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24 朝倉 篠 ◉


 篠さんを鳴沢先生や看護師さん達に任せて、オレは一旦自分の病室に戻って着替えた。

 ちょうどそこに、るきあが宿題を持ってやってきて、事の顛末を説明した。

 オレとるきあは、鳴沢先生にお願いして篠さんが目を覚ますまで、傍にいさせてもらうことにした。

 

 宿題をやりながら待っていたけど、全然手につかない。

 コツコツ、コツコツと、シャープペンシルをノックしては芯を戻したりして、るきあも解答する気が起きないのか筆記具でノートを突いていて、一部分が真っ黒になっている。

 

 窓の外は、すでに夕焼けが広がっていた。

 下を覗くとたくさん車が通っているけれど、音は何も聞こえない。

 オレが十年前や、一昨日倒れた時もこんな感じだったのだろうかと、るきあの横顔を見ながら思う。

 

「う……ん……?」

「あっ……。ヒロ、篠さん気づいたよ!」


 るきあに言われて、ベッドで仰向けになっている篠さんの顔を覗き込む。

 白い病室が、篠さんの顔色を一層青く見せているような気がする。

 

「篠さん、大丈夫?」

「あれ? 私……」

「廊下で、急に倒れたんだ」


 混乱する篠さんに、簡単に説明した。

 

「そっか、あの時めまいがして……。倒れたのが、病院だったのが幸いだったわ」


 篠さんは、こちらに弱々しい微笑みを見せる。

 

「篠さん。鳴沢先生は、篠さんのことを知っていました。とても、深刻そうな顔でした……。単なる貧血とは思えません」


「……まいったなー」

 

 篠さんは、笑顔でそう言ったけれど、すぐに表情を曇らせた。

 

「私ね、白血病なの」

「えっ!?」


 言われて、オレとるきあは一瞬息を呑んだ。

 

「白血病って、無菌室ってイメージがありますけど」

「それは、もっと免疫力が低下した人で、私の場合は慢性白血病なの。無理をしなければ普通に生活ができるのよ」


 無理をしなければ……。

 オレは、篠さんが朝早くから夜遅くまで働いていたことを思い出す。

 そういえば、オレの前で倒れかけたことがあった。

 あれは、バランスを崩しただけかと思っていたけど、もしかしたら……。

『好きだから』って、無理をしていたのかもしれない。

 

「でも……次に倒れたら、長期入院の覚悟はしてくださいって、言われていたわ」


 篠さんの声が、次第に弱くなっていく。

 

「ああ、悔しいなぁ……」


 いつも笑顔だった篠さんが、顔を歪めて唇を噛んで、点滴をされてない方の腕で両目を覆った。


「悔しぃ……なぁ……」

 

 それでも涙の雫は、頬を伝って枕を濡らす。

 その様子を見ていたオレとるきあは、何も言えないでいた。

 篠さんは、腕で目を覆ったまましばらく黙っていて、ようやく口を開いた。

 

「ヒロくん、るきあちゃん。迫河さんには、言わないで」


 それを聞いて、オレもるきあも目を見開いた。

 

「なんで──」

「お願い……」

「ダメだ、篠さん!」


 無意識に、篠さんの手を取って握っていた。

 

「篠さんはそれでいいかもしれないけど、そんなことされたら、迫河じゃなくても辛いよ!」


 篠さんの気持ちはわかる。

 オレだって親しい人に病気のこととか、自分からは言いづらい。

 でも、もしるきあがオレの病気のことを知らなくて、オレが急にいなくなったら、るきあは絶対怒るし泣くと思う。

 人には、覚悟する時間が、多少なりとも必要なんだ。

 

「オレは、卒業したら病気を治すためにドイツへ行く。絶対治す! 治ってみせる!」


 篠さんを励ますつもりだった。

 だけどこれは、自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。

 

「だから篠さんも、簡単に諦めないで……」

「うん……そうだね。ごめんね、ヒロくん……」


 オレの言葉を聞いて、篠さんは再び泣いてしまった。


 その表情を見て、篠さんはもしかしたらもう永くないのではないかと、オレはそんな不吉なことを思ってしまった。

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