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27 恋心 ◉


 二月になった。

 三年生は、三月一日の卒業式まで家庭学習の期間になる。

 進学希望の者は先月共通テストを受け、各大学の個別試験を今月受けて結果発表待ちの人が多いようだ。

 オレは大学受験を諦めて、ドイツへ行くことにした。

 でも、将来病気が治ったら、やっぱり医者になりたいから、自主勉強は欠かさずしている。

 みんなはどうしているだろうか。

 るきあは、私立の看護学校を受験した。

 晶は、得意な英語を活かせるように語学に強い大学を選んだと言っていた。

 愛ちゃん……は、まだ高一か。

 篠さんは、まだ入院中だ。早く元気になるといいな。

 クラスのみんなにも、会いたいな……。

 一瞬だけ鳴沢の顔が浮かび、かぶりを振った。

 考えないように勉強していたのに、どうにも浮かんでしまう。


「にゃおん」


 そんなオレの思いを知ってか知らずか、倫太郎がひと鳴きして慰めるように膝の上に乗ってくる。


「いいなぁ、倫太郎は。何も悩みがなさそうで」


 言いながら頭を撫でてやると、「にゃおん?」と返事をするように鳴いた。


 ──ピンポンピンポンピンポン!

 

「に゛ゃ!?」


 やけにけたたましくインターホンが鳴り、倫太郎が驚いて逃げてしまった。

 この押し方は……るきあだな。

 

「ヒロ!!」


 合鍵を使って入ってきて、ドタドタと大きな足音を立ててこっちへ向かってくる。

 

「看護学校、受かったーー!!」


 合格通知をひらひらさせながら、扉を開けて入ってきた。

 

「おおっ、やったな!」

「ヒロと晶くんが、英語教えてくれたおかげだよー! みんな受験が終わって、後は結果発表だけみたい」

「そっか……」


 数ヶ月前、るきあが看護学校を受けると聞いたときは、オレの病気のせいかと思った。

 またるきあを縛り付けることになるんじゃないかって、罪悪感が湧いた。

 しかし思い切って訊ねてみたら、額にチョップされた。

「違うよ! あたしは、ヒロが医者になることを信じてるの! ヒロを尊敬してるから、少しでも近づきたくて頑張るの!」

 と言われて、なんだかくすぐったくなったことを覚えている。

 

 カーテンの向こうに隠れていた倫太郎が、るきあの姿を見てそろそろと出てくる。

 

「倫太郎〜。驚かせてごめんね」

「にゃおん」

「あっ、そうだ。これ! 預かってきてるの!」


 何か大きな袋を持っているなと思ったら、そこから出てきたのはおびただしい数のチョコレートだった。

 

「な、なんだあああああ!?」

「今日は二月十四日だよ。ヒロがドイツへ行くって知って、みんな餞別がわりみたい」


 それにしても、こんなにたくさん食べきれない。あと、猫にチョコレートって確かダメだった気がするから、冷蔵庫にしまっておいて、倫太郎の見ていないところでいただくか……。

 そのチョコレートの中に、見覚えのあるラッピングを見つけた。

 以前、靴箱に差し入れてくれたやつと同じだったのだ。

 

「これ、もしかして……」


 開けてみると、予想通りバナナミルクプリンだった。


「こ、これは……かわいい後輩さんからの……! でも、なんでオレの好物知ってるんだろ?」

「あーそれね……。実は前に、ヒロの好物(・・)を聞かれたことがあってね。あたしが教えたからだと思う」

「そうなんだ、でかした、るきあ!」

「あ、あはははは……」


 るきあは、なぜか乾いた声で笑っている。

 バナナミルクプリンだけ、先にいただこうとフタを開けると、

 

「食べきれなかったらあたしも手伝うけど、神楽さんみたいに本命の子もいるかもしれないことは、心の片隅に置いておいてね」


 と、釘を刺すようにるきあに言われた。

 神楽さんの名前が出て、遊園地でのことを思い出す。

 あの時、オレは……。

 プリンを食べようとしていた手を止めて、やはり後で食べようと机に置いた。

 

「るきあ」


 少しだけ真剣な声で、るきあの名前を呼んだ。

 

「ちょっと、真面目な話していいか?」


 と言うと、るきあは「お、おうっ!」と体育会系みたいな返事をした。

 

「オレさ、ダメみたいだ」

「ん、なにが?」

「人を好きになるの」

「え、えーと……? それは、元々病気のせいで、そうだよね?」

「うん。今まで、この病気は、異性からの好意や態度で発作が起きてた。でも、違ったんだ」


 十年前を皮切りに、時々軽めの発作が起きた時があった。

 でも、当時は気づかなかったけど、それだとおかしい部分があった。

 オレは男として過ごしてきたから、誰もオレを女の子として接したことがないのだ。

 それなのに、軽いとはいえ発作が起きたのは、

 

