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25 認めてはいけない ◉


 二週間が過ぎ、退院する日がやってきた。

 十一月中旬、紅葉の綺麗な季節だ。

 窓の外を見ると、病院の前のイチョウ並木はすでに色をつけて落ち葉が増え、通路は黄色い絨毯のようになっている。

 

 篠さんは、まだ入院している。

 面会は可能だったので挨拶に行ったら、この間一日だけ外出許可が出て、迫河と一緒に出かけたということを、嬉しそうに教えてくれた。元気そうでなによりだ。

 

「お世話になりました」


 ナースセンターの前で鳴沢先生と秀実先生、看護師さんに挨拶をする。

 

「まだ通院は続くけど……。 今日は、ひとまず退院おめでとう」

「くれぐれも、気をつけてね」

「はい、ありがとうございました」


 平日の昼間のため、手伝いはるきあに頼めなかった。

 タクシーを呼ぶつもりだったけれど、特別に山本先生が車で迎えに来てくれることになっていた。

 退院手続きを済ませて外へ出ると、黄色いイチョウの絨毯をさくさくと踏みしめて感触を楽しむ。

 ドイツにも紅葉はあるだろうか、そんなことを考えながら飛び跳ねていると、病院前のロータリーに山本先生の車が到着した。


「退院おめでとう」


 車を運転しながら、山本先生が言った。


「ありがとうございます。いろいろとお世話になりました」

「リモート延長の件は、伝えておいたよ。期末テストだけは、学校に来てもらわないといけないけどね」

「はい」


 本当は退院したら、学校へ行くつもりだった。

 しかし、万一のことを考えてリモート授業を延長してもらった方がいいと、秀実先生に言われて診断書も書いてもらった。

 クラスのみんなに会いたかったが、あの発作の原因がはっきりとわからない以上、仕方がない。


 十二月上旬、期末テストを一人で受けた。

 空き教室で女性の先生に監査役をやってもらい、先生の都合がつかない時は保健室でやった。

 テストが終わった日、るきあと帰ろうとすると靴箱に見覚えのある紙袋が入っていた。

 るきあと二人で「あっ」と小さく声を上げる。

 

『テストお疲れ様でした』


 と一言だけ書かれたメモと、バナナミルクプリンが入っていた。


「本当に、誰なんだろうこの子」


 

 *

 


 期末テストが終わって翌週の日曜日、オレは遊園地に来ていた。

 そう、例の神楽さんとのデートである。

 一応、何かあるといけないから、るきあには話しておいたが……。

 心配性だから、ついて来やしないかと辺りを見回す。

 

「どうしたの、香西くん。早く早く!」

「あ、うん」


 神楽さんは、楽しそうにオレの手を引いて歩く。

 デートなんて初めてで、何もわからない。

 るきあや晶とこの遊園地には来たことがあるので、同じように楽しめばいいだろう。


 最初は、この遊園地でイチオシのジェットコースターに乗った。

 少しでも遅れると一時間以上は待たされる、人気アトラクションだ。

 朝早くから来た甲斐があって、スムーズに乗れた。

 宙返りはないが、角度が急なコースがあるため、安全バーも上から降りてくるタイプである。

 発進の警告音が鳴り、ガタガタと揺れながらゆっくりと坂を上がっていく。

 このスリルがたまらない。

 ちらりと横を見ると、神楽さんは怖がる風でもなく、目を輝かせてワクワクしているようだ。

 頂上へ辿り着き一気に急降下すると、周りから「キャー!」と悲鳴がわく。

 神楽さんは、楽しそうな悲鳴を上げていた。


 その後、ぐるぐる回ったり、体を動かしたり、いろんなアトラクションに乗って、あっという間に午前中が終わろうとしていた。

 

「あーっ、楽しかった! そろそろ、お昼にしない?」

「いいよ、どこに行く?」


 混み合うフードコートでなんとか席を確保し、ハンバーガーを頬張る。

 

「おいしーっ♪」

「ほんと、イケるな、このバーガー!」


 少々値段は張ったけれど、いつも食べているものとは一味違っていた。

 


「次はどうする?」

「うーん、そうだなぁ……。あっ、あそこがいい!」


 神楽さんが指を差して向かった場所は……。


「こ、ここはまさか……!」

「そう、泣く子も黙るお化け屋敷!」

「いや、黙らないでしょ!? 余計に泣いちゃうでしょ!?」

 

 遊園地の片隅にひっそりと佇むお化け屋敷。

 不気味な雰囲気を醸し出し、そばにあるスピーカーからは、おどろおどろしいBGMが流れている。

 絶叫マシンの後に選ぶアトラクションとしてはいいと思う……が。


「ほら、行くよ!」


 手を引っ張られて、半ば強引に入らされた。

 お化けの彷徨う暗闇に翻弄されて、オレはついに叫んでしまった。

 

