。
気づけば2時間遅刻。映画は終わっていた。
どうする?
1、素直に謝る。
2、病気の老婆を病院へ、迷子の子供を騎士団詰め所へ連れて行っていたと、嘘っぽい本当のことを言う。
3、何が何でも魔法を叩き込む。
顔を上げた彼女は悲しげな目でこちらを見た。
それを受けてオレは一瞬何も言えなくなった。
そして素直に謝った。
今日起こった事を説明した。
しかし余りにも嘘っぽかったからか、彼女の瞳に怒りの炎が宿った。
日頃の行いのせいだ。
何度も遅刻したせいで信じて貰えないのだろう。
これが初めての遅刻なら信じて貰えたのかもしれない。
「次遅刻したら別れる」
彼女が言っていたのを思い出す。
もう彼女との関係も終わってしまうのだろうか。
そう思っていると
「あー、さっきのお兄ちゃん! ママ、さっき助けてくれたのこの人だよ」
「え、そうなの? 先程はうちの子を保護して頂きありがとうございました」
さっき助けた子供が母親を連れて歩いていた。
母親の方は何度もお礼を言い、子供の方は無邪気に手を振って去って行った。
「おおー、お主は先程の」
ケルベロスの目を生で食べる婆さんだ。
「さっきはありがとうな、コレはお礼じゃ」
と言い、ケルベロスの目を渡された。
生食は危険なのを伝えると
「なーに、死にはせん」
わっはっは、と笑い去って行った。
何と言う偶然、女神の思し召しか? などと思って彼女の方を見ると、怒りの炎が消えており、表情が軽くなっていた。
(信じて貰えた!?)
そう思ったオレは、今しかないと思って用意していた物をポケットから出した。
「これ、欲しがってたやつ。罪滅ぼしじゃないけど」
瓶の中に銀河が入っている様なアイテムを差し出す。
「これは…時の結晶」
彼女はアイテムを受け取り言った。
——世界最強の魔導士の女は思い出していた。
付き合ってまもない頃の事
「私は時の結晶を手に入れる為にこの国へ来たんだ。私を認めない大嫌いな親父に、あの人が唯一使えない時間操作魔法を見せつけて、認めさせてやろうと思って」
彼に言った事を。
「親父さんはなんで認めてくれないんだ? 今や皆が認める世界最強の魔導士じゃないか」
「さあ、妾の子だからかな。あの男は私の事を罵倒するばかりか、母親の事まで…」
続けて重めの話をする私に
「3、2、1、…! シリアス展開3秒ルール違反で世界最強魔導士選手アウトー!」
と言って無理矢理話をぶった斬った彼のみぞおちに重めの一発を入れた事を。
——女は我に帰り目の前の男を見た。
「世界最強の魔導士さんが親父さんの話をする時はいつも、自分自身を縛って痛めつけてる様に見えたから、そのアイテムで親父さんの呪縛が解けるならそれに越したことはないだろうと思って作った。あ、それからもう一つ」
何故だかこの瞬間しかないと思ったオレは、ポケットから小箱を取り出して、彼女の前に傅いた。
「結婚してください」
騎士と揉み合ったせいで、箱はひしゃげており、指輪からは宝石が外れて、擦り傷の様なものもついていた。
オレが恐る恐る彼女を見上げると、彼女はびっくりした様な表情をしたまま固まっていた。
世界最強の魔導士は、目の前で傅くの男の事が好きだった。
初めはただ見た目が好みなだけだった。
何となく男を眺めていると、有り余る魔法の才能を欲望を満たす為だけに使い、適当に生きてきた自分とは違って、その男は自身に与えられた力を、王国魔導士として人々の為に使い、日々寝食を惜しんで働いていた。
ある時など、謎の伝染病が流行りだれも近づかなくなった王国の外れの小さな村で、村人を救おうと仲間と共に村に入り、彼らと生活し、原因を探り、治療法を発見し、多くの村人を救っていた。
魔法では未知の伝染病は防げない。
だから高い致死率の伝染病が蔓延する村に入るなんて、魔導士の女には怖くて出来ない事だった。
男は女の苦手とする医学、薬学系の知識に優れていた。
