表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/31

30 再会 ◉


 るきあに促されて、わたしは一人で空港の展望デッキへ来た。

 日本の春の日差しは、ドイツより暖かい。

 そこには、飛行機を見送る人がたくさんいた。

 出入り口の近くに、鳴沢の姿を見つけた。

 もう高校生じゃない、大学生の鳴沢。

 私服姿で少し大人っぽく感じるが、あんまり変わっていないことに安心する。


 鳴沢はこちらに気づいておらず、空を眺めているようだった。

 すぐ近くにいるのに、緊張で足に力が入らない。

 どうしよう、わたし、変じゃないかな。

 挨拶程度しか話したことないのに、助けられたから「好きです」って、自分で考えても恥ずかしい。

 ……うん、やっぱり帰ろう!

 鳴沢とは、今度また、みんなと一緒の時にでも挨拶すれば……。


 と、踵を返した時、目の前に眉を顰めたるきあが立っていた。


「もう、そんなことだろうと思った!」

「る、るきあ……」

「大丈夫! 鳴沢くんもヒロのことずっと心配してた! それに、もし何かあっても、看護師のタマゴのるきあちゃんがいるから! 行ってこい!!」


 と言って、ドンっと力強く押された。

 

「わ、わっ……!」


 そのまま鳴沢の方へよろけて、ぶつかりそうになったところを、肩を掴まれ支えられる。

 

「わっ!? 大丈夫ですか?」


 鳴沢の声を聞いて、心臓が跳ね上がる。

 謝らなきゃ……。えぇと、「すみません」?「ごめん」?

 久しぶりで、なんて言えばいいかわからなかった。

 顔を上げると、どうやらわたしに気づいたようで……。

 

「……えっ!? 香西……なのか?」

「うん……。た、ただいま……」


 二、三歩下がって、ようやく、それだけ言えた。

 恥ずかしくてまともに顔を見ることができず、目を逸らしてしまう。

 鳴沢も心なしか顔を赤くして、緊張しているようだった。

 

「わ、わたし……変じゃ、ないかな?」


 サリィさんに見立ててもらって、いつもは着ないスカートを履いて、お化粧も教えてもらった。

 でも、どれだけ努力しても、周りが高校生までの香西ヒロをすぐに払拭できるわけじゃない。

 だから、会うのがとても怖かった。

 

「いや、大丈夫。……言葉遣い、直したんだな」

「うん。物凄くがんばった」


 そこは、自分で自分を褒めたい。

 正直言って、病気を治すよりも言葉遣いを直す方が大変だった。

 

「もう……発作は大丈夫なのか?」

「うん……」


 鳴沢を目の前にしても、普通にドキドキするだけ。

 発作は起きてない。

 

「何を言っても大丈夫なのか?」

「うん」


 実を言うと、それが最終治験だ。

 告白されても、発作が起きないかどうか。

 でも、どうやって告白してもらおう?

 やはり、わたしの方から()わないといけないだろうか?

 

「抱きしめても、大丈夫か……?」

「うん…………えっ!?」


 言うや否や、鳴沢の腕の中に包まれた。

 ぎゅっと抱きしめられて、ああ、やっぱり鳴沢は男の人だと、実感した。

 これは、告白と捉えていいのだろうか?

 

「離したくないな……」

「えっ!?」


 ポツリと、耳元ですごいことを言われた。

 

「あ、いや! ごめん、心の声が出た!」


 正直に答える鳴沢に、思わず「ふふっ」と笑ってしまった。

 良かった。もう、何を言われても平気だ。

 

「香西。待たせすぎだぞ」

「うん、ごめん。二年もかかっちゃって」


 気持ちを返すように、鳴沢の背中に手を回す。

 すると、鳴沢は優しく笑って、指でわたしのおでこを突いてきた。

 

「二年じゃねーよ、ばーか」

「えっ?」

「十二年だよ……」


 そう言って、鳴沢はわたしの頭を撫でて、胸元へ引き寄せた。

 

「俺はきっと、あの日からお前の事が……」


 言われて、十二年前のあの公園での出来事を思い出す。

 助けてくれた男の子。

 名前も知らない、わたし(・・・)のヒーロー。

 ああ、そうか。そうだったのか。

 こんなにも想われていたなんて、わたしはなんて幸せ者なんだろう。

 