「わーーーーーーーーーーッッ!!!!!!」


 そして、神楽さんの手を握ったまま、早足で出口まで向かった。

 

「もーっ、怖いなら、正直に言えばいいのに」


 お化け屋敷から出てきた後、ぐったりとベンチにもたれかかってしまった。

 神楽さんは、けらけら笑いながらドリンク買ってを渡してくれた。

 みんな勘違いするんだけど、お化けが怖いわけではない。

 いつからか、暗闇が怖くなってしまったのだ。

 おそらく、両親が事故で亡くなってからだと思う。

 オレと兄貴を引き取ってくれた親戚の家では、寝る時に部屋の電気が完全に消され、両親がいない寂しさで兄貴の手をいつも握っていた。

 今は一人暮らしなので、寝る時はタイマーで消える電気にしている。

 

「神楽さんは、平気なんだな」

「私? 私は、慣れてるから」

「慣れてる?」

「うーん……。 私、()えちゃう人なんだよね……」

「それって……」


 一瞬、背筋がゾワっとなり、自分の肩の上に何かいるような気がして、軽く払った。


「ま、見たくないものまで視えちゃうこともあるけどね!」


 見たくないものって……恐ろしい怪異とか?

 それとも別の何かだろうか?

 いずれにせよ、大変そうだ……。


 

 *

 


「……ここだ!」


 位置を見定め、ボタンを押す。

 クレーンゲームのアームが、ぬいぐるみを捕える。

 ぬいぐるみは、アームに押されて、ころんと穴に落ちた。

 ゲームコーナーをぶらぶらしていたら、今にも取れそうな景品が視界に入ったので、挑戦してみたら一発で取れてしまった。

 

「わーっ、すごいすごい!」

「あげるよ、神楽さんに」

「えっ、いいの!?」

「俺が持っていても、しょうがないし」


 体長三十センチはある大きめのぬいぐるみを、神楽さんに渡す。

 すると神楽さんは、ちょっと困った顔をした。

 

「香西くんの、本当に好きな子にあげなくていいの……?」

「えっ? どういう意味?」


 もしかして、まだるきあとの関係を勘違いしているのだろうか?

 

「……好きな子、いるんでしょ?」

「ええっ? いないけど!?」


 勘違いをしているわけではなさそうだ。

 でも、どうしてそこまで言い切れるんだろう?

 オレには、好きな人なんて……。

 

「香西くん」


 神楽さんは、なんとなく寂しそうな顔でオレの手を取り、

 

「行こ」


 と言った瞬間には笑顔になっていて、そのままゲームコーナーを後にした。


 外に出ると、辺りはすっかり夕焼け空だった。

 閉園時間が近づき、出口へ向かう人も見られる。

 神楽さんはオレの手を引っ張って前を歩いて、こちらを向こうとしない。

 ひと気のない隅の方へ移動して、こちらを見ないまま、ようやく手を離した。

 

「神楽さん……?」

「香西くん。私、さっき“見たくないものまで()えてしまう”って言ったよね」

「うん」

「私が香西くんのことを気になっていたのは、香西くんが、綺麗なオーラだったからなの」

「綺麗な……オーラ?」


 言われて思い浮かべるのは、漫画などでよくある、体全体を覆う『気』のようなものだった。

 綺麗ということは、色があるのだろうか? それとも、形?

 

「私、生まれつき霊感が高くて、お化けとか()えるんだけど……。人のオーラのようなものも視えるの」


 オレは、黙って神楽さんの話を聞いていた。

 

「それでね。恋してる人は、そのオーラの色が少し変わるの。香西くんは、色が変化してる。最初は、落合さんなのかなって思ってたけど……それなら、私が告白した時から色が変わってないと、おかしいなって」


 色が変わる……。

 にわかには信じがたいが、神楽さんの言うことには、なぜか引き込まれるような感覚だった。

 

「注意して視てたわけじゃないから、いつからかわからないけど──。お見舞いに行った時には、香西くんのオーラの色は変わってた」

「えっ……?」


 神楽さんに言われて、頭のモヤモヤが、さあっと晴れた気がした。

 今まで引っかかっていたこと。

 あの大きな発作が起きたのが、鳴沢に会った時。

 病室で発作が起きそうになった時──画面に映っていたのは──。

 そこでまた、胸がズキリと痛む。

 

「……だめだ!」

「ど、どうしたの……?」


 大声を出したので、驚かせてしまった。

 でも、この話はこれ以上できない。

 

「ごめん、神楽さん。この話は、ここでおしまいにしよう」

「えっ、ごめん……。何か、気に障ったかな……?」


 神楽さんは、慌てて口を噤んだ。

 

「違うんだ……。オレは、認めちゃダメなんだ……」


 せっかく気持ちに気づけたのに。

 想うことすら許されないなんて。

 

「認めちゃ……ダメなんだ……」

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