第7話 恋の町札幌
歌は続いており、2番に入っていた。
僕の頭の中の記憶は、まるで「忘れていた記憶を取り戻す」かのように急速に復活してきていた。
それは、不思議な体験で、まるで「夢の中」にいるか、「長い夢」でも見ているかのような体験だった。
忘れていたはずの記憶が次々と、頭の中に情景として思い浮かんで来るのだ。
彼女と一緒に過ごした、大学時代。
札幌の街で共に過ごした、大切な記憶。
札幌は、人口が200万人近い大きな街だが、基本的にコンパクトにまとまっている。
郊外から中心部まで地下鉄や車でも30分程度で行ける。その上、少し郊外に行くと自然に溢れ、運が良ければキタキツネまで見れる。
冬は、11月頃から雪が降り、3月末までほとんど消えることがない。
市内でも中心部は積雪量が少ないが、郊外に行くと一冬に数メートルは雪が積もる。
当然、寒い街で、冬は日本海側特有の曇りや雪の天気が多いためか、女性の肌は白く、それがかえって美しさを助長する。
ちなみに、北海道では、明治時代以降の開拓期に、男女関係なく開拓事業に従事した関係から、日本の他の地域よりも「男女平等」の機運が高かったという。
その名残で、今でも「気が強い女性が多く、離婚率が全国トップクラス」で、「女性の喫煙率が全国トップ」などと不名誉なランキングまである。
かと言って、別に「気が強くて怖い女性」ばかりではなく、思いやりがあって、暖かい心を持つ女性も多いのだ。
地方特有の優しさと同時に、北海道には「来る者拒まず」という精神がある。
何しろ、北海道に土着した人は、せいぜい明治期から大正期の3~5世代くらい前。それも日本全国各地からの移住者だから、他の地域のような「何世代にも渡る伝統」が少ない。
なので、「誰彼構わず受け入れる」度量の広さがあるのだ。内地(北海道以外の日本)の田舎のように、閉鎖的で「余所者を嫌う」風習自体がない。
北海道のおばちゃんに、物をもらった時、
「ありがとうございます」
と言うと、
「なんもなんも」
と返ってくることが多いが、これは「どういたしまして」の意味になる。
お互いが助け合って、生きてきた開拓時代の名残のような、暖かい挨拶でもある。
一通り、歌が終わった。
その後、全てのプログラムが終わり、僕は一足先にライブハウスから出て、彼女と待ち合わせをした。彼女からは、ライブの後片付けが終わってから向かうと返信があった。
選んだのは、札幌ステラプレイス。
札幌駅に繋がっている場所にある、大きなビルだ。
そこの高層階にレストランがある。
先に到着し、彼女を待つ。
やがて、少し不安げな、憂いに満ちた表情でやって来た彼女に僕は、微笑んだ。
「紗耶香。君のお陰ですべてを思い出した。ありがとう」
更科紗耶香は、その瞬間、涙目になって、僕に抱き着いてきた。
人目をはばからず、彼女は抱き着いて、そのまましばらく泣いていた。
札幌には、古い歌だが、こんな歌がある。
「恋の町札幌」。
これは、僕の不思議な記憶喪失の物語。
(完)
ということで終わりました。「恋の町札幌」は今の若い世代はまず知らないでしょう。何しろ私でさえギリギリの世代なので。今回は、生まれ故郷の札幌が舞台なので、割と情景が簡単に浮かんでくるので書きやすかったです。札幌は都会ですし、方言もほとんどないので、「小さな東京」みたいなところがある街です。もちろん、札幌市内の移動は、東京よりはるかに楽ですけどね。