オレがどう思うか(・・・・・・・・)だったんだ」


 だから、晶にバレた時は発作が起きなかった。

 オレは晶を異性として見ていない……と言ったら失礼になるけど、そんな枠を超えた、とても気の合う親友だと思っている。

 

「つまり、どういうこと?」

「相手を異性として意識してしまうこと。なにも言われてなくても、対象を目の前にして意識してしまうとダメみたいだ」

「えっ、それって……。ヒロに、好きな人が──」

「ストップ!!」


 それ以上言われると、発作が起こる可能性がある。

 

「認めるのもダメなんだ」

「そんな……すッ……!」


 るきあは、なにかを言いかけてやめた。

 悲しそうな顔で、間違って言ってしまわないように、両手で口元を押さえている。

 そんな顔をさせるつもりはなかったんだけど、るきあにはきちんと話しておきたかった。

 

「ごめん、言いたいこともあるだろうけど……。話、聞いてくれてありがとう」


 そう言うと、るきあはうつむき加減で、ふるふると首を横に振った。


 

 プリンとチョコレートを冷蔵庫に入れて自室に戻ってくると、スマートフォンの着信音が鳴った。

 

「あれっ……? 珍しい、兄貴から?」

「邦ちゃんから!?」

 

 るきあがパッと笑顔になって画面を覗き込む。

 秀実先生が言っていた、薬のことだろうか?

 でもそれなら、病院を介して連絡があるはずだけれど……。

 通話ボタンを押して、るきあにも聞こえるようにスピーカーモードにして床に置いた。

 

「もしもし……?」

『ヒロか? 急で悪いんだが……』


 いつも用事だけ単刀直入に言ってくるのは、兄貴のクセだ。

 ドイツへ行く時も、今回も。

 オレは、諦めと寂しさの混じった笑みをこぼす。


『ドイツ行きのチケットと一緒に、招待状を送った』

「招待状……?」


 チケットは、オレの飛行機の搭乗券だ。

 じゃあ、招待状は……?

 

「……兄貴?」


 しばらく沈黙が続いたので、呼びかけてみる。

 

『結婚式の……招待状だ』

「結婚式!? 誰の……」


 言いかけて、ハッと気がついた。

 誰のって、兄貴のに決まってるじゃないか!

 兄貴が、向こうで誰かと結婚する。そのことはいい。

 問題は──。慌ててるきあの方を見る。

 

「けっこん……? ……えっ?」


 オレの隣で、るきあが放心状態になっていた。

 るきあは、兄貴のことが好きなのに……!

 なんで、なんで、なんで!!

 怒りが込み上げてきて、震える拳で床を突く。

 危うくスマートフォンに当たるところだった。

 

「兄貴……。そっちに行ったら、一発殴らせて」

『……わかった。るきあには、ちゃんと──』

「邦ちゃん、おめでとう!」


 兄貴が言い終わる前に、るきあが声を張り上げて言った。

 

「るきあ……!」

「あたしが、一方的に好きなだけだったんだから、邦ちゃんは気にしないで!」


 無理してる。

 るきあの声は、だんだんと力なく、小さくなっていく。

 涙を堪えている時の、詰まったような声になって……。

 

「ほんと、おめでとう……。幸せに……なってね……」

『るき──』


 耐えきれなくなったのか、るきあは通話を切った。

 切ってから、声を出して泣いた。

 

「ふ……う……うぅ……っ」

「るきあ、よく我慢した! えらいえらい!」


 もっと叫んだっていいのに。

 もっと、わがまま言っていいのに。

 るきあは、|兄貴にオレを任されている《・・・・・・・・・・・・》。

 出会った時から、オレはずっとるきあに支えられている。

 ケンカをすることはあったけれど、嫌な顔ひとつせずに、ずっと。

 だから、るきあには幸せになってほしかった。

 その相手が、兄貴であってほしかった。

 なのに、こんなのひどいよ、兄貴。

 向こうへ行ったら、一発じゃ済まないかもしれない……。


 もらい泣きしそうになって、ぐっと涙を堪える。

 どうにかるきあを元気づけたくて、気づいたら、ぎゅっと抱きしめてた。

 

「ご、ごめん、ヒロ! 心配させちゃって……。ごめん……ね……。ちょっとだけ…… 胸貸して……」


 オレの腕の中で静かにしゃくりあげるるきあ。

 同情の気持ちと共に、羨ましい、という気持ちが湧いてきた。

 ちゃんと好きになって、ちゃんと失恋して、思いっきり、泣けて……。

 オレは……。

 オレは、人を好きになれるのに、一体あと何年かかるんだろう……?

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