第5話 想い出
2週間後の木曜日の業務終了後。
―土曜日の夜。すすきのでライブやるから。絶対来て―
突然、SNSの通知アプリで、彼女がメッセージを送ってきた。
(えっ。いきなりすぎる)
慌てて、飛行機のチケットを検索。何とか土曜日の午後の便を予約して、僕は再び札幌の地へ飛び立った。
今回は、彼女は空港まで迎えに来なかった。
その代わり、記憶喪失の僕のことが心配だったのだろう。
SNSの通知アプリに、ご丁寧に新千歳空港から札幌駅までと、札幌駅からライブハウスまでの行き方を、詳細に書いて寄こした。
気が強くて、わがままなところがあるかと思いきや、非常に真面目で丁寧な文章だった。
(どっちが本当の彼女かわからない)
などと思いながらも、僕は新千歳空港から快速電車で札幌へと向かった。
札幌駅からは地下鉄で2駅先のすすきので降りる。
札幌の地下鉄は、独特のゴムタイヤを使用しており、いわゆる「電車」的なガタンゴトンという音が聞こえず、静かな発着が特徴的だ。
北海道は、車社会なので、地下鉄の料金は高いが、2駅先なので、すぐにすすきのに到着。
週末のすすきのは、観光客や地元民で大いに賑わい、大勢の人たちが飲みに出ていた。
そんな中、指定されたライブハウスに向かう。
場所は、2週間前に招待された場所と同じ、地下にある小さなライブハウスだった。
そして、「SAYAKA」と書かれたプログラミングの小さな看板を僕は目にする。
前座のバンドがいて、その後の20時からのメインが彼女の演奏だった。
僕は、そこで見ることになる。
彼女の本当の姿を。
2週間前とまったく同じ構図、同じライブハウス。しかし、登壇した彼女の姿はその時とは大きく変わっていた。
2週間前は、黒のジャケットにショートパンツ。
パンクにも見える格好だったが、その日はしっとりとした黒のジージャンのような上着に、下はジーンズのような格好だった。
しかも、彼女は今回、一人だった。
抱えているギターも、2週間前のようなエレキギターではなく、アコースティックギターだった。
彼女は、一礼すると、椅子に座り、マイクの前に口を近づける。
「今日はありがとうございます。この歌を贈ります。『想い出』」
そして流れた曲、というより彼女の独奏会のようなギターの響きが流れ始めた。
それは、ロック調とは違い、バラード調の穏やかな曲調だった。
そして、その歌詞が思いきり、「札幌」を象徴するような物だった。
歌詞の中に、「ライラック」、「キタキツネ」、「雪まつり」などの語句が入っていたからだ。
それだけではない。
―あの丘の上で―
―懐かしのキャンパス―
―あなたと一緒に過ごした夏―
などという文言が次々に出てきていた。
僕は、最初こそ戸惑っていたが、自然に頭の中に、ある「イメージ」が沸き上がってきていた。
それは、「僕と彼女のかつての想い出」だった。そう。その歌は彼女から僕に向けた「ラブソング」だったのだ。