 わたし達は、今までの時間を埋めるかのように、人目も(はばか)らず抱きしめ合った。

 


 それから数ヶ月後。引っ越しも終えて落ち着き、わたしとるきあと鳴沢は、迫河の運転する車で長野県に向かっていた。

 五月中旬の、少し暑くなってきた季節。

 篠さんの、命日である。

 

「それにしても、迫河がわたしの正体を知っていたなんて、驚いた」


 後ろの座席から、迫河に話しかける。

 

「山本先生に、キツく口止めされていたからな……!」


 車のルームミラーに映る迫河は、苦笑していた。


「でも先生、本当によく貫き通せましたね。いつかボロが出るんじゃないかって、気が気じゃなかったですよ」


 助手席で話すのは鳴沢だ。

 鳴沢と篠さんはほとんど面識がないのに……。

 迫河とるきあと一緒に墓参りに行くと言ったら、着いてきてしまった。

 相変わらずの心配性だ。

 

「香西、本当にもう、大丈夫なんだな?」


 こちらも心配性だったか、迫河は念を押してきた。

 

「うん、まだ薬は飲まなきゃいけないけど。今日は、車出してくれてありがとう、迫河」


 篠さんの働いていた花屋で、篠さんの好きだった花を訊ねて購入した。

 店主である篠さんの叔母は泣いて喜んでくれて、サービスだと、カラーの花をとても大きな花束にしてくれた。

 おかげで、わたしとるきあは後部座席で花束に圧迫されながら、車に揺られている。


 数時間かけて、長野県に入った。

 高速を下りて、そこからさらに数十分。霊園に着いて、みんなで朝倉家の墓石の前に立つ。

 お線香を立ててカラーの花束を捧げようとしたけど、あまりにも大きすぎたので、数本抜いて花筒に入れ、残りは持ち帰ることにした。

 

「篠さん……ごめんね、遅くなって……。やっと、来れたよ……」


 間に合わなかった。

 篠さんに、今のわたしの姿を見てもらいたかった。

 みんなで墓石の前で手を合わせ、目を閉じる。

 

 私は、篠さんのような人を救える医者になってみせます……。

 だから、見守っていてください……。


 そう心の中でつぶやいて目を開けると、迫河だけがまだ手を合わせていた。

 きっと、たくさん伝えたいことがあるのだろう。

 やっと目を開けたと思うと、迫河はニコッと笑って、

 

「さあ、メシでも食って帰ろうか! 今日は、俺のオゴリだ!」


 と言って、駐車場の方へ向かって行った。

 

「やったぁー! 先生、太っ腹!」


 るきあは能天気に喜んで、その後をついて行く。

 私も続こうとすると、鳴沢に呼び止められた。

 

「香西」

「ん?」


 立ち止まって振り向くと、わたしの隣に並んで、こっそりと手を繋いできた。

 

「今度は、ふたりで来ような」

「……うん、そうだね」

 

「ふたりとも、早く行くよー!」


 話していると、るきあが向こうで大きく手を振ったので、鳴沢と繋いでいる方の反対の手を振り返した。

 

「今行くー!」


 *


 迫河に長野の蕎麦をご馳走になって、また数時間かけて地元に戻ってくると、もう夕方になっていた。

 駅前で解散して、るきあは「ふたりでごゆっくり〜」と言い残して家に帰った。

 夕日が背中側に当たって、伸びる影を見ながらふたりで鳴沢の家の方へ歩く。

 途中で、あの公園があった。

 少しだけ小学生が遊んでいて、時計が五時を示すと一斉に帰って行き誰もいなくなった。


 ずっと怖くて、思い出すだけでも発作が起こって、近づけなかった。

 もうなにも起こらない。

 でも、発作は起こらないけど、あの時の恐怖は、変わらない。

 

 公園の入り口で、思わず鳴沢の手をぎゅっと握った。

 すると、鳴沢が手を握り返してきた。


「大丈夫」


 そう言って、わたしを真っ直ぐに見つめてくる。

 

「なにかあっても、また俺が守るから」


 夕日に照らされてオレンジ色になった鳴沢の顔は、あの時の幼いヒーローのように。

 自信に満ち溢れた、最高の笑顔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