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23 突然の訪問 ◉


『あーあー』


 スマートフォンから、迫河の声が聞こえてくる。

 画面には、まだ誰もいない教室が映っている。

 カメラを教壇に向けて、リモート授業の準備をしてくれているのだ。

 

『どうだ? 見えてるか?』


 一瞬だけ迫河の顔が見えて、すぐに教壇の一部と黒板が映った。


「おお、見えてる見えてる」


 ベッドテーブルの上でスマートフォンを横向きにして、授業を受けられるように置き場所を決める。

 スタンドは、るきあに買ってきてもらった。

 

「リモート授業なんて初めてだ」

『明栖北高でも、初めてらしいぞ』

「おっ、オレが前例作っちゃった?」

『ははは、ポジティブだな』


 そういえば、迫河に直接お礼を言っていなかった。

 病室は男子禁制だし、もうすぐみんなやってくるし、迫河は一旦職員室へ戻ってしまう。

 言うなら今しかない。

 

「……あ、あのさぁ、迫河」

『うん?』

「あ、ありが……と、な……」

『えっ? 悪い、よく聞き取れなかった』

「〜〜〜〜っ! なんでもない!!」


 恥ずかしすぎて、スマートフォンを投げたくなった。


  


 

『やっほー、ヒロ!』


 授業が始まるまで、ずっと繋げっぱなしにしていると、登校してきたるきあに話しかけられた。

 

『えっ? 香西と繋がってんの?』

『おおっ、マジだ、生きてた!』


 その後ろから、男子生徒達がわらわらとやってきた。


「勝手に殺すな!」

『いや、でも、迫河先生が面会謝絶なんて大ゲサなこと言うからさ』

「あ、ああ、まあ、たしかに……」


 そう言っておかないと、お見舞いに来られたら困るからである。

 どうやら迫河は、みんなにうまく説明してくれたようだ。

 でも、画面越しならみんなに会えると思うと、ちょっと嬉しくなった。

 あれから発作も起きてないし、今も大丈夫だ。

 

『おっ、ヒロ映ってんの?』


 今度は、晶の声がした。

 

『画面越しでも、顔を見れて良かった』


 晶の後ろに、鳴沢の姿があった。

 鳴沢は、こちらをチラリと見ただけでカメラに映ろうとは思わなかったようで、そのままフレームアウトしていった。

 まあ、十年前のことや手紙のこともあって、こちらも気まずかったので顔を合わせずに済むなら、その方が楽だった。


『おーい、鳴沢。ヒロと喋んないの?』


 晶が余計なことを言った。


『いや、俺は……』

『画面越しなら大丈夫だって』

『わっ、こらやめろ……!』


 晶がふざけて鳴沢の肩を組み、強引にカメラの前に立たせる。

 戸惑う鳴沢の顔がアップで映り、驚いて少し身を引いた時──。


 ドクン、と強い鼓動が鳴った。


「……ん!?」


 危険を感じたオレは、すぐにスマートフォンの電源を切った。

 左胸の辺りを押さえて、深呼吸する。

 

「……なんで?」


 一瞬、発作が起きそうだった。

 さっきのは緊張の鼓動じゃない、明らかに発作のものだった。

 画面越しならセーフなんじゃないのか……?

 それに、みんなの態度も普通だった。発作が起きる条件じゃなかったはず。

 落ち着いてもう一度深呼吸すると、もう治まったようだ。

 

「とにかく、授業だけは受けるか……」


 また発作が起きないように、始業時間ギリギリで再びスマートフォンの電源を入れた。



 


「ふーっ、やっと終わったー」


 一日の授業が終わり、うーんと伸びをする。

 最初はベッドに座っていたが、そのうち体勢が辛くなってきて結局、見舞客用の椅子に座って授業を受けた。

 

「後で、るきあが宿題持ってきてくれるみたいだから、それまでおやつでも食べてるか」


 解放感でいっぱいな気持ちで、備え付けの冷蔵庫から好物のバナナミルクプリンを取り出す。

 これもるきあが買ってきてくれたやつだ。

 そういえば、この間後輩の子がプレゼントしてくれたのも、このプリンだったな、と思い出しながらフタを開ける。一口頬張ると、口の中いっぱいにバナナの風味が広がる。

 いつまでもこの味を堪能していたかったが、すぐに無くなってしまった。

 

「卒業したらドイツか……」


 空になった容器の底を見ながら、秀実先生に言われた言葉を脳内で繰り返す。


『自分にしかできない、薬の治験』

 

 覚悟を決めるとは言ったものの、やっぱり不安だった。

 そんな気持ちを空の容器と共にゴミ箱に捨てたかった。

 でも、そう簡単に払拭できるものではなかった。


 その時、病室の扉がノックされて、ビクッと肩を震わせた。

 えっ? 今日は内診はなかったはずなのに、誰だろう……?

 先生や看護師さんなら、ノックの後すぐに入ってくるはずだ。

 入ってくる様子がないということは、病院のスタッフじゃない。

 るきあが来るには早すぎる。

 見舞客は、ちゃんと受付でチェックしているはずだから、知らない人ではないと思うけど……。

 

「はい、ど、どうぞ……?」


 躊躇いがちに返事をすると、ススっと引き戸を開ける音がして、カーテンの向こうに人の気配を感じた。


「ヒロくん……」

「えっ!?」


 落ち着いた女性の声。

 籠花を持った篠さんが、カーテンの隙間から顔を覗かせた。

 まさか、篠さんが来るとは思わなかった。

 

「るきあちゃんから聞いて……。具合はどう?」

「あっ、もうほとんど、大丈夫です!」

「そう、良かった……。これ、お見舞い。うちの商品で申し訳ないけど……」


 篠さんは、綺麗な籠花をくれた。

 ふわりといい香りが漂う。

 

「いえ……。ありがとうございます」

「ところで、なんで制服なの?」

「さっきまで、リモートで授業受けてて」

「へぇーっ、そんなのがあるのね」

「迫河……先生が、学校に掛け合ってくれたらしくて」

「迫河さんが……?」


 篠さんは、きょとんとして、次の瞬間には微笑んでいた。

 

「そっか、ふふっ……」

「えっ、なんで笑うんですか?」

「なんだか、嬉しくなっちゃって。迫河さん、自分には何もできないって悩んでたから……」


 そう言った篠さんは、とても優しい顔をしていた。

 

「そんな、迫河にはめちゃくちゃ感謝してるのに」


 そんなに真剣に考えててくれたのか。

 今朝お礼がちゃんと言えなかったのを、少しだけ悔やんだ。

 

「あっ、私が言ったって、内緒ね!」


 篠さんは、イタズラっぽく笑って唇の前で人差し指を立てた。

 

「じゃあ、オレも内緒で!」


 その後、少し話をして、篠さんは帰って行った。

 いつもるきあとしか話さないから、とてもいい気分転換になった。

 篠さんからもらった籠花を眺め香りを楽しんでいると、廊下からドサッと重い荷物を置いたような物音が聞こえた。 

 誰か来たのだろうかと扉の方へ視線をやるが、そうではないようだ。

 さっきの物音はなんだろう? と恐る恐る扉を開けると……。

 そこには篠さんが倒れていた。

 

「篠さん!!」


 慌てて駆け寄り、意識を確認する。

 呼吸はしているが意識がなく、顔色も悪い。

 

「誰か……!!」

「どうされました!?」


 大声で呼ぶと、すぐに看護師さんが来てくれた。

 

「篠さん……この人が、急に倒れて!!」

「すぐに先生を呼びますね!」


 看護師は、早足でナースセンターに戻って行った。

 篠さん……どうしたんだ!?

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