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9 カルテに書かれた真実


 週明け、先日の中間テストの上位五十名の表が、職員室前の掲示板に貼り出された。

 一年生から三年生まで、順位の気になる生徒達が集まっている。

 いつも通り、三年生の総合一位は香西ヒロ、二位は俺……鳴沢佑二だ。

 教科別に見ると、世界史だけ勝っている。

 俺が100点、香西が92点。

 もしかして、社会が苦手だったりするのか……?

 いや、それでも90点以上は取っているわけだから、苦手というほどでもないのか。

 

「いつも思うんだけど、なんで学校にあまり来てないヒロが一番なの?」


 落合さんの声が聞こえてきて、そちらに目線を移す。

 隣に、香西と瀬戸がいた。

 

「オレは、影で努力するタイプだから」

「ウソだ! そんなところ、一度も見たことがない!」


 たしかに、俺の知る限りでも見たことがない。

 

「あっ。俺、英語だけ五位! ……他は壊滅的だけど」


 どうやら、瀬戸は英語だけ得意なようだ。

 何故かはわからない。

 

「あたし、このまま期末もダメだったら、冬休み補修確定だ〜……」


 落合さんは下から数えた方が早い順位だった。

 絶望的な表情になるのもわかる。

 

「ま、まあ、がんばれ」

「ヒロ先生! 晶先生! あたしに英語、教えてください!」

「あ、晶先生……?」


 瀬戸は「先生」と呼ばれて満更でもなさそうだった。

 俺は、三人のそんなやりとりを横目で見る。なんとも情けない。

 香西の体調を崩す作戦は失敗してしまったし、しかもそれは落合さんに知られてしまっている。

 この時点で、俺はかなり痛い人物だと思われているだろう。

 その場にいられなくなって、俺はすぐに踵を返した。

 本当は、ライバル宣言でもして正々堂々と戦いたいのに、俺にはそんな度胸もないのだった。




 

「……また、学年二位か……」


 自宅のリビングで親父と向かい合ってソファに座る。

 テストの結果を見せると、親父は落胆とも歓喜とも取れない低い声で言った。

 細い銀縁のメガネを中指でくいっと上げ、レンズを光らせる。

また(・・)」という言葉が重くのしかかった。

 何も言い返せずに黙っていると、親父は結果表から目を離して顔を上げた。


「そういえば、訊いたことなかったが、一位はそんなにすごい子なのか?」

「すごいなんてもんじゃないよ。学校はサボるくせにテストだけは一位だなんて。俺は絶対に香西に一泡吹かせてやりたいんだ! ……でも、結果はご覧の通りだよ」

「……香西? もしかして、香西ヒロ君か?」

「親父、知ってるのか?」


 俺は、香西がクラスメイトであることを告げた。

 

「なるほど、同じ学校なのは知っていたが、クラスメイトか。今までの結果も頷けるな。ま、相手が香西先生の子なら仕方がない! おまえも、よく頑張った!」


 親父が、急にあっけらかんとした態度になった。

 

「香西……先生?」

「おまえ、知らなかったのか? ヒロ君は、医学界でも有名な香西先生の息子さんだ。根本的に頭のデキが違うんだろうよ」

「根本的に……違う……」

「ああいや、おまえも努力してるのは認める! 現に、おまえが一位だったこともあったわけだし!」


 俺がしゅんとすると、親父は慌ててフォローを入れてきた。

 なんだか、余計に惨めな気がする。

 

「ただ、あの家系は次元が違うと感じることがあるよ」


 親父は、香西家について教えてくれた。

 香西のご両親が医者であったこと、親父の先輩であったこと。

 とても評判の良い医者だったが、飛行機事故で亡くなったらしい。

 そして、香西のお兄さんも医者になり、海外でそれなりの地位についていると。

 そんなにすごい人の息子だったなんて。

 敵わないわけだ。

 弱点を見つけて出し抜こうなんて、甘い考えだったようだ。

 

「でも、俺だって鳴沢有人(なるさわありひと)の息子だ!」

「おお、その意気だ。次も頑張れ」


 


 

 次の週末、俺は朝から自室で受験勉強をしていた。

 しかし、英語の辞書を学校に置き忘れたのを思い出す。

 ネットで調べてもいいのだが、俺は本の辞書でないと落ち着かない性分だ。


「しまったな……。仕方がない、親父のを借りるか……」


 あまり書斎を引っ掻き回すと叱られるのだが。

 念の為ノックして入ると、親父はいなかった。

 今日は休日だが、仕事があると言ってさっき出て行ったばかりだ。

 

 辞書を探していると、机の上にぽんと置かれた、大きめの封筒が目に入る。

 留め具で紐綴じができるタイプなので、一目で書類が入っているものだとわかった。

 さては親父のやつ、忘れていったな?

 俺は、親父の書類かどうか、確認のつもりでその封筒の中身を見てしまった。

 

「……えっ!?」


 まず目に飛び込んで来たのは、患者の氏名。

 そこに記載されていたのは、香西の名前だった。

 これ、香西のカルテなのか!?

 親父、こんな重要書類を……忘れちゃいけないやつだろ!?


 と思いつつも、俺はさらにカルテを封筒からゆっくりと引き出した。

 ほんの出来心だった。

 これを見れば、香西の弱点か何かがわかるかもしれない。

 俺はそんな邪な考えと緊張した面持ちで、目線を徐々に下へ持っていく。

 

 氏名の下に生年月日、そして、性別。

 そこに書かれていたのは。

 性別・女 の箇所に書かれた、いびつな形の◯だった。

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