女が今まで訪れたどんな国にも、そんな魔導士はいなかった。
魔導士の女はその男がやっている事をとても立派な事だと思い、次第にその男を尊敬の眼差しを持って見る様になっていた。
自分もあの男の様に人の為になることがしたいと思った。
どこの国でも国の内部で攻撃魔法が放たれた時の被害は尋常では無い。
外からの攻撃は国を覆うマジックシールドである程度対応出来るが、中に入られるとどうにもならなかった。
この国でも以前、気の触れた魔導士が王都を破壊しようと大魔法を使って、都市は粉々になり、何万もの人が死んだ事があった。
攻撃魔法が使えなくなる結界を張ればあの男のやってる事に少しは近づけるかなと魔導士の女は思った。
そうして王国内に巨大な結界が貼られる事になった。
——女の意識が現在に向けられる。
いつも人の事を考えている男だから、遅刻の理由など分かっていた。
でも私と会う時ぐらいこっちを優先してくれてもいいのに、とどうしても思ってしまう。
今日の彼は私の見たことがない爽やかな雰囲気の新しい服を着ていた。
髪型も崩れてはいるが切り揃えられている。
いつも同じ様なモノトーンの服を着て、伸びさらしの髪型の彼が。
騎士と揉み合ったせいか、髪型は乱れ、せっかくの新しい服は汚れ、指輪からは宝石が外れ、よくこんな状況でプロポーズしようと思ったものだ。
今日はこの国の地母神である愛の女神の誕生日だった。
この日に結ばれた2人は末長く幸せに暮らすという言い伝えがある。
だが、きょうびそんな事を間に受けているのは無邪気な子供ぐらいだ。
目の前の男はバカだ、女心のかけらも分からない野暮天だ。
でも、誠実で勇敢だ。そう言うところが好きなんだ。
私はこんなプロポーズでも結局嬉しいけど、彼にはもっとカッコよくプロポーズさせてあげたいと、ボロボロの姿を見て思うのだった。
私は時の結晶を見た。
あの親父が母に吐いた暴言の数々を思い出そうとした。
しかし思い出したのは今際の際で母が言った言葉だった。
「あの人の事は忘れていいのよ。あなたはあなたの人生を生きなさい」
忘れようとするほど、逆に強く思い出した父の事も、今では薄っすらとした記憶へと変わっていた。
父への復讐よりも、目の前の世話の焼ける男をなんとかする方を私は選んだ。
「これ、貰ったからにはどう使おうが私の自由よね」
言うと彼女はロッドに力を込めた。
ロッドからとてつもない魔力が溢れる。
何十もの複雑な術式が構成されていく。
「これは、時間を操る魔法…?」
返事を待っていたオレは突然の高等魔法の登場に呆気に取られた。
時間を操る魔法を使うには魔法の素となる 『時の結晶』 が必要だった。
『時の結晶』 を精製するには、嘘吐きの石を砕いて粉状にした物に、虹の雫を一日一滴ずつ入れ、毎日5時間魔力を込めて馴染ませる作業を一年程度続けないといけない。
この国の名産品である虹の雫は扱いが難しい上に希少で、彼女も自分で調合しようとして失敗していた様だ。
国一番の長生きの祈祷師の先生曰く 「虹の雫を馴染ませる最中に自身の欲望が入ると雫は霧散してしまって結晶化しない」 のだそうだ。
「いったい何を……」
世界が静止し、時間が逆戻る。
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退院日から、7日後、映画を見に行く日の朝、オレは準備を終えると、余裕を持って1時間前に家を出た。
家を出る直前、大事なものを一つポケットに入れる。2つあった様な気もするが気のせいか。
待ち合わせに向かう途中、商人の家が立ち並ぶ通りで、胸を押さえて苦しそうにしている老婆を見つけた。
大丈夫か声を掛けようとすると、地面に魔法陣が現れ、医者が召喚された。
友人に似ていたが気のせいだろう。
ともかく医者がいれば安心だ。
待ち合わせ場所に急いだ。
裏通りを進んでいると泣いてる子供を見つけた。
騎士団詰め所まで保護するかと思ったが、地面に魔法陣が現れ母親が召喚された。
「ママー」
「もう、どこに行ってたのよ」
などと言いながら歩き去って行った。何も問題はないな。
30分前に待ち合わせ場所に着いた。
彼女が来るまでここを動かなければ遅刻魔返上だ。
通りは映画館や様々なお店が立ち並ぶ。
その正面は広場となっていて、親子連れなどが芝生の上で遊んでいた。
王国の中央からは、少し離れているので人通りはまばらだ。
広場のベンチに座って待つ事にした。
彼女と出会った時の事を思い出していた。
なんの因果か、王国目掛けて巨大な隕石が降って来て、国が消滅するかと思われた瞬間、王国の都市に住んでいた彼女が
「おらー!」
とか言いながら大魔法を放ち、魔法一つで隕石を消し去った。
魔法一つで何百万人もの人々を救った。
オレが一生掛かっても成し得ない偉業だった。
すごい物を見て感動し過ぎて
「マジすごいっす。マジ尊敬っす!」
と言って近づくと、ロッドでぶん殴られた。
ある時、彼女の鍛錬を見せてもらえる機会があった。
並の魔導士なら10分で根を上げる様な修行を、毎日6時間やっているとの事だった。
彼女の事を、魔法の才能に恵まれただけの生意気な女という人もいるが、この鍛錬を見れば考えを改めるだろう。そして、
「拙者、貴殿の鍛錬にとても感銘を受けました。弟子にしていただけないでござりませぬか?」
と言うと
「無理」
と断られた。
少しでも彼女の力に近づきたいと、同じ修行を1時間だけだが毎日やる様になった。
彼女の6分の1の時間なのに体は毎日悲鳴を上げている。
ある日、彼女が医学や薬学について詳しいなら教えてくれと尋ねて来たので
「これはこうで、あれはああで…」
なんだかふわふわしながら説明していると、
「さっきの説明で行くと、あれはああじゃなくて、それはそうなんじゃないの?」
「あ、そうだった」
「ちょっと、素人に指摘させないでよ」
「すいません」
「……って言うか、ぼくと付き合ってください」
「は?」
そんなこんなで付き合う事になった。
彼女の家には、拾われた犬や猫が沢山いる。
捨てられているのを見ると拾って来てしまうのだそうだ。
彼女はつっけんどんだが、とても優しかった。そういうところが好きだった。
彼女が来た。待ち合わせ時間の5分前だった。
「今日は早いじゃん」
「2回も大遅刻したから、もう遅刻する訳にはいかないなと思って」
「3回だけどね」
「え?」
「何でもない」
彼女は少し笑って言った。
そういえば今日の彼女は何か雰囲気が違う気がする。
服も髪型もいつもより品があって、華やかな気がする。
そのまま口にしそうになったが、以前
「今日は服も髪型もかわいいね」
と言ったら、
「今日は?」
と凄まれたので、
「いつもかわいいです、すいません」
と謝罪をするハメになった事があった。
今日は地雷原に踏み込んでいる余裕は無い。
口にしないでおいた。
「じゃ、行こ」
彼女が映画館へ歩き出したので
「あ、ちょっと待って渡す物が」
ポケットから小さな箱を取り出し、彼女の前に傅くと
「結婚してください」
彼女を見上げながら言った。
返答やいかに? ドキドキしながら待っていると
「あのさ、映画見る前にプロポーズってタイミングおかしいでしょ」
「え、そうかな……」
「そうだってば」
「どーしましょ……」
「はー、もういいわ、分かったから早くして、人前で恥ずかしいし」
彼女はそっぽを向きながら、左手を差し出す。
「え、これはOKってこと?」
「早くして!」
彼女の声に怒気が乗ったので慌てて薬指に指輪を嵌めた。
「おめでとー」
「お幸せに」
「幸せにな若いの」
通行人に声を掛けられる。
パラパラと拍手も聞こえる。
オレが会釈していると。
「もう、行くよ!」
彼女はオレの手を取って、映画館へ歩き出した。
「もう一回、やり直せないかなー」
「え、何て?」
「何んでもない!